短編集

天冨 七緒

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転生した瞬間、悪役令嬢だった

ノワール・エデルシュタインの場合 前編

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 気が付けば、乙女ゲームの世界に転生した。
 私の役割は、婚約者に親しくする主人公に嫉妬して嫌がらせをする『公爵令嬢』。

「どうして今なの?」

 前世を思い出したタイミングが悪かった。
 記憶が蘇るタイミングの定番は……
 幼少期、学園入学、攻略対象に出会う、事故や怪我に体調不良など切っ掛けがあるもの。

 私の場合は……

「聞こえなかったのか? もう一度、言う。君との婚約を解消する」

 婚約解消を告げられた、その瞬間。
 まるで走馬灯のように、前世の記憶が一気に流れ込んできた。

 前世の私。
 私は地元の小劇団に所属していて、社会人をしつつ舞台に立っていた。
 役者になりたいと本気で目指していたが、現実は甘くない。
 オーディションを受けるも、呼ばれた先はセリフのないエキストラ。
 いつか実を結ぶと信じ、今日も舞台に立つために練習していた。
 稽古場は、地下二階。
 かなり古い建物で、消防署の検査で忠告を受けていた。
 
「避難経路を確保してください」

 その言葉で管理者が動いてくれていれば、私は転生などしていなかっただろう。
 起きてしまったことは、もう戻せない。
 でも、よりによってこのタイミングで思い出さなくても……他にいくらでもあったでしょうに。

「婚約……解消……」
 
 この場面を知っている。
 最近流行りの転生モノ。
 原作は百万部を超え、アニメ化となり今回舞台化が決定していた。
 そのオーディションを受けるため、私もコミックを何度も読み込んでいたので知っている。
 『ちょっぴり鈍感は、天然、小悪魔と呼び名が変わる』というタイトル。
 可愛くて健気な主人公が、一生懸命取り組むことで周囲から愛されるという話。

 そして、今は……
 悪役令嬢が卒業パーティーで、婚約解消を告げられる場面。
 婚約者と親しげにする主人公に嫉妬して、嫌がらせを繰り返し断罪されている。

「正確には、私は君ではなく『のノワール・エデルシュタイン公爵令嬢』と婚約を進める」

 本物の……
 そう、私は偽物の公爵令嬢。

 ノワール・エデルシュタイン。
 公爵令嬢。
 王子の婚約者。
 彼女は幼少期に、使用人によって誘拐された。
 使用人は死体となって発見されるも、ノワール・エデルシュタインは行方不明だった。

 誘拐から五年後。
 髪色や瞳の色が同じ少女が孤児院にいると聞きつけ、公爵は会いに行く。

「ノワール……この子は、私の娘だ」

 公爵は、一目見た瞬間、娘だと宣言した。
 すぐに手続きを済ませ、その日のうちに引き取った。

「私の名前は、ヴェルタ―・エデルシュタイン公爵。今日から君のお父様だ」

「お父様?」

「ああ。そうだ」

「私の名前は、リュシー」

「いや、君の名前は今日からノワール・エデルシュタインだ」

「リュ……」

「ノワールだ。いいね? ノワール・エデルシュタイン」

 私は孤児院で付けられた名前を名乗ることを禁止され、この日から『ノワール・エデルシュタイン』となった。
 屋敷に到着すると、すぐにお母様という人物に会うことになった。

「今から私の妻に会う。君にとっては、お母様だ」

「……お母様?」

「妻は病弱で……余計なことを話す必要はない」

「……はい」

 案内された部屋は、見たこともない綺麗な家具ばかり。
 そして、今日から私のお母様となる人物がいた。
 椅子に座る姿さえ美しい。
 けれど、線の細い人で『病弱』という言葉を思い出す。
 私と目が合った瞬間、驚いた表情をし……

「ノワール……ノワールなの? あぁ、ノワール……生きててくれたのね……」

 泣き崩れ抱き締めてきた。
 その日から毎日、お母様とお茶会をする。
 私にとって、その時間だけは穏やかで誰かに甘やかされる瞬間だった。
 公爵は、誘拐され失われた五年という月日を取り戻そうと、お母様との対面時間以外はすべて勉強の時間に充てていた。
 
 私を引き取った時、公爵が調査を怠ったのには理由がある。
 娘が誘拐された事実に夫人が倒れ、気力をなくしていく姿に耐えられなくなっていた。
 わずかに他人の空似だと疑惑はあったのかもしれない。
 だが、真実から目を逸らした。
 一日でも夫人が以前の姿に戻るのであれば、公爵にとっては偽物でも構わなかった。
 そして、偽物かもしれないと引き取られたのが、婚約解消を宣言された私。
 記憶が戻る前の私は、本当に公爵令嬢なのだと疑わなかった。
 学園や社交界での私は、公爵令嬢という立場で好き勝手、傍若無人に生きてきた。
 周囲は相手が公爵令嬢だからと、我慢していた。
 婚約に関しても公爵の意向もあったが、対面した王子に一目ぼれして強請った。
 公爵令嬢であり次期王妃という立場の人間を、周囲は非難できなかった。
 その状況が私の性格に拍車をかけた。
 だが、それが今、覆されようとしている。

「君は、髪と目の色が公爵が探している少女と同じなことで公爵令嬢に成り代わろうとしたのだろう? だが、本物の公爵令嬢は……ステラだ」

 王子が宣言した瞬間、会場内はどよめいた。
 それもそのはず。
 王子が紹介した彼女は、今まで平民として学園生活を送ってきた。
 ノワールは自身の婚約者である王子に纏わり付くステラに嫌がらせをしていた。
 他の令嬢も王子に気安く近づくステラにいい感情はなく、ノワールほどではないが厳しい態度を取っていた。
 それが、本物の公爵令嬢だと王子自ら宣言し、恐怖に震えていた。

「私は、私が公爵令嬢だとは知りませんでした。ただ、私の首に掛かっていたネックレスが公爵家のものだと判明し公爵夫妻とも対面しました。その瞬間、二人が私の両親だと確信しました。私は、ノワール様……いえ、あなたを追い出したいわけではありません。ただ、私の名前を……本来の私を、返してほしいのです……真実を話していただけませんか?」

 王子の隣で自分こそ本物ノワール・エデルシュタインだと告げるステラ。
 王子だけでなく、彼の側近である宰相の息子、王子の護衛騎士も私に鋭い視線を向ける。
 三人は攻略対象。
 ステラは物語の王道ルートを選択し、全員を攻略しラスボスである悪役令嬢の私と対峙している。
 私はこの場をどう切り抜ける?
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