154 / 257
エリアスの背中(5)
しおりを挟む
エリアスが私の前に出た。
「下がっていろロックウィーナ」
「え、でも……」
「敵を全員殺す必要性が出てきた。下がっていろ」
「!…………」
そうだ。ユーリが生きていると知った彼らは帰せない。捕縛した場合も彼らの口から、ユーリ生存がグラハムに伝わる可能性が有るのだ。
殺すしかない。長らく重犯罪を重ねてきた集団だ、逮捕後は成人以上の者はほぼ処刑台へ昇ることになるだろう。だったらここで殺しても同じことだ。むしろ兵士から拷問にかけられない分、彼らにとっては幸せな最期になるかもしれない。
でも……。
私には人を殺した経験が無かった。今ここでできるのだろうか?
きっと迷いで動きが鈍る。私が下手な行動を取ればエリアスとユーリの危険が増える。足手まといにならないよう、私は下がるしかないのだと悟った。
広いエリアスの背中を見ながら、私はゆっくりと後退りをして大木の陰に身を潜めた。
非力な自分が情けなかった。
ギインッ。
構成員達は剣や槍を構えて突進を試みたが、エリアスの大剣に打ち負けて途中から折られていた。返す刃でエリアスは彼らの肉と骨を分断した。
ユーリは素早い動きで相手の懐に飛び込み、武器が振り下ろされる前に急所へクナイを沈めた。
全く勝負にならない。三下の構成員達に比べてエリアスとユーリは強過ぎた。これではまるで大人と子供の喧嘩だ。
(うう……)
次々に物言わぬ肉塊と化していく構成員達。私は目を伏せた。
昨日公民館へ突入した時だって対人間戦だった。たくさんの死体を目にした。でもあの時は、「エンの義兄弟を救い出す」という前向きな目標が有ったから進めた。
「な、なんだアイツ、化け物だぁっ!」
勇者エリアスの長剣は、一振りで相手の身体の大半を欠損させた。巨漢モンスターであるトロールでさえ両断してみせた彼だ、人体をバラすなど造作もないことだろう。
(生臭い血の匂い。これはモンスターではなく人間のものなんだ……!)
強盗、放火、麻薬取引、人身売買に殺人……。アンダー・ドラゴンはありとあらゆる犯罪に手を染めてきた。命を散らした構成員に同情なんてしない。
でも怖い。すぐ側で人が斬られている事実が怖い。
「うわ、ああぁぁぁ!!」
短時間で二十数名の屍の山が築かれた。残った構成員はたった二人だけだった。完全に戦意を喪失した二人は逃げ出したが、足の速いユーリに追い付かれ、背後から首の血管を斬られて声も立てずに絶命した。
「……済んだな。ユアン、怪我は無いか?」
「大丈夫だよエリアスさん。顔だけじゃなく腕も立つんだな。アンタには喧嘩を売らない方が良さそうだ」
エリアスとユーリは武器に付いた血糊を布で拭き取りながら、避難していた私の元へ歩いてきた。
余裕の足取りの二人に対して、下半身に力が入らない私は立っていられず、大木の根元にしゃがみ込んでいた。
「ロックウィーナ!?」
吐き気までもがこみ上げてきた私は、口元を両手で覆って必死に耐えた。これ以上の迷惑をかけたくないのに、エリアスが背中をそっと擦ってくれた。
「楽になるなら吐いてしまえばいい。恥じることではない」
「……おい女、どうしたんだ?」
「彼女は人が斬られる場面に慣れていない。もっと配慮してやるべきだった」
「え、そうなのか……?」
指先が冷たくなっていく。雪の中へ放り出されたかのように、私はブルブル小刻みに身体を震わせた。
「おいおいおい、そんなに気分が悪いのか? エリアスさんの言う通り吐いた方がいいぞ?」
「ち、違……う、自分が、情けなくて……」
「?」
泣くな。それだけは我慢しろ。
戦力にならないばかりか、役目を果たした二人に気遣われている始末だ。これ以上みっともない姿を見せるな。
私は滲んできた涙が落ちないように気合いを入れた。
「人を殺す覚悟が無いくせに……、後ろへ下げられたことに拗ねて……馬鹿みたい。私へのみんなの評価は正しかった……」
「ロックウィーナ……」
エリアスが優しく言った。
「私は……キミはそのままでいいと思う。人を殺すことになんて慣れないでくれ」
「だな。知らなくて済むなら知らない方がいいぞ? 殺人技なんか碌《ろく》なモンじゃない」
ユーリも慰めてくれた。みんなみんな私が役に立たなくても責めない。いつもだ。
「でも……でも、みんなは必要に応じて手を汚してる。私だけ何も背負わないなんて……」
「キミの分は私が背負う」
間髪入れずにエリアスが宣言した。
「キミがするはずだった汚れ仕事も、背負う罪も、全て私が引き受けよう」
「そんな、そんなことは!」
私は彼のプロポーズを受け入れていない。たとえ結婚したとしても、エリアスに「汚れ」の全てを押し付けるなんてしたくない。
「それは優しさじゃなくて甘やかしです。私をこれ以上無能な人間にしないで!」
「キミは無能じゃない。そして甘やかすつもりも無いよ。ちゃんと私の行動に見合うだけの代償は支払ってもらう」
……代償? 彼のことだから金品ではないよね。結婚を承諾してくれ……とか?
「ええと、それは……?」
おずおず尋ねる私へエリアスは柔らかく笑った。
「私がどれだけ汚れても、私を嫌いにならないでくれ」
「…………!」
駄目だった。涙腺が完全に崩壊した。
あああ、もう、この人ってば。それを甘やかすって言うんです。溺愛ですよ、こんちくしょう。
出会った時から変わらない。私の全てを包み込む寛容力。格好をつけている訳ではなく、きっとこれが彼の地なんだろう。世界を創造した神様ポジションの少女に、「エリアスと結婚すれば幸せになれる」と太鼓判を押されるだけのことはある。
「下がっていろロックウィーナ」
「え、でも……」
「敵を全員殺す必要性が出てきた。下がっていろ」
「!…………」
そうだ。ユーリが生きていると知った彼らは帰せない。捕縛した場合も彼らの口から、ユーリ生存がグラハムに伝わる可能性が有るのだ。
殺すしかない。長らく重犯罪を重ねてきた集団だ、逮捕後は成人以上の者はほぼ処刑台へ昇ることになるだろう。だったらここで殺しても同じことだ。むしろ兵士から拷問にかけられない分、彼らにとっては幸せな最期になるかもしれない。
でも……。
私には人を殺した経験が無かった。今ここでできるのだろうか?
きっと迷いで動きが鈍る。私が下手な行動を取ればエリアスとユーリの危険が増える。足手まといにならないよう、私は下がるしかないのだと悟った。
広いエリアスの背中を見ながら、私はゆっくりと後退りをして大木の陰に身を潜めた。
非力な自分が情けなかった。
ギインッ。
構成員達は剣や槍を構えて突進を試みたが、エリアスの大剣に打ち負けて途中から折られていた。返す刃でエリアスは彼らの肉と骨を分断した。
ユーリは素早い動きで相手の懐に飛び込み、武器が振り下ろされる前に急所へクナイを沈めた。
全く勝負にならない。三下の構成員達に比べてエリアスとユーリは強過ぎた。これではまるで大人と子供の喧嘩だ。
(うう……)
次々に物言わぬ肉塊と化していく構成員達。私は目を伏せた。
昨日公民館へ突入した時だって対人間戦だった。たくさんの死体を目にした。でもあの時は、「エンの義兄弟を救い出す」という前向きな目標が有ったから進めた。
「な、なんだアイツ、化け物だぁっ!」
勇者エリアスの長剣は、一振りで相手の身体の大半を欠損させた。巨漢モンスターであるトロールでさえ両断してみせた彼だ、人体をバラすなど造作もないことだろう。
(生臭い血の匂い。これはモンスターではなく人間のものなんだ……!)
強盗、放火、麻薬取引、人身売買に殺人……。アンダー・ドラゴンはありとあらゆる犯罪に手を染めてきた。命を散らした構成員に同情なんてしない。
でも怖い。すぐ側で人が斬られている事実が怖い。
「うわ、ああぁぁぁ!!」
短時間で二十数名の屍の山が築かれた。残った構成員はたった二人だけだった。完全に戦意を喪失した二人は逃げ出したが、足の速いユーリに追い付かれ、背後から首の血管を斬られて声も立てずに絶命した。
「……済んだな。ユアン、怪我は無いか?」
「大丈夫だよエリアスさん。顔だけじゃなく腕も立つんだな。アンタには喧嘩を売らない方が良さそうだ」
エリアスとユーリは武器に付いた血糊を布で拭き取りながら、避難していた私の元へ歩いてきた。
余裕の足取りの二人に対して、下半身に力が入らない私は立っていられず、大木の根元にしゃがみ込んでいた。
「ロックウィーナ!?」
吐き気までもがこみ上げてきた私は、口元を両手で覆って必死に耐えた。これ以上の迷惑をかけたくないのに、エリアスが背中をそっと擦ってくれた。
「楽になるなら吐いてしまえばいい。恥じることではない」
「……おい女、どうしたんだ?」
「彼女は人が斬られる場面に慣れていない。もっと配慮してやるべきだった」
「え、そうなのか……?」
指先が冷たくなっていく。雪の中へ放り出されたかのように、私はブルブル小刻みに身体を震わせた。
「おいおいおい、そんなに気分が悪いのか? エリアスさんの言う通り吐いた方がいいぞ?」
「ち、違……う、自分が、情けなくて……」
「?」
泣くな。それだけは我慢しろ。
戦力にならないばかりか、役目を果たした二人に気遣われている始末だ。これ以上みっともない姿を見せるな。
私は滲んできた涙が落ちないように気合いを入れた。
「人を殺す覚悟が無いくせに……、後ろへ下げられたことに拗ねて……馬鹿みたい。私へのみんなの評価は正しかった……」
「ロックウィーナ……」
エリアスが優しく言った。
「私は……キミはそのままでいいと思う。人を殺すことになんて慣れないでくれ」
「だな。知らなくて済むなら知らない方がいいぞ? 殺人技なんか碌《ろく》なモンじゃない」
ユーリも慰めてくれた。みんなみんな私が役に立たなくても責めない。いつもだ。
「でも……でも、みんなは必要に応じて手を汚してる。私だけ何も背負わないなんて……」
「キミの分は私が背負う」
間髪入れずにエリアスが宣言した。
「キミがするはずだった汚れ仕事も、背負う罪も、全て私が引き受けよう」
「そんな、そんなことは!」
私は彼のプロポーズを受け入れていない。たとえ結婚したとしても、エリアスに「汚れ」の全てを押し付けるなんてしたくない。
「それは優しさじゃなくて甘やかしです。私をこれ以上無能な人間にしないで!」
「キミは無能じゃない。そして甘やかすつもりも無いよ。ちゃんと私の行動に見合うだけの代償は支払ってもらう」
……代償? 彼のことだから金品ではないよね。結婚を承諾してくれ……とか?
「ええと、それは……?」
おずおず尋ねる私へエリアスは柔らかく笑った。
「私がどれだけ汚れても、私を嫌いにならないでくれ」
「…………!」
駄目だった。涙腺が完全に崩壊した。
あああ、もう、この人ってば。それを甘やかすって言うんです。溺愛ですよ、こんちくしょう。
出会った時から変わらない。私の全てを包み込む寛容力。格好をつけている訳ではなく、きっとこれが彼の地なんだろう。世界を創造した神様ポジションの少女に、「エリアスと結婚すれば幸せになれる」と太鼓判を押されるだけのことはある。
1
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
異世界転生してしまった。どうせ死ぬのに。
あんど もあ
ファンタジー
好きな人と結婚して初めてのクリスマスに事故で亡くなった私。異世界に転生したけど、どうせ死ぬなら幸せになんてなりたくない。そう思って生きてきたのだけど……。
猫なので、もう働きません。
具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。
やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!?
しかもここは女性が極端に少ない世界。
イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。
「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。
これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。
※表紙はAI画像です
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。
木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。
本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。
しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。
特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。
せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。
そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。
幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。
こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。
※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
