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私には勇気がない
「はぁ……」
今読み終えたばかりの小説を胸に抱きしめ溜息を吐く。
最近様々な恋愛小説が流行っている。
今読んだのもそのうちの一つ。
「いいなぁ……」
私、セラフィーナ・ギャスパルには婚約者がいる。
彼は伯爵家の次男、フランツ・タドミール。
婚姻後、我が家ギャスパル侯爵家に婿入りする予定。
私達はあの小説のように政略的に婚約が決定した。
関係は、不仲とは言わないが順調とも言い難い。
どうにか関係改善を模索していたところ、あの小説に出会った。
「記憶喪失か……」
いい作戦だとは思う。
だけど、彼の気持ちを確認する為に試すような事はしたくない……
なんて嘘。
本当は自分が行うと思うと怖くてできないだけ。
こんな関係でも、私は彼に……
「……嫌われたくない」
物語にもあったが、記憶喪失は婚約解消の理由には十分。
婚約者を信じていないわけではないが、政略的に決定した関係だと私達の気持ちより当主の意向が強く物を言う。
物語のような婚約者との関係改善は諦め、地道に距離を詰めていくのが安全。
私は小説とは違い、彼の誕生日には刺繍入りのハンカチや似合いそうな服一式・靴も贈ったこともある。
「ハンカチは……汚れたりするのが嫌なので、大事に保管してあります」
私の拙い刺繍入りのハンカチを大事にしてくれていると彼から直接聞くと嬉しくてにやけてしまう。
その後、服と靴はパーティーで着用しているのを確認。
会話や一緒にいられる時間は少なくても、贈り物を使用してくれているのが嬉しい。
私には恋愛小説のような駆け引きは必要ない。
「彼の事を……信じていれば……いい……のよね」
私達は定期的に互いの屋敷を訪問し、ゆっくりと歩み寄っている。
「大丈夫、時間はまだある」
貴族の婚姻に重要なのは恋愛よりお家の繁栄。
我が家が没落しない限り、彼との婚約が白紙になることはない……はず。
侯爵令嬢の私が伯爵令息との婚約で解消・破棄になることは、没落・不貞などの瑕疵が必要となる。
明らかな問題がない限り相手側に選択権は無く、こちらが望まない限り婚約解消は起きないだろう。
何故こんなにも白紙になることを恐れているのかと言うと、数年前に婚約破棄騒動が勃発した。
婚約者の爵位の優位性など関係なく、男性側が不貞を行い婚約解消に……
婚約が解消となった令嬢には、男性より爵位の高い人もいた。
それなのに、社交界を去ったのは婚約解消された令嬢の方。
直接目撃したわけではないし、婚約解消となった令嬢がその後どうなったのかも分からない。
残った教訓は「どんなに誠心誠意相手に尽くしても、繋ぎ留められない令嬢は社交界から去らなければならない」という恐ろしい現実だった。
それから令嬢達は、婚約者との関係を良好にするべく試行錯誤している。
観劇に出向いたり、令嬢達と情報交換したりする。
その選択の一つとして、恋愛小説も含まれていた。
「フランツ様は、もう訓練は終わっているかしら? 」
本日は婚約者として彼の屋敷に向かっている。
彼はとても努力家で、私が訪問する直前まで師匠のところへ赴き剣術の訓練をしている。
熱中するあまり遅刻する時もあるけど、それだけ真面目で誠実な人。
婚姻するんだもの、仕事に対して真面目な考えの人が良い。
「こんにちは、フランツ様はお戻りかしら」
私が彼の屋敷を訪問すると、タドミール伯爵家に長年仕えている執事が毎回対応する。
執事の表情から、まだ彼が戻ってきていないことが分かる程度には付き合いがある。
「……お坊ちゃまは、まだお戻りになっておりません」
「そうですか」
「いつものように応接室でお待ちください」
「はい」
彼を待つのも慣れてきた。
婚約を結んだ時は互いに縛られるものはなかったが、成長するにあたり貴族としての責任を務めなければならないことを理解している。
『貴族とは、責任を果たす為に常に努力を惜しまず身を削らなければならない』
父に何度も聞かされていた言葉だ。
何度言われた言葉だったが、彼の姿で私も貴族の在り方を見直すようになった。
私の甘い考えを変えたのは彼と言える。
彼が初めて約束の時間に遅れた時は、私は彼の立場を考える余裕もなく「すっぽかされた」という事実だけが私を支配した。
帰って来た彼を見た瞬間彼を責め立ててしまい、彼を困惑させた。
それからは彼が遅刻しても我慢する事を覚えた。
「……お待たせ致しました」
今では彼の到着にどのくらい待たされたのかは、考えないようにしている。
「いえ……あっ……大丈夫ですか?」
「何が? 」
「膝に土が……」
「あっこれは……その……遅刻してしまうと慌てたせいで転んでしまい……」
彼は慌てた様子で膝の汚れを払う。
「そうなんですね」
遅刻だと気が付き慌ててくれるだけの感情が私にあるのだと知ることができ、安堵している。
その後は他愛無い会話。
静かになる時間が怖くて、私は必死に言葉を紡ぐ。
そして、婚約者としての時間が終わると彼に見送られながら私は帰る。
「本日も有意義な時間でした」
「あぁ、こちらも」
「……では、また」
馬車に乗り込み彼に手を振る。
「彼が遅刻しても終わる時間は一緒……」
怒りを溜めこまず、不満からは目を逸らす。
それが穏やかに過ごす秘訣なんだと……私は成長した。
それでも、一人になると言葉が勝手に出てきてしまう。
「……ん? きゃ……何? 」
今日は馬車がやけに揺れる。
王都は道路が整備されているのに、山道を走っているよう。
「……きゃぁぁああああ」
ガタンという大きな音を聞いた瞬間、馬車が揺れ頭を強打。
今読み終えたばかりの小説を胸に抱きしめ溜息を吐く。
最近様々な恋愛小説が流行っている。
今読んだのもそのうちの一つ。
「いいなぁ……」
私、セラフィーナ・ギャスパルには婚約者がいる。
彼は伯爵家の次男、フランツ・タドミール。
婚姻後、我が家ギャスパル侯爵家に婿入りする予定。
私達はあの小説のように政略的に婚約が決定した。
関係は、不仲とは言わないが順調とも言い難い。
どうにか関係改善を模索していたところ、あの小説に出会った。
「記憶喪失か……」
いい作戦だとは思う。
だけど、彼の気持ちを確認する為に試すような事はしたくない……
なんて嘘。
本当は自分が行うと思うと怖くてできないだけ。
こんな関係でも、私は彼に……
「……嫌われたくない」
物語にもあったが、記憶喪失は婚約解消の理由には十分。
婚約者を信じていないわけではないが、政略的に決定した関係だと私達の気持ちより当主の意向が強く物を言う。
物語のような婚約者との関係改善は諦め、地道に距離を詰めていくのが安全。
私は小説とは違い、彼の誕生日には刺繍入りのハンカチや似合いそうな服一式・靴も贈ったこともある。
「ハンカチは……汚れたりするのが嫌なので、大事に保管してあります」
私の拙い刺繍入りのハンカチを大事にしてくれていると彼から直接聞くと嬉しくてにやけてしまう。
その後、服と靴はパーティーで着用しているのを確認。
会話や一緒にいられる時間は少なくても、贈り物を使用してくれているのが嬉しい。
私には恋愛小説のような駆け引きは必要ない。
「彼の事を……信じていれば……いい……のよね」
私達は定期的に互いの屋敷を訪問し、ゆっくりと歩み寄っている。
「大丈夫、時間はまだある」
貴族の婚姻に重要なのは恋愛よりお家の繁栄。
我が家が没落しない限り、彼との婚約が白紙になることはない……はず。
侯爵令嬢の私が伯爵令息との婚約で解消・破棄になることは、没落・不貞などの瑕疵が必要となる。
明らかな問題がない限り相手側に選択権は無く、こちらが望まない限り婚約解消は起きないだろう。
何故こんなにも白紙になることを恐れているのかと言うと、数年前に婚約破棄騒動が勃発した。
婚約者の爵位の優位性など関係なく、男性側が不貞を行い婚約解消に……
婚約が解消となった令嬢には、男性より爵位の高い人もいた。
それなのに、社交界を去ったのは婚約解消された令嬢の方。
直接目撃したわけではないし、婚約解消となった令嬢がその後どうなったのかも分からない。
残った教訓は「どんなに誠心誠意相手に尽くしても、繋ぎ留められない令嬢は社交界から去らなければならない」という恐ろしい現実だった。
それから令嬢達は、婚約者との関係を良好にするべく試行錯誤している。
観劇に出向いたり、令嬢達と情報交換したりする。
その選択の一つとして、恋愛小説も含まれていた。
「フランツ様は、もう訓練は終わっているかしら? 」
本日は婚約者として彼の屋敷に向かっている。
彼はとても努力家で、私が訪問する直前まで師匠のところへ赴き剣術の訓練をしている。
熱中するあまり遅刻する時もあるけど、それだけ真面目で誠実な人。
婚姻するんだもの、仕事に対して真面目な考えの人が良い。
「こんにちは、フランツ様はお戻りかしら」
私が彼の屋敷を訪問すると、タドミール伯爵家に長年仕えている執事が毎回対応する。
執事の表情から、まだ彼が戻ってきていないことが分かる程度には付き合いがある。
「……お坊ちゃまは、まだお戻りになっておりません」
「そうですか」
「いつものように応接室でお待ちください」
「はい」
彼を待つのも慣れてきた。
婚約を結んだ時は互いに縛られるものはなかったが、成長するにあたり貴族としての責任を務めなければならないことを理解している。
『貴族とは、責任を果たす為に常に努力を惜しまず身を削らなければならない』
父に何度も聞かされていた言葉だ。
何度言われた言葉だったが、彼の姿で私も貴族の在り方を見直すようになった。
私の甘い考えを変えたのは彼と言える。
彼が初めて約束の時間に遅れた時は、私は彼の立場を考える余裕もなく「すっぽかされた」という事実だけが私を支配した。
帰って来た彼を見た瞬間彼を責め立ててしまい、彼を困惑させた。
それからは彼が遅刻しても我慢する事を覚えた。
「……お待たせ致しました」
今では彼の到着にどのくらい待たされたのかは、考えないようにしている。
「いえ……あっ……大丈夫ですか?」
「何が? 」
「膝に土が……」
「あっこれは……その……遅刻してしまうと慌てたせいで転んでしまい……」
彼は慌てた様子で膝の汚れを払う。
「そうなんですね」
遅刻だと気が付き慌ててくれるだけの感情が私にあるのだと知ることができ、安堵している。
その後は他愛無い会話。
静かになる時間が怖くて、私は必死に言葉を紡ぐ。
そして、婚約者としての時間が終わると彼に見送られながら私は帰る。
「本日も有意義な時間でした」
「あぁ、こちらも」
「……では、また」
馬車に乗り込み彼に手を振る。
「彼が遅刻しても終わる時間は一緒……」
怒りを溜めこまず、不満からは目を逸らす。
それが穏やかに過ごす秘訣なんだと……私は成長した。
それでも、一人になると言葉が勝手に出てきてしまう。
「……ん? きゃ……何? 」
今日は馬車がやけに揺れる。
王都は道路が整備されているのに、山道を走っているよう。
「……きゃぁぁああああ」
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