愛は、ここに。

音成さん

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03.かわいい男

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「城内の案内なんて、先代魔王自らやるもんなの?」

廊下を進むシィルの広い背中を半歩遅れて追いながら、梨人より頭ひとつ分高い位置にあるご尊顔を覗き込む。圧倒的美を湛えた相貌が緩やかに振り返り、初対面時よりはよっぽどリラックスした様子で、淡く微笑みを浮かべた。

「魔王の座は子孫に譲ったのでな。公務が激減して、今の私は時々ぽっかり時間が空くのだ」
「暇なんだ?」
「だがそれだけではない。リヒトの相手は、できる限り私がしたい、と思ったのだ」

残忍酷薄で有名だったとか言われてた先代魔王だが、連れ立って城内を歩く間にも、たくさんの人達から慕われていることが伝わってきた。城の者達は、誰もがシィルに好意的な反応を見せるのだ。粗相をしたらどうしようとか、機嫌を損ねてしまったらとか、そんな、残忍酷薄と呼ばれる相手を前にしたら頭を過ぎりそうな、怯えを見せる者が一人もいない。みんな、シィルと関われるのが嬉しいということを隠しもせずに、笑顔で声をかけてくる。梨人はこういう時身分の低い者から話しかけてはいけないものとなんとなくそう思っていたが、彼らは実に気安い。まあ、梨人自身も、シィルに対してタメ口をきくことを許されているわけだが。

「あ、シィル様」
「リェイダル」

数メートル先にあった部屋から、長髪の青年が姿を現した。彼もなかなかの美形である。キケルのガワほどではないが、中性的よりやや女寄りの美しさだ。彼はシィルと梨人を認めると、口元を緩めて距離を詰めてきた。

「そちらの美しい方がリヒトですか」
「そうだ。リヒト、この者が当代魔王ーー」
「リェイダルと申します、リヒト様」
「リヒトです。よろしく」

リェイダルは何やらそわそわと落ち着かない様子で両手をぐーぱーぐーぱー握ったり開いたりしては、唇をムズムズ波打たせていたが、シィルの美形フェイスをちらりとうかがった後、梨人に身を寄せた。

「シィル様が特別な相手をおつくりになられるのは、実に百数十年ぶりです」

弾んだ声で囁いて、ぱっと身を離す。

「恋バナ、ぜひ、聞かせてください!」

梨人に向かってぐっと親指を立ててみせたリェイダルは、実に生き生きと輝いていた。

しかし。興味津津なところ悪いが、梨人にまともな恋愛経験など皆無だ。

「特殊な性癖しか開示できないなあ」
「えっ?」

リェイダルは何故か目をきらきらさせて両手で口元を覆った。ほおが紅潮し、思わずといった具合にこぼれた声は喜色に満ちている。まさかこの男ーー梨人の同類か? 特殊性癖持ちの仲間か?


とりあえず、固く握手しといた。





◇◇◇





整えられた庭園で、テーブルを挟んでシィルと茶を嗜む。穏やかな時間が二人を包んでいた。

「リヒトのことを知りたい」
「俺?」

うなずいて、話を促してくるシィルに、梨人は茶に砂糖を混ぜ溶かしながら唸った。

「うぅ~ん……俺のことね、俺ね……俺……そんな、おもしろい人間じゃないよ? 話せる昔話もこれといって思いつかないし、特に趣味もないし。俺の、どういうことを、知りたいの?」

カップに口をつけて上目遣いに問う梨人に、シィルは目元を緩めて考えこむ。

「そうだな……リヒトの、好きなものを」
「これまた漠然としてるなあ」
「む。すまない」
「そうだなあ、たとえばーー」

梨人はカップを置いて、テーブルの上の皿からクッキーを一枚摘んだ。向かいのシィルに見せつけるように掲げて、にっこり笑う。

「このクッキー初めて食べたけど、今まで食べたクッキーの中で一番好き」

シィルのサボりがちな表情筋が、張り切って仕事をするところを、梨人は初めて見た。早送りにした花が咲くようにぱあっと喜色満面に美しい相貌を輝かせたシィルは、これまでのクールな無表情ぶりはなんだったんだという勢いで表情豊かに話し出す。

「このクッキーはな、私が公務で訪れたとある国で見つけたものだ。あまりの美味さに今でもその国へ赴くたび、買い占めてくる。私も今まで食べたクッキーの中で、このクッキーが一等好きだ。リヒトと同じものが好きで、リヒトの好きなものを知れて、ーー嬉しい」

ーーあ、かわい。

反射的に、呟いていた。一瞬、お別れをしたはずのキケルが話しかけてきたのかと思ったが、自分の心の声だった。

こんな、自分より頭ひとつ分でかくて、年齢差もたぶんめちゃくちゃあって、残忍酷薄とか言われてる美丈夫に対して、思うことではないかもしれないけれど。でも、梨人と一番好きなクッキーが同じで、たったひとつ、他愛もない梨人の好きなものを知れたというだけで、無表情の仮面を脱ぎ捨て目一杯喜んでくれるシィルは、やっぱり、どう考えても、かわいい。

「俺も、シィルのこと、もっと知りたいな」





しかし、本当にただかわいいだけの男が、残忍酷薄などというレッテルで、有名になるわけがないのだ。
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