ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人

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急接近(1)

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 キースに逢いたい。
 戦場の緊迫した声ではなく、日常の優しい声でロックウィーナと呼んでもらいたい。
 彼の治療に当たったルービックいわくもう大丈夫とのことだが、それでも体調はどうなのか気になる。だって昼間、真っ白な顔で苦しそうに血を吐いていたんだもん。

(顔色だけでも確認したい。だけど女が男性の部屋に押しかけたら恋人みたいだよね……)

 現在のキースは私とは同僚関係、それ以上の付き合いをしないと名言している。部屋まで見舞いに行くのはその域を超えてしまうのかセーフなのか。
 誰かを誘って複数人になれば良いのでは……? でも具合が悪くて休んでいる人の元へ、何人もで連れ立って訪問するのは非常識かな。ガヤガヤしたら寝ていられないよね。
 判断がつかない私は、独身寮の共有スペースである水場と廊下を行ったり来たりしていた。目覚めたキースが部屋から出てこないかな~とほのかな期待を胸に抱いて。偶然の出会い(風)なら咎められまい。

「あ」

 部屋から出てきたのはアルクナイトだった。ヤツは廊下にたたずむ私を憐れむ目で一瞥いちべつした後、キースの部屋へと入っていった。
 いいな~。同性は堂々と部屋に入れて。魔王に嫉妬する日が来るとはね。
 アルクナイトにキースの様子がどうだったか聞こうと思い、十分間ほど廊下で無駄にウロウロしながら待っていたのだが、魔王はキースの部屋からなかなか出てこなかった。何をしているんだろう。
 あまりに長く廊下に滞在していると不審者になってしまう。私は場所を移動することにした。

(食堂でお茶でも飲もうかな)

 たぶん今の時間は20時50分くらい。遅番の料理人達も帰っている時刻だが、残ったスープとお茶に関しては火を入れて勝手に飲んでも良いことになっている。
 一階に降りた所で既に自分が歯を磨いた後だったことを思い出した。まぁいいか、もう一度磨けばいいんだよ。水場をうろつく理由ができるし。
 私がカウンターで紅茶にしようかコーヒーにしようか迷っていると、黒猫の一匹を抱いたソルとユーリも食堂へ姿を現した。

「ユーリ。もう動き回れるようになったんだね!」

 支え無しでスイスイ歩くユーリを見て私は安堵した。

「怪我はとっくに良くなってたよ。師団長に念の為、夜まで安静にしろと言われたから今まで寝てたんだ。んで腹いたからソルさん誘って降りてきたワケ」

 話し方も表情も明るい。レスター・アークのことを吹っ切るなんて今は到底できないだろうけど、ユーリは前に進もうとしている。生きようとしている。

「今日のスープはポトフで具沢山だよ。今温める」
「すまないがコイツの分もくれるか? 私はいいから」

 ソルが脇に抱えた黒猫を指した。さては食いしん坊の三男だな。
 私は温めたスープを二皿分用意して、カウンター近くの席に座った彼らの元へ持っていった。

「私はお茶を飲むんだけどソルもどう? コーヒーか紅茶しかないけど」
「……紅茶を頼む」
「OK」

 紅茶を淹れてテーブルへ戻ると、黒猫がベロを出してソルに冷気で冷やしてもらっていた。熱々のスープで猫舌がやられたな。

「ありがとな、ロックウィーナ」

 ユーリが自分の隣のイスを引いてくれたのでそこへ腰かけた。

「しっかし治癒魔法って凄いんだな。東国は魔法技術が発展してなくて術師が少ないんだよ。あの深い傷が短時間で完全に塞がるなんてさぁ」
「あの男……ルービックが特別に優れているんだ。あれほどの治癒力を持つ者はそうそう居ない」

 ルービックは自分の傷も自動回復しちゃうくらいだもんね。

「見ろよ、うっすら赤い痕が残っているだけだ」

 ユーリが上着をめくって上半身の肌を披露した。完治したことを見せたかったのだろうが、筋肉を愛する私は大胸筋と腹筋に目が釘付けとなった。忍びの彼も鍛えていて良い肉体を持っている。
 そして気づいた。私、普通にユーリの生のお乳を見てしまっている!

(うひゃあ!)

 魔王で肝心の部分は隠しているのに。ちなみにルパートのお乳は見たことが有る。以前の彼は遠慮が無くて、私の前でポンポン服を脱いで着替えていたから。
 ところで男性の場合はっぱいと呼ぶのでしょうか。脳内でエロい妄想が始まりそうになったので、私は慌ててユーリの裸体から目をらした。

「ユーリ、肌を隠せ。ロックウィーナが目のやり場に困っている」
「おおっと」

 ソルに注意されたユーリは服を正した。ソルってば国家反逆罪を犯したとは思えない良識人。

「わりぃなロックウィーナ。男の裸に免疫が無いおまえに見せちまって。マキアに聞いたんだけど、男との交際経験自体が無いんだって?」

 マキア、あの野郎。私のデリケートな秘密をバラしたんかい。

「おまえはイイ女なのにな。世の男どもは見る目が無いな」

 今度はユーリにじっと見つめられて戸惑った。しかもイイ女って……、妙に持ち上げられちゃってる。動揺を隠したい私はわざと嫌味で返した。

「私のことは、ちょっと可愛いと思う程度で興味対象外じゃなかったの?」
「まーな、もうちょっとキリッとした顔立ちが俺の好みだな。でも……」

 ユーリの顔から笑みが消え、真剣な顔つきとなった。

「昼間のおまえは、最高に綺麗だった」

 え。
 丸くした私の瞳をユーリが覗き込む。

「キースさんの為に頑張ったな」
「あ…………」

 幹部やレスターへ剣を向けた時のことか。キースが独りで遠くへ行ってしまいそうで、何とか繋ぎ止めたかった私は自分も手を汚すことを選んだ。
 あの行動が正しかったのか間違っていたのかは判らない。

「覚悟を決めた人間は表情も立ち姿も美しい。おまえのその覚悟が、他の男の為だってのが悔しいけどな」

 ちょっとねぇ、意味深な言い回しをしないでよ。迂闊うかつにもドキッとしちゃったじゃない。

「ユーリ、褒めてくれたのは嬉しいけど真顔で言わない方がいいよ? はたから見たら口説いていると勘違いされるかもだから」
「口説いてるんだけど?」
「え」

 あっさり認めたユーリは依然として私を見つめていた。

「おいユーリ、悪ふざけはよせ。ロックウィーナにこの手の冗談は毒だ」
「俺は至って真面目だよ、ソルさん」

 ソルに止められてもユーリは動じなかった。
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