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23.前言撤回は出来ません

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 ジャゴニ侵攻の出陣式を翌日に控え、ミランダの後見と、水晶宮への入宮者が正式に告示された。

 ミランダの後見は、中立派のジョージ・ヨアヒム侯爵に決まったため、中立派からの入宮申請を取り下げ、国内からは保守派と革新派から一人ずつ、計二人の側妃が擁立される。

 保守派からは、筆頭であるアルデオ・ヴァレンス公爵の次女、シェリルが。

 革新派からは、財務長官の任に就くホレス・ヘイリー侯爵の長女、アナベルが。

 また、王都近郊で高熱のため療養していたアサドラ王国のレティーナ王女は、体調が回復するとともに王都入りを果たした。

 先日無事に謁見を終え、同じく人質として居留区に住んでいた、カナン王国のドナテラ王女とともに、水晶宮へ入宮することとなっている。

 なお、入宮が決まった四人はミランダ同様、三人の専属侍女がザハドにより選定され、館の外に出た際の専属護衛騎士を一名、そして不自由なく過ごせるよう、雑務を担う使用人達が、それぞれの館に配備されたのである。

「ヨアヒム卿が、私の後見を願い出てくださるとは、光栄です」

 貴賓室で嬉しそうに礼を述べるミランダに、ヨアヒムは改まって臣下の礼をとった。

「ヨアヒム卿ともあろうお方が、改まって大仰な。こちらが恐縮してしまいます」
「素晴らしい打ち手を講じてくださった、あの夜のお礼です」
「まぁ、そんなご謙遜を。お礼を述べなければならないのは、こちらのほうですわ」

 知らない者が聞いたら誤解してしまいそうな軽口を交わし、和気藹々としていると、少しご機嫌斜めなワーグマンが横から口を挟んだ。

「強欲なホレスめが強硬し、革新派から息女を擁立させたせいで、私が殿下の後見に就けなくなってしまった」

 余程後見に就きたかったのだろうか、ワーグマンが子供のように口を尖らせながらブツブツと文句を言い、それは申し訳なかったと、ヨアヒムが笑いながら肩を叩く。

 二人は、元々第一騎士団の同期で、共に帝国軍と戦った戦友であり、派閥は違えど個人としては互いにわだかまりもなく、旧知の仲である。

「そのように仰っていただけるとは、嬉しい限りです。後見と言わず、もらってくださっても宜しいのですよ?」

 クラウス同様に淡く青みを帯びた灰色の髪と瞳。
 褐色に焼けた肌は健康的で、面差しもよく似ているが、二人を比較するとワーグマンのほうが幾分、雰囲気が柔らかい。

 笑うと目尻が下がり、大人の包容力を感じさせるワーグマンを、ミランダはいたく気に入っており、茶目っ気たっぷりにそう告げると、困ったように笑った。

「ははは、それはやめておこう。まだまだ命は惜しいからね」

 ミランダとワーグマンの間に慌てて身体を差し込み、ミランダを隠すように牽制するクラウスの姿に、意外な一面もあったものだと、ヨアヒムが笑う。

「ご歓談中失礼いたします。水晶宮への人員配置が完了しましたが、ミランダ殿下は本日ご移動なされますか?」

 和やかな様子を嬉しそうに見つめていたザハドが、四人に声を掛ける。
 まるで小間使いのようにこき使われ、雑務までこなしているが、彼は歴とした宰相職である。

「ああ、そういえば、殿下が側妃の座に留め置かれる場合は、すべての妃が揃うまでお渡りは中止でしたね」
「……えっ?」

 にこりとワーグマンが微笑み、ミランダが小さく声を発する。
 ヨアヒムが何かに気付き横を向いて笑いを堪え、クラウスが勝ち誇ったように振り返り、自身の背中の後ろに隠れたミランダを見下ろした。

「それでは陛下、我々はこれにて失礼させていただきます」
「えっ、ちょっと待っ」

 慌てて引き止めようとしたミランダの腕を掴み、さっさと下がれと顎で示すと、貴賓室の扉が閉められ、クラウスと二人きりになってしまう。

「……すべての妃が水晶宮に揃ったが、何か言うことはあるか?」

 なぜこれほどの威圧感を以てミランダに言い寄るのか理解に苦しむが、それ以上に上手い言い訳が思いつかず、波のように引いていった男達を恨めしく思うばかりである。

「なにも、ございません」

 下を向いて唇を噛むミランダ。
 これだけ譲歩してくれた時の権力者に、これ以上抗うのは賢明ではないと、ミランダ自身が良く分かっている。

「……今宵は貴賓室に泊まれ」

 有無を言わせぬ圧を発しながら、クラウスはミランダに命じた。

「執務を終えるまで、おとなしく待っていろ」








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