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38.水晶宮にて③私しかいない

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「王宮は今、どのような状態ですか?」

 隣室で療養中の護衛騎士、ギークリーの右腕に包帯を巻きながら、シャロンは尋ねた。

 医師のような治療は出来ないが、騎士の訓練を受けている者であれば誰しも、止血等の応急処置を心得ている。

 他に出来る者もいないため、侍女兼護衛として、特殊な訓練を受けているシャロンが立候補し、ドナテラの許可を得て治療にあたっていた。

「……宰相とアシム公爵は反乱軍に捕らえられ、王宮内の地下監獄にある独房に幽閉されました」

 ギークリーは痛む右腕を庇うようにしてベッドから立ち上がると、心配そうに見つめるドナテラの足元に跪き、深く頭を下げる。

「肝心な時にお傍にいられず、申し訳ありませんでした」

 謝罪をするギークリーに、「悪いのは貴方ではないのだから、謝る必要はありません」とドナテラが声をかけ、椅子に座るよう差し示す。

 ミランダが出立した後、水晶宮の仔細をザハドへ報告するため、王宮へと向かったまでは良かったが、時を同じくして反乱軍が雪崩れ込んだ。

 至るところから上がる火の手と、ぶつかり合う金属音。
 常ならぬ様子に警戒しながら王宮内へと足を踏み入れると、既にそこは反乱軍に制圧され、凄惨な光景であった。

 歯向かう者はすべて殺され、投降した者は捕縛された上、地下監獄の大部屋にで収容される。

 水晶宮にも手が伸びるのではと、身を翻し脱出したところで反乱軍に見つかり、右腕に傷を負ってしまった。

「最後に見たのは玉座の間で、レティーナ殿下が反乱軍に、『水晶宮への立入禁止』を命じるところでしたが……なぜ、そのように命じたのか腑に落ちません」

 釈然としないのか、首を傾げるギークリーに、シャロンは水晶宮への立入りを禁じたレティーナの意図を説明した。

「なんということを……」

 一国の王女ともあろう者がよくもここまで道義に反することを、とギークリーは吐き捨てるように言う。

「そうなると、この情報を得て、反乱軍に追い立てられたグランガルドの残党兵達が、水晶宮に押し寄せるのは時間の問題です」

 ドナテラを真っ直ぐに見つめ、ギークリーは問いかけた。

「殿下、?」


 ***

(SIDE:ドナテラ)


 突然問われ、ドナテラは頭が真っ白になってしまった。

 どうされますかと問われても、何をどうすればよいか全く分からない。

 何も考えず、誰かの言葉に従って生きることが女性の美徳される国で、王女として生まれ、育ってきたのだ。

『王の言葉は無条件に従うべきもの』

 そう教えられてきたドナテラは、他人からの指示に従うことが日常になっており、自分の責任で何か選ぶという選択肢は、今の今まで一度も無かった。

 ――それなのに。

 今になって、この状況下で選択を迫られている。

「……どうされますか、とは?」

 震える声でオウム返しに尋ねると、今度はルルエラが口を開いた。

「残党兵の受け入れを拒否するか否かです。受け入れる場合は、どのように水晶宮を開放すればよいのか考える必要がありますし、拒否する場合は、侵入された時にどう対応するか等、細かい部分を詰めねばなりません」

 いずれにせよ、策を練る必要があるとルルエラは言う。
 
「そ、それでは、なにか決定事があるのならば、ミランダ殿下に……ああ駄目だわ、殿下はいらっしゃらない……シェリル様もいないし、宰相閣下とも連絡が……どうしましょう、どうしたら……」

 半ばパニック状態となり、突然立ち上がると、ドナテラは室内をウロウロと歩き始めた。

「誰に相談したら……そ、そうだ、この中であればギークリー卿に決めて頂くのが一番宜しいかしら?」

 ねぇ、ギークリー卿? と視線を向けると、ギークリーは目を伏せ、かぶりを振った。

「……駄目です。ここにいる誰も、ドナテラ殿下の代わりにはなりません」

 それに被せるように、ルルエラも言う。

「……どうかご決断を」

 どのような結果になっても、我々はその指示に従いますと、一同は固唾を呑んでドナテラの決定を待っている。

「え、でも……でも」

 ドナテラはそれでも一縷の望みをかけて、キョロキョロと室内を見廻した。

 誰か、誰か私の代わりに指示してくださる方を――!

 ふと気が付くと、その場にいる全員がドナテラを見つめている。

 すべての責任が自分にかかる重さを始めて経験し、ぶるぶると手が震えた。

「代わりに、誰か……!」

 ドナテラは再度見廻すが、皆一同に黙りこくり、指示を待っている。

 ……だれも、いない?

 震える唇から、荒い呼吸が漏れ出した。

 ……わたし、しか、いない――――?






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