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02.新たな人生の始まり
しおりを挟む無駄に広い部屋だった。
梨人が一人暮らしするアパートの一室まるまる収まっちゃうくらいの部屋に、どでかいベッドが場所を取っていて、そのふかふかのベッドの上に梨人は尻もちをついていた。
室内を見回してみるも、他に人の気配はない。脳内に直接語りかけてきた男と入れ代わっちゃったのだとは思うが、あまりに説明がなさ過ぎる。梨人はここで魔王ーー先代魔王? とやらを、待てばいいのか?
時計もなく、娯楽もなく、入れ代わった男に脳内会話を仕掛けるも反応がなく。暇を持て余して、もう寝てやろうかなとベッドに横になった頃、静かな部屋にノックの音が響いた。
「はい」
自分の喉から出た自分のものではない声にちょっと違和感を覚えつつ、身を起こす。
足音を立てず入室してきたのは、長身の美丈夫だった。思わず凍りつくほど顔がいい。少し冷たい印象を受けるが、それは美し過ぎる顔面に全く表情が乗っていないからだろう。男は無言で歩み寄ると、ほとんど衣擦れの音すらさせずに梨人の乗るベッドに腰を下ろした。
「信じられないかもしれないが」
しばらくの沈黙の後、男はおもむろに口を開いた。
「私がおまえを見初めたのは本当だ。だが、私は眺めているだけで満足だったのだ」
男の手が緩慢に持ち上がり、梨人のほおの横の空間を撫でるだけで落ちていく。
「だが、周りはそうは思わなかった。無駄に気を利かせた人間達が、おまえを私への献上品として差し出した」
男はーーいや、梨人にももうわかっている。彼が、先代魔王なのだ。先代魔王は、ほんの僅かに口端を歪めると、緩やかに小さく首を振った。
「私が軽率だったのだ。……しかし、私は、一度手に入ったものを、易易と手放せる男ではない」
先代魔王は、再び、手を伸ばしてきた。しかし梨人には届かず、空を切ってシーツを掴む。
「諦めて、私のものになってくれ」
またしばらく、沈黙が部屋に広がった。
梨人は、なんと答えればよいのかわからなかった。残忍酷薄で有名だったと聞かされて想像した魔王と、なんか、違ったから。完全に予想外だった。もっと問答無用で犯されるものと思っていた。
「私のことは、シィル、と」
そこで初めて、先代魔王ーーシィルは、薄っすらと表情を緩めた。まるで、緊張して声も出せない幼子を安心させようとでもするような、しかし自分の方がよっぽど気を張っているような、ぎこちない笑みだった。
「おまえの名前は?」
◇◇◇
結局、シィルには指一本も触れられることがないまま、梨人はどでかいベッドを独り占めして朝を迎えた。
「はああああああ~~~ん???」
梨人は残忍酷薄な魔王にエンカウントするなり無理矢理犯されるつもりでいたのだが?
手籠めにされるどころか、梨人に触れるのを躊躇って最終的にがっしりシーツ掴んでたが??
なかなか声を発さない梨人が自分に怯えてると思ったのか、気ぃ遣ってぎこちないスマイルいただいてしまったが???
「ふううぅうううう~~~ん???」
レイプされるとか騒いで騙し討ちのように中身入れ替えたあいつなんだったんだ???
ーーいやぁ~びっくりしたよねえ?
「あっ、おまえ!」
脳内に直接語りかけてくるこの声は! 間違いなく今梨人の意識が入っている童貞の声だ!
ーーうるさいよ! きみだって童貞だろ!
「でもセックスの経験めっちゃあるし」
ーーく……っそが! きみの身体で卒業してやるからな!
「いや、身体返せよ」
ーーごめん。
「いや、まじで」
ーーまじでごめん。
「は?」
梨人はまだ見ぬ憎き男の顔面に般若の形相を浮かべた。
ーー入れ替わりの術はさ~我が一族に伝わる禁術でさあ~~身の危険が迫った時にだけ行使することが許される、一生に一回こっきりの術なんだよな~~~まいったな~~~~!
梨人は必ずや掘られるのを嫌がっていたこの男の身体の童貞より先に処女を捨てることを決意した。
ーーな……っ! いや、うん、まあ……いいよ……。もう、その身体はきみのものだから。好きに使ってくれよ……うん……。
その割にやたら沈んだ声だった。しかし梨人は自分の身体を、九重梨人という人生を強奪されているのである。頼れる身内も、親しい友人もいない。仕事にやり甲斐も感じていない。特に打ち込める趣味もなく、仕事帰りに時間があれば名も知らぬ男とマッチングしてひたすらセックスする。贅沢するわけでもないのに貯金は一向に増える気配を見せず、まる二日誰とも会話しないこともある。そんな人生を奪われーーいや、よく考えたらそんなに惜しくもないな??
「でも最後になるなら青姦レイプごっこあと三回戦くらい励んどけばよかった……!」
ーーきみ…………うん、いや、いっそ清々しいよ。
「あ、そうだ。あんた、俺んち帰れたの? 仕事大丈夫? 俺としてやってけんの? ん?」
ーー切り替えが早過ぎて怖い……! ……でも、心配してくれてありがと。大丈夫だよ。僕の方はなんとかなる。きみは……、
「俺もなんとかやってくよ。てか、俺あんたの名前知らないからシィルに名前聞かれて自分の名前答えちゃったんだけど。これってまずい?」
ーーいや、大丈夫。今きみの意識が入ってる僕の身体に、本来の僕のことを知ってる誰かが接触してくることはまずないから。そういう約束で僕の両親に大金が支払われて、僕は僕が知らない間に自分の故郷から先代魔王の暮らす遠い魔族の国へ献上されたんだ。先代魔王のものになる代わりに、僕は一生働きもせず遊んで暮らせる。最悪だろ。その最悪を、きみに押し付けた。ごめんね。ごめん。謝って、許されることじゃないけど。
「そうだな」
ーー……うん。
「さすがに、全然いいよ! とは、言えんよ」
ーー…………うん。
「でも、もうどうしようもないのもわかってるからさ。俺は俺でさ、あんたの身体で、新しい俺の人生を、生きるよ。だから、あんたも俺の身体で、新しいあんたの人生を生きなよ」
ーーうん……うん…………!
「最後に、あんたの名前、教えろよ」
ーーキケル。
「俺は梨人。九重梨人」
ーーうん、リヒト。ありがとう、リヒト。
「じゃあな、キケル。俺の身体で童貞切れるといいな」
ーー僕への最後のセリフそれ!?
これで、キケルの中身とは一生の別れとなった。代わりに、キケルのガワとは一生の付き合いになる。
「こいつどんな顔してんだろ」
ベッドに仰向けに寝たまま呟いた時、ノックの音が鳴った。
「どうぞ」
「朝食をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
テーブルに食事をセッティングしてくれた赤毛の青年が、壁際に控えて静かに気配を殺しているのだが。さすがにそう何度もチラ見されたら気づく。見られながら食べるのはあまり好きではないので、単刀直入に、なに? と尋ねてみた。
「あ、も、申し訳ありません……! あまりの美しさに、見惚れてしまい……その……失礼いたしました……!」
「何、この顔、美しいの?」
「ご自身の容姿に関心がないのですか!?」
なんせ梨人はまだキケルの容貌を拝んでいない。
「鏡ってどこにある?」
「お持ちします」
赤毛の青年が恭しく差し出してきた手鏡を受け取って、梨人はようやくキケルの顔面とご対面した。
「う~ん、圧倒的女顔」
やっぱり女みたいな顔の下半身にちんこついてるのってこの世界でもお得感があるのだろうか。梨人はもちろんお得を感じたので、
「姿見ってある?」
「ご用意できますが、今すぐ使われますか?」
「いや、いいよ今度オナニーする時に使う」
「じっ、じじ、自慰に、姿見を!?」
「この顔にちんこついてるのめっちゃヌける」
「しかもご自身をおかずに!?」
いや、自分というかキケルのガワを。キケルが知ったら「僕をおかずにするなぁあ!」と噛みついてくるかもしれないが、この身体はもはや梨人のもの。どのように使おうと、文句を言われる筋合いはないのだ。精々かわいがってやるよおキケルゥ。悪どい笑みを浮かべる梨人の横で、何を想像したのか赤毛の青年が真っ赤になって鼻血を噴いた。
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