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第4章 超越者の門出編
第83話 かなねぇの優しさ……タダより高いものは無い
しおりを挟む「冗談じゃない!」
健一達が戦場に立つという最悪のシナリオが浮かんでしまい、俺は思いっきりコタツの天板を両手の平で叩きつけた。
大きな音が部屋中に響き、左隣で大人しく話を聞いていたティアがビックリしてビクッと身体を震わせる。
「ひろちゃん、落ち着いて。ひろちゃんが今何を想像したかは分かっているわ。心配しなくても、今はまだ準備段階。直ぐに戦争が始まる訳じゃないから」
かなねぇに冷静に諭され、俺は静かにコタツに座り直すが、『風の国』に対する怒りは収まった訳ではない。
「しかし、戦争なんて『風の国』は一体、何を考えているんだ」
まだ収まらない怒りの所為で、少し荒っぽい口調でそう吐き捨てると、レリックさんが呑気に音を立ててお茶をすすった後に口を開く。
「『風の国』というよりも、宰相が、ですね。おそらく井上殿が他の国の勇者よりも飛び抜けて優秀だと踏んでいるのでしょう。勇者の力量差は、そのまま国の軍力の差に繋がりますからねぇ」
「……やっぱりこの世界のお偉いさん達は、勇者を国益位にしか見てないのか。しかし、腹黒宰相にそこまで見込まれるなんて、井上の奴は一体、どれ程強くなっているんだ?」
「ここにいる間の食事当番で手を打ちますよ」
思わず呟いた俺の独り言に、相変わらず呑気にお茶を飲んでいるレリックさんが、いきなり意味不明の言葉を返してくる。
「??? 食事……当番……?」
「ええ、ですから、博貴殿がこのギルドにいる間、食事を作っていただけるなら、井上殿の今の力をお教えしましょう」
澄ました顔でそう提案するレリックさんに、俺は眉をひそめた。
「レリックさんは一体、いつ井上を鑑定したんですか?」
「彼らとて、いつも城の中にいる訳ではないですから。外に出た時を見計らってちょろっと【神羅万象の理】を……」
【森羅万象の理】ね。まあ、レリックさんの性格からして、鑑定スキルは最上位まで上げてるか。【森羅万象の理】の情報量なら、聞いておいて損は無い。
健一達との合流を安全に行うなら、井上の情報は事前に是非とも欲しいところだというのも確かだしなぁ。でも、もし井上を視認出来るのなら、それは俺にも出来る事なんだよな……
「断っておきますが、井上殿は現在、第一王女にご執心のようで、最近は近隣の魔物討伐の時以外は城の中から出ておりません。次の魔物討伐で健一殿達と合流するチャンスが無いとは言い切れませんよねぇ。ここで情報を得ておくのは得策だと思うのですが?」
また思考を読まれた……
俺一人の考えでは太刀打ち出来ないと思い、俺は直ぐに【高速思考】を発動させる。
(なあ、アユム)
[何でしょうマスター]
(この取り引きどう思う?)
[悪い提案ではないと思いますが……]
〈私もそう思いますが?〉
アユムとトモが同じ結論に至っている中、ニアが反対意見を述べてきた。
《でも、料理ってこっちが切れる数少ない交渉カードの一つだよね》
そうなんだ。ニアの言う通り、料理はもしもの場合こっちの言い分を聞いてもらう為の大事な交渉材料なんだよ。しかも、レリックさんはここにいる間と言った。これは明らかに料理が食べたいという欲求以上に、こっちの交渉材料を潰しにきている。
食事をしないアユムやトモにとっては、料理がさほど重要視されてないから悪くない提案に見えるのだろうが、食事は人間にとっては大きな欲求の一つ。十分交渉材料に使える筈だ。
[そう……ですね。ではここにいる間では無く、料理の回数で交渉してみてはどうでしょう]
料理が交渉材料になると分かったアユムがそう提案してくる。
(そうだな。幾ら何でもここにいる間では曖昧過ぎる。下手をすると、ここに立ち寄るたんびに料理を要求されかねないからな)
俺はアユム達との念話を打ち切り、再びレリックさんと向き合った。
「レリックさん。ここにいる間では少し曖昧過ぎやしませんか」
「ほう……と、言いますと?」
「それは……」
「龍次さん、ケチケチしないで井上の情報位教えてあげたら?」
俺がレリックさんとの口争に入ろうとした瞬間、かなねぇが静かにお茶を飲みながら信じられない提案をしてくる。
俺が驚いて振り向くと、かなねぇは澄ました顔のまま語りかけてきた。
「ひろちゃんさぁ、けんちゃん達と合流するまで、ここに居候するつもりなんだよね」
それは、かつて元の世界で見た、普段はふざけていても肝心な所では俺達の姉でいようとする、真面目なかなねぇの顔。
俺は思わずコクンと頷く。
「だったら、偶にでいいから自分達のご飯を作るときに、私達の分を余計に作る位はしてくれるよね」
「それは……まあ、手間は対して変わらないし、間借りする訳だし……」
ギルドは、健一達と合流した後の一時的な隠れ場所として、もっとも好都合な場所。だから俺はいつ、そのチャンスが来ても良い様に、出来ればここに居候しようと思っていた。
もし、健一達が離脱した後、国に健一達が死んだと信じ込ませ切れなかった場合、間違いなく捜索が開始される。そうなると、宿では匿ってくれる訳はないし、ログハウスは井上達にも入られてしまう。そうなると、他に頼る所が無い俺達にとっては、国に対して意見が言え、俺達を匿うメリットがあるここが一番安全な場所となるのだ。
俺の考えが分かっていたのか、かなねぇは俺の言葉を聞いて優しい笑みを浮かべる。
「だったらいいわ。龍次さん、教えてあげて」
「いや、しかし、食事が居候の対価だとしたら、井上殿の情報は教え損になるのでは?」
「だからケチケチしないの。ひろちゃんはこれから、私達の客人に……ううん、家族になるんだから、その位はサービスしてあげなさい」
かなねぇの芝居がかった言い回しに、レリックさんは渋々といった感じで頷く。
「分かりました。総統が其処まで言うのであればそうしましょう」
おかしい……何故、かなねぇは急にこんなに親切に? ……
かなねぇに言われ、俺に情報を教えようとするレリックさんを見ながら、俺はとてつもない違和感に襲われる。
確かに俺と健一達が合流してギルドに来るという未来は、かなねぇにも大きな利を与えるだろう。けど、あのかなねぇが無償で俺に情報を教える?
元の世界でのかなねぇなら、確実にそうしただろう、だけど……はっ!
元の世界というワードで、俺は、かつてのかなねぇが使っていた心理的優位に立つ手段を思い出した。
それは、普段から無償で皆に力を貸すという手段だ。傍目から見れば、ボランティア精神に溢れた優しく立派な人に見えるだろうが、当事者からすれば精神的な借りを作った事になり、いつも助けられているかなねぇに徐々に頭が上がらなくなる。
逆に受けた恩を恩とも思わない人は、付き合う価値無しと切り捨てていたっけ。
誰からも好かれていたかなねぇが持っていた、健一やヒメすら知らない、俺だけが知ってる裏の顔。
これで、もし、かなねぇからとんでもないお願いをされて断ったりでもしたら、この事を持ち出されて健一とヒメがかなねぇ側につくのは目に見えている!
しまった! 心理的な借りを作られた。これじゃあ、頼み事をされても断り辛くなる!
まさか、元の世界で使っていた手を、この世界で俺に使って来るとは!
俺が驚きながらかなねぇを見ると、俺の視線に気付いたかなねぇがニィ、っと、意地悪そうに口角を上げる。
「井上殿のレベルは230,能力値は全て二千オーバーですね」
時すでに遅し。レリックさんの説明が始まってしまった。
レリックさんの顔が、心なしかしてやったりと笑みを浮かべいる様に見えるのは、俺の被害妄想だと思いたい……
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