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一幕 エリアスが日常に(4)
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ルパートが不思議そうに尋ねた。
「エリアスさんは、めっぽう強いじゃないですか。それでどうして狼ごときにやられたんです? 相当数の群れに囲まれたんですか?」
「エンカウントしたのは三匹だったが、道に迷って丸二日間休憩無しで森を彷徨っていたんだ。水も食糧も尽きていて、まともに戦える体力が残っていなかった」
「……遭難してたんですか。地図を紛失してしまったので?」
「いや。地図の通りに歩いたつもりだったのだが、どんどん森の奥へ入ってしまった。言っただろう? 方向音痴だって」
「聞きましたね、方向音痴だと。でもあれは俺達を巻き込む為の方便だと思っていました。マジだったんですか?」
「マジだ」
「………………」
これは確かに独りで冒険はさせられないな。
「パーティを組んで数年間は、誰かが地図を見てくれて移動がスムーズだったもので、自分が方向音痴だということを忘れていたんだ。うっかりしていた」
「うっかりで死にかけないで下さい」
「肝に銘じよう」
「昨日俺達が発見した時は疲労困憊だった訳ですね。よくその状態で街まで歩いて戻れましたね」
「正直に明かすと、何度か天に召されそうな嫌な感覚に襲われた」
おい。
「だったらウィーに大人しく背負われていれば良かったのに」
「それは……できない。女性は護り慈しむ存在だと教えられた」
……エリアスは名誉を重んじる立派な貴族なんだな。領地を離れて冒険者になった今でも、その心根は変わっていないようだ。
少しズレた所は有るけれどね。まぁそうじゃなかったら私なんかに興味を抱かないか。
「さぁ街へ帰ろう。レディ、私にエスコートさせてくれ。迷わないように先導はルパートに頼むが」
エリアスは汚れた手袋を外して生身の手を私に差し出した。
「…………はい」
戸惑ったものの、善意の塊みたいな笑顔を向けられた私はエリアスの手を取った。
エリアスは私に恩を感じているだけだ。こんな関係は今だけだろう。約束の一週間が終わる頃には彼は冷静になり、私の元からきっと離れる。
貴族と庶民……、住む世界からして違うんだから。
(だよね)
だから……私も彼を好きになっちゃいけない。期待してはいけない。私は心の中で密かにそう誓ったのだった。
☆☆☆
エリアスと一緒に行動するようになって、早くも五日目に突入していた。
先の四日間のミッションはすこぶる順調に終わった。血飛沫が舞う光景を否応なしに見せられて、食欲が減退する以外に困ったことは起きていない。
戦闘と周辺監視をエリアス一人に任せて、私とルパートは道案内と依頼品の運搬のみの楽な作業を担当した。屈強なボディーガードさえ付いてくれれば、回収の仕事ってこんなにスムーズにいくのだと感動した。
今回は私達がお手伝い役だけど、エリアスがお金に困った際はぜひギルドに就職してもらいたい。そして私と新バディを。もうドS先輩のお供は嫌だ。
今日はDランクの依頼、魔道具の精製に用いられる風石の採取に来ていた。Eランクよりも強いモンスターが出現するフィールドなのだが、幸い遭遇することなく風石を発見できた。後はギルドに届ければミッションクリアだ。今日もサクッと終われそうだな。
「おらウィー、持て」
当然のようにウンコ先輩ルパートが、十数個の風石を詰めたリュックを私に手渡した。人間を背負うよりは軽いからいいけどさ。いたっ、石の尖った部分が背中に当たる。タオルを挟もう。
ルパートと違ってエリアスは私を気遣ってくれた。
「すまないレディ、重い荷物は持たせたくないのだが」
「いいんですよ、パーティを組んだのだから私も働かないと。その代わり、モンスターが出たら退治をお願いしますね」
「もちろんだ、任せてくれ」
いざという時に戦うエリアスには両手を空けていてもらわないと。ルパートがハンズフリーなのには殺意が湧く。
「それにしてもエリアスさんは本当にお強いんですね。ビックリしちゃいました」
「ありがとう。そうならざるを得ない環境で育ったからね」
ああ、お父さんが辺境伯だからか。息子達も戦えるように部下と一緒に鍛えられたのだろう。
「モルガナンは勇者の一族ですもんね」
ルパートがさらりと謎の形容をした。
「勇者の一族……? エリアスさんのご実家が?」
「何だよウィー、知らなかったのか? モルガナン家が所有するディーザ地方はな、魔王の居城に隣接しているんだよ」
「ほえ!?」
驚いてまた間抜けな声を漏らしてしまった。エリアスの前では猫を被ろうとしているのに、ちょっとした拍子にガサツな言動が出てしまう。
「ま、魔王ってモンスターの親玉と言われる……あの魔王ですか!?」
エリアスが頷いた。
「そう。モルガナンの当主は代々、魔王の見張り番のお役目を国から与えられているんだ」
「ひええ……」
私は自分の中に在る魔王についての知識を総動員した。
「確か三百年くらい昔に、魔王が世界を滅ぼそうとしたんですよね? いろんな国が協力し合って軍隊を派遣して魔王の軍勢と戦って、最終的に人間側が勝利したって……」
「おいおい、ずいぶんザックリだな。勝利というか、人間側に優位な協定を結んで休戦しただけだぞ? ウィーおまえ、歴史や地理の勉強サボってただろ?」
「すみません。私の故郷の学校は小さくて、教師も教本も少なかったんです。正確な歴史は学べませんでした」
それでも読み書きと簡単な計算法を習得できて私は幸運だった。知識を活かして都会での就職が叶ったのだから。親の方針によっては勉強など必要無いと、学校にすら通わせてもらえない家庭の子供が村にはチラホラ居た。
「エリアスさんは、めっぽう強いじゃないですか。それでどうして狼ごときにやられたんです? 相当数の群れに囲まれたんですか?」
「エンカウントしたのは三匹だったが、道に迷って丸二日間休憩無しで森を彷徨っていたんだ。水も食糧も尽きていて、まともに戦える体力が残っていなかった」
「……遭難してたんですか。地図を紛失してしまったので?」
「いや。地図の通りに歩いたつもりだったのだが、どんどん森の奥へ入ってしまった。言っただろう? 方向音痴だって」
「聞きましたね、方向音痴だと。でもあれは俺達を巻き込む為の方便だと思っていました。マジだったんですか?」
「マジだ」
「………………」
これは確かに独りで冒険はさせられないな。
「パーティを組んで数年間は、誰かが地図を見てくれて移動がスムーズだったもので、自分が方向音痴だということを忘れていたんだ。うっかりしていた」
「うっかりで死にかけないで下さい」
「肝に銘じよう」
「昨日俺達が発見した時は疲労困憊だった訳ですね。よくその状態で街まで歩いて戻れましたね」
「正直に明かすと、何度か天に召されそうな嫌な感覚に襲われた」
おい。
「だったらウィーに大人しく背負われていれば良かったのに」
「それは……できない。女性は護り慈しむ存在だと教えられた」
……エリアスは名誉を重んじる立派な貴族なんだな。領地を離れて冒険者になった今でも、その心根は変わっていないようだ。
少しズレた所は有るけれどね。まぁそうじゃなかったら私なんかに興味を抱かないか。
「さぁ街へ帰ろう。レディ、私にエスコートさせてくれ。迷わないように先導はルパートに頼むが」
エリアスは汚れた手袋を外して生身の手を私に差し出した。
「…………はい」
戸惑ったものの、善意の塊みたいな笑顔を向けられた私はエリアスの手を取った。
エリアスは私に恩を感じているだけだ。こんな関係は今だけだろう。約束の一週間が終わる頃には彼は冷静になり、私の元からきっと離れる。
貴族と庶民……、住む世界からして違うんだから。
(だよね)
だから……私も彼を好きになっちゃいけない。期待してはいけない。私は心の中で密かにそう誓ったのだった。
☆☆☆
エリアスと一緒に行動するようになって、早くも五日目に突入していた。
先の四日間のミッションはすこぶる順調に終わった。血飛沫が舞う光景を否応なしに見せられて、食欲が減退する以外に困ったことは起きていない。
戦闘と周辺監視をエリアス一人に任せて、私とルパートは道案内と依頼品の運搬のみの楽な作業を担当した。屈強なボディーガードさえ付いてくれれば、回収の仕事ってこんなにスムーズにいくのだと感動した。
今回は私達がお手伝い役だけど、エリアスがお金に困った際はぜひギルドに就職してもらいたい。そして私と新バディを。もうドS先輩のお供は嫌だ。
今日はDランクの依頼、魔道具の精製に用いられる風石の採取に来ていた。Eランクよりも強いモンスターが出現するフィールドなのだが、幸い遭遇することなく風石を発見できた。後はギルドに届ければミッションクリアだ。今日もサクッと終われそうだな。
「おらウィー、持て」
当然のようにウンコ先輩ルパートが、十数個の風石を詰めたリュックを私に手渡した。人間を背負うよりは軽いからいいけどさ。いたっ、石の尖った部分が背中に当たる。タオルを挟もう。
ルパートと違ってエリアスは私を気遣ってくれた。
「すまないレディ、重い荷物は持たせたくないのだが」
「いいんですよ、パーティを組んだのだから私も働かないと。その代わり、モンスターが出たら退治をお願いしますね」
「もちろんだ、任せてくれ」
いざという時に戦うエリアスには両手を空けていてもらわないと。ルパートがハンズフリーなのには殺意が湧く。
「それにしてもエリアスさんは本当にお強いんですね。ビックリしちゃいました」
「ありがとう。そうならざるを得ない環境で育ったからね」
ああ、お父さんが辺境伯だからか。息子達も戦えるように部下と一緒に鍛えられたのだろう。
「モルガナンは勇者の一族ですもんね」
ルパートがさらりと謎の形容をした。
「勇者の一族……? エリアスさんのご実家が?」
「何だよウィー、知らなかったのか? モルガナン家が所有するディーザ地方はな、魔王の居城に隣接しているんだよ」
「ほえ!?」
驚いてまた間抜けな声を漏らしてしまった。エリアスの前では猫を被ろうとしているのに、ちょっとした拍子にガサツな言動が出てしまう。
「ま、魔王ってモンスターの親玉と言われる……あの魔王ですか!?」
エリアスが頷いた。
「そう。モルガナンの当主は代々、魔王の見張り番のお役目を国から与えられているんだ」
「ひええ……」
私は自分の中に在る魔王についての知識を総動員した。
「確か三百年くらい昔に、魔王が世界を滅ぼそうとしたんですよね? いろんな国が協力し合って軍隊を派遣して魔王の軍勢と戦って、最終的に人間側が勝利したって……」
「おいおい、ずいぶんザックリだな。勝利というか、人間側に優位な協定を結んで休戦しただけだぞ? ウィーおまえ、歴史や地理の勉強サボってただろ?」
「すみません。私の故郷の学校は小さくて、教師も教本も少なかったんです。正確な歴史は学べませんでした」
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