【完結】恋愛に向いていない女性の記録。婚約者との関係改善を目指して記憶喪失のフリをしたら……婚約解消になった編

天冨 七緒

文字の大きさ
18 / 75

フランツ・タドミール

しおりを挟む
 <フランツ・タドミール視点>

「ちっ……面倒になったな」

 記憶喪失で人が変わるというのは本当らしい。
 以前までは従順で、手がかからなかったのに……


「侯爵になるまでは、耐えるしかないな……くそっ」

 爵位だけの面白みのない女から、いい女を婚約者にしようとした瞬間邪魔が入るなんて…… 

「俺が次期侯爵という立場を捨ててまで選んでやったのに……」

 あいつは簡単に侯爵に靡きやがった。
 伯爵に挨拶を終えたというのに、家門も俺も捨て侯爵夫人を選んだ。
 伯爵も「娘の気持ちを優先させたい。婚約解消を選んだ君ならわかるだろう? 」と言われた。 

「ふざけるなっ。あの女から俺に近寄って来たんじゃないかっ」

 侯爵夫人になるあの女に対して、俺がそれ以下だと我慢ならない。
 その為には、侯爵以上の適齢期の令嬢なんて都合よくはいない。 
 仕方なく、つまらない女にだって媚びを売ってやる。  
 
「侯爵にさえなれば……」

 今までずっと我慢してきた。
 仕事の提携で結ばれた婚約。
 相手が侯爵という事で、父から「令嬢の機嫌を損ねるな」と何度言われた事か。
 初めは俺だって、良好な関係を築こうとしていた。
 だが、俺の存在意義を見失う。
 タドミール家では兄の補佐を、ギャスパル侯爵家では令嬢の補佐を……俺は俺だけの為に生きちゃいけないのか?
 
「フランツ様ですよね? 」

 公爵家のお茶会に参加した時、美しい令嬢に出会った。
 令嬢は、金色に輝く髪がキラキラとして美しかった。
 
「えっと……名前を窺っても? 」

「失礼いたしました、私の名前は伯爵家のトゥーリッキ・カタストロフィと申します」

「トゥーリッキ……伯爵令嬢……」

 伯爵令嬢となれば、どこかのお茶会で顔を合わせていそうなものだが話を聞くと今日が初めてだと、
 令嬢は幼い頃から体が弱く、領地で静養していた。
 成長し体調も安定と医師の許可も得て、王都での生活を始めたらしい。
 
「初めてで緊張しているんです、お友達出来るか心配で」

 彼女は今まで領地の屋敷から出たことはなく、友人もいないと話す。

「おレェが……友達になろうか? 」

 声が裏返ってしまい、余計に緊張する。
 俺はそれ程、彼女を意識していた。
 
「私の初めての友達になってくれるの? 」

 純粋な彼女の期待に満ちた目。

「あぁ」
 
 彼女によく見られたくて余裕ぶった態度を見せているが、心臓が壊れる程だ。
 『初めて』という言葉で、彼女の全ての初めてを俺で埋め尽くしたかった。
 彼女と親しく出来るのは『俺だけでいいのに』と初めての感情を知る。

「今日も令嬢はいるだろうか? 」

 退屈だと感じていたお茶会だが、今日も彼女に会えるかもしれないと思うと朝から浮かれていた。
 両親は俺の姿を見て、相手は婚約者だろうと勘違いしているのを知っていたが否定せずに過ごす。 
 婚約者のいる俺が彼女に対して抱く感情は、周囲に知られてはいけないのを理解していたから。
 それからは出来る限り誰よりも彼女を優先した。
 俺に婚約者がいることは黙っていたのだが、当然隠しきれるものじゃない。

「私……フランツ様とお会いするのやめます」

 突然の彼女の言葉に頭が真っ白になる。
 俺は嫌われてしまったのか?

「どうしてだっ、何か嫌な事をしてしまったのか? 教えてくれ」

「いえ、そうじゃないんです……そうじゃ……フランツ様には……婚約者様がいらっしゃるのでしょ? 」

 涙を浮かべながら訴える彼女に、これほどまで婚約者が疎ましく思ったことは無い。
 この時、俺は完全に婚約者を嫌うようになった。

「あれは、父が決めた政略的なもの。俺達に恋愛感情は無いんだ。俺はトゥーリッキと一緒にいたいと思っている」

「私も……フランツ様と一緒が良い」

 涙を流す彼女を抱きしめていた。
 彼女も俺の背に手を回したことで気持ちが通じ合ったと舞い上がる。
 俺は彼女の不安が拭えるまで何度も訴えた。
 不安に思う彼女からの手紙が届けばいつだって向かった。
 それでも婚約者との時間は動かす事が出来ない。

「婚約者と会った事で、私の事が邪魔になるんじゃないですか? 」

 明日は会えないことを彼女に伝えると、一気に悲しい表情を見せるので「婚約者の定期訪問だ」と伝えた。
 彼女に嘘は吐きたくないから。
 それが彼女を落ち詰めてしまった。

「なら、婚約者との対面が終わったら必ず会いに来る。俺を信じてくれ」

 俺は彼女に誠意を見せたかった。
 それから婚約者との対面後だけでなく、対面前にも会うようになった。

「行かないで」

 彼女にお願いされれば、叶えていた。
 婚約者の事なんてどうでもいい。

「ごめんなさい、ワガママを言ってしまいましたね」

 落ち着くと彼女は涙ながらに微笑む。
 その姿はまるで天使のように美しい。

「いや、トゥーリッキのワガママならいくらでも嬉しいよ」

「んふふ。私はもう大丈夫ですから、婚約者様のところへ向かってください」

 心臓を抉られるような痛み。
 一生忘れてしまいたい相手の事を、愛しい人の口から思い出させられてしまった。
 こんな時でも、相手を思いやれる彼女は心まで美しい。

「……はぁ……気が進まないが、相手は侯爵令嬢。仕方なく行くが、終わればすぐにまた来るから安心してくれ」

「はい、お待ちしております」

 憂鬱が、行くしかない。
 爵位が高いというだけで、俺は婚約解消を提案することもできない。
 屋敷に戻ると、執事の複雑な表情で婚約者がまだいるのだと理解出来た。
 これだけ遅刻しているんだ、帰ればいいものを……

「本当にあの女は人の感情が分からないんだな」

 政略的な婚約だと思っていたが、もしかしたら令嬢のワガママじゃないかと思えてきた。

「うっとおしい女だ」

 時間まで婚約者ごっこに付き合い、時間が過ぎれば俺はすぐに彼女の元へ走る。
 俺を待つ彼女はいじらしく、守ってやらなければと再確認する。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

どうしてあなたが後悔するのですか?~私はあなたを覚えていませんから~

クロユキ
恋愛
公爵家の家系に生まれたジェシカは一人娘でもあり我が儘に育ちなんでも思い通りに成らないと気がすまない性格だがそんな彼女をイヤだと言う者は居なかった。彼氏を作るにも慎重に選び一人の男性に目を向けた。 同じ公爵家の男性グレスには婚約を約束をした伯爵家の娘シャーロットがいた。 ジェシカはグレスに強制にシャーロットと婚約破棄を言うがしっこいと追い返されてしまう毎日、それでも諦めないジェシカは貴族で集まった披露宴でもグレスに迫りベランダに出ていたグレスとシャーロットを見つけ寄り添う二人を引き離そうとグレスの手を握った時グレスは手を払い退けジェシカは体ごと手摺をすり抜け落下した… 誤字脱字がありますが気にしないと言っていただけたら幸いです…更新は不定期ですがよろしくお願いします。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

処理中です...