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霧に囲まれる街(2)
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ルパートが号令をかけた。
「皆、急いで出動準備をしてくれ! 十五分後にギルド玄関へ集合!」
今夜はきっと徹夜作業になるな。しかし文句を言う者は居なかった。即座に会議室を出てそれぞれ必要な場所へ散らばった。
私もトイレを済ませた後に部屋へ戻って着替え、鞭をチェックして身に付けた。水ボトルと携帯食、医療品を入れたウェストポーチも腰に巻き付けた。どうかまたここへ戻ってこられますようにと願いながら。
屋根裏部屋へ行って鈴音を連れてまた一階へ降りた。
「ロックウィーナ、スズネ!」
「マズイことになった。急いで外へ出て!!」
玄関へ着いた途端、エンとマキアに緊迫した声で呼ばれた。
「な、何……?」
冒険者ギルドの外は……と言うより街全体がガヤガヤ騒然としていた。夜だというのに兵士がそこかしこを走りながら何やら叫び、街の住人は家から出て不安げに囁き合っている。否応なしに緊張感が高まった。いったいどうしたの?
いつの間にか横に来ていて、私の肩を抱いたキースが呻くように言った。
「このフィースノーの街が、霧に包囲されたそうだ……!」
「!?」
嘘でしょう、早過ぎる。王都が落ちたばかりなのに。
私は鈴音を見た。霧は彼女を蝕む病魔。もしかして現実世界の彼女がもう保《も》たない所まできているのでは……?
「冒険者ギルドの諸君と勇者殿と魔王殿、すぐに女神の宮殿へ出立してくれ!」
ルービックが私達を急かした。
「今はまだ霧の状態なので障壁で侵入を防いでいるが、戦闘力の強い巨人兵に変貌されたら突破される。街が壊滅する前に女神を現実世界へ還すんだ。霧が女神の宮殿にまで及ばない内に。時は我らが稼ぐ!」
時間を稼ぐ……?
ああ、彼は解っているんだ、巨人兵には決して勝てないと。
親しくなったルービック、エドガー、マシュー。みんな強い。試験に合格した騎士の中でもエリートな彼ら。でも落とされた王都には彼らと同じように強い聖騎士達が百人以上居たんだ。
聖騎士も騎士も一般兵も、みんなみんな霧に敗れて死んでしまった。
「街の東部はエディオン家が守護している。シュターク商会は南部を頼む! 北と西は王国兵団が担当する! ケイシー殿も我らと来てくれ!!」
「了解」
マスターが愛剣を背負いルービックの元へ行った。
「シュターク商会も了解です。アスリー、行こう!」
「リーベルト!」
外に待機していた執事のアスリーと共に駆け出そうとした彼を、私は反射的に呼び止めた。リーベルトの名で。
「あは、お姉様にその名前で呼ばれると少し照れちゃうな」
リーベルトは屈託なく笑い、そして青年の瞳で私を見た。
「次にお会いする時は、最初からリーベルトの姿でいます。いいですよね?」
彼は私の額に軽くキスをした。いつの間にか私より大きく成長していた迷子の少年。
「そんなお顔はしないで。キースお兄様、くれぐれもお姉様を頼みますよ?」
「必ず護る」
「約束ですからね。じゃあ!」
リーベルトは服の裾を翻して今度こそ走り去った。そしてアスリーと共に馬車の一つに乗り込んで街道を下った。その馬車は闇夜にあっという間に溶け込んで見えなくなった。
「リーベルト……」
あまりにも簡潔な別れ。もう会えないかもしれないんだよ? それなのに。
茫然と佇む私の前にマシューが進み寄った。
「ロックウィーナ、俺も行くよ。スズネ、気をつけてな」
それだけ言うと彼も去ろうとした。私は彼の深紅のマントを掴んだ。
「待ってよ! あなたはそれでいいの!?」
エディオン家と王国兵団の守護区画が別れてしまった。
「サティーさんのことは……?」
初恋の義理の叔母と離れたまま死地へ向かおうとするマシュー。
マシューは私の思惑を察したようだ。困ったように笑った後に私を強く抱きしめた。
キースも他の皆も私達の抱擁を止めなかった。これが最後だと知っているから。
「いいんだよ。叔父さんだってサティーだって、夫婦だってのに離れて戦おうとしているんだ。甥の俺がここでみっともなく我儘なんて言えないよ」
「でも……」
「ありがと、俺のこと気にかけてくれて」
マシューの腕に力が入った。
「生きるんだよ、俺の大好きなたった一人の友達」
私もマシューを抱きしめ返した。鎧越しでも解る。騎士にしては細い彼。兵士になるのが怖くて泣いていた少年期。戦場になんて出したくない。
だがマシューは私から離れ、上官の元へ歩き去った。ルービックとエドガーがこちらへ手を振ってくれて……、それから三名の聖騎士は一般兵の群れの中へ入り、私達の前から姿を消したのだった。
「皆、急いで出動準備をしてくれ! 十五分後にギルド玄関へ集合!」
今夜はきっと徹夜作業になるな。しかし文句を言う者は居なかった。即座に会議室を出てそれぞれ必要な場所へ散らばった。
私もトイレを済ませた後に部屋へ戻って着替え、鞭をチェックして身に付けた。水ボトルと携帯食、医療品を入れたウェストポーチも腰に巻き付けた。どうかまたここへ戻ってこられますようにと願いながら。
屋根裏部屋へ行って鈴音を連れてまた一階へ降りた。
「ロックウィーナ、スズネ!」
「マズイことになった。急いで外へ出て!!」
玄関へ着いた途端、エンとマキアに緊迫した声で呼ばれた。
「な、何……?」
冒険者ギルドの外は……と言うより街全体がガヤガヤ騒然としていた。夜だというのに兵士がそこかしこを走りながら何やら叫び、街の住人は家から出て不安げに囁き合っている。否応なしに緊張感が高まった。いったいどうしたの?
いつの間にか横に来ていて、私の肩を抱いたキースが呻くように言った。
「このフィースノーの街が、霧に包囲されたそうだ……!」
「!?」
嘘でしょう、早過ぎる。王都が落ちたばかりなのに。
私は鈴音を見た。霧は彼女を蝕む病魔。もしかして現実世界の彼女がもう保《も》たない所まできているのでは……?
「冒険者ギルドの諸君と勇者殿と魔王殿、すぐに女神の宮殿へ出立してくれ!」
ルービックが私達を急かした。
「今はまだ霧の状態なので障壁で侵入を防いでいるが、戦闘力の強い巨人兵に変貌されたら突破される。街が壊滅する前に女神を現実世界へ還すんだ。霧が女神の宮殿にまで及ばない内に。時は我らが稼ぐ!」
時間を稼ぐ……?
ああ、彼は解っているんだ、巨人兵には決して勝てないと。
親しくなったルービック、エドガー、マシュー。みんな強い。試験に合格した騎士の中でもエリートな彼ら。でも落とされた王都には彼らと同じように強い聖騎士達が百人以上居たんだ。
聖騎士も騎士も一般兵も、みんなみんな霧に敗れて死んでしまった。
「街の東部はエディオン家が守護している。シュターク商会は南部を頼む! 北と西は王国兵団が担当する! ケイシー殿も我らと来てくれ!!」
「了解」
マスターが愛剣を背負いルービックの元へ行った。
「シュターク商会も了解です。アスリー、行こう!」
「リーベルト!」
外に待機していた執事のアスリーと共に駆け出そうとした彼を、私は反射的に呼び止めた。リーベルトの名で。
「あは、お姉様にその名前で呼ばれると少し照れちゃうな」
リーベルトは屈託なく笑い、そして青年の瞳で私を見た。
「次にお会いする時は、最初からリーベルトの姿でいます。いいですよね?」
彼は私の額に軽くキスをした。いつの間にか私より大きく成長していた迷子の少年。
「そんなお顔はしないで。キースお兄様、くれぐれもお姉様を頼みますよ?」
「必ず護る」
「約束ですからね。じゃあ!」
リーベルトは服の裾を翻して今度こそ走り去った。そしてアスリーと共に馬車の一つに乗り込んで街道を下った。その馬車は闇夜にあっという間に溶け込んで見えなくなった。
「リーベルト……」
あまりにも簡潔な別れ。もう会えないかもしれないんだよ? それなのに。
茫然と佇む私の前にマシューが進み寄った。
「ロックウィーナ、俺も行くよ。スズネ、気をつけてな」
それだけ言うと彼も去ろうとした。私は彼の深紅のマントを掴んだ。
「待ってよ! あなたはそれでいいの!?」
エディオン家と王国兵団の守護区画が別れてしまった。
「サティーさんのことは……?」
初恋の義理の叔母と離れたまま死地へ向かおうとするマシュー。
マシューは私の思惑を察したようだ。困ったように笑った後に私を強く抱きしめた。
キースも他の皆も私達の抱擁を止めなかった。これが最後だと知っているから。
「いいんだよ。叔父さんだってサティーだって、夫婦だってのに離れて戦おうとしているんだ。甥の俺がここでみっともなく我儘なんて言えないよ」
「でも……」
「ありがと、俺のこと気にかけてくれて」
マシューの腕に力が入った。
「生きるんだよ、俺の大好きなたった一人の友達」
私もマシューを抱きしめ返した。鎧越しでも解る。騎士にしては細い彼。兵士になるのが怖くて泣いていた少年期。戦場になんて出したくない。
だがマシューは私から離れ、上官の元へ歩き去った。ルービックとエドガーがこちらへ手を振ってくれて……、それから三名の聖騎士は一般兵の群れの中へ入り、私達の前から姿を消したのだった。
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