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第5章 『水の国』教官編
第135話 始めてのお使い
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【時空間転移】を使い、ティアは火竜山の麓に広がる平野へと降り立つ。
この平原はかつて博貴とともに魔物を狩った地。ティアは久しく会っていない兄の事を思いながら、目を細めて楽しかった博貴との戦いの日々を思い出しつつこの地を見渡す。
《ティアちゃん、感慨に浸るのも良いけどお使いをサッサと終わらせちゃお》
思い出に浸りながらニヘラと笑い始めたティアにニアが釘をさすと、ティアはハッとなり火竜山へと視線を移す。
「ん! ひろにぃのお願い、絶対に遂行する」
気合を入れながらコクリと一度頷き、ティアは火竜山へと向かって走り出した。
⇒⇒⇒⇒⇒
火竜山は傾斜が九十度に近い岩山で、山頂に達する道などは無く、その高さは五千メートルにも達する。元々は先端の無い綺麗な円錐型の火山だったが、自分を討ち名を上げようとする脆弱な人間や亜人達の来訪が煩わしくなったガウレッドが山裾を削り取り、歩いて登れなくしたという逸話がある山である。
その麓に辿り着いたティアは、ほぼ垂直に近い岩肌を下から順繰りと視線で追っていき、雲に隠れてしまっている山頂を見上げて眉をひそめる。
「ん~……移動は難しそう……」
《そうだね。失敗して一気に転げ落ちたらティアちゃんでも危ないんじゃないかな》
傾斜がきつく立てる場所がほとんど無い火竜山では、【時空間移動】でワープした後で岩肌を掴み損ねるとそのまま転げ落ちてしまう恐れがある。ニアの予想も同意見であり危険だと判断したティアは、自力で登ろうとその岩肌に手を掛けたが、そこで上空に気配を感じてその手を離す。
《なんか来るね。って、火竜山の上から来るんだからドラゴンかな?》
「ん、早速強敵」
ニアの緊張感の無い警告に答えながらティアは【時空間収納】から弓を取り出すと、上空を見据えたままその弓に矢をつがえる。
《あのー、ティアちゃん? 話し合いに来たんだから、戦うのは止めた方がいいんじゃないかな?》
「ん? でも、手ぶらだと舐められる」
《いやいや、そんな喧嘩腰じゃあ好戦的なドラゴンが相手だった場合、話も聞いてくれないんじゃないかな。マスターもガウレッドにお願いをしに行ってって言ってたし、初めはフレンドリーにしといた方が良いんじゃないかと思うんだけど」
「ん~……分かった」
博貴の名を出され、渋々ティアが弓から矢を外す。それと同時に、雲を突き抜け一匹の二十メートルはあろうかという赤いドラゴンが、落下しているのではないかという速度でティア目掛けて飛んで来て、ティアの頭上でその羽を広げて一気に減速した。
その翼が生み出す突風にティアが腕で顔を庇いながら踏ん張っていると、赤いドラゴンはその側にドスンと舞い降りる。そして、長い首を器用に折り曲げ顔をティアに近付けて繁々と見つめた。
その姿があまりに無防備で、ティアは攻撃したい衝動にかられてウズウズし始めるが、博貴の頼みを優先してグッとその気持ちを堪えた。
「€%……〆○☆♪#@♯★¢£ーー」
ティアのそんな気持ちを知ってか知らずか、赤いドラゴンはティアから顔を離すと何か話し始めたが、その言葉が分からずにティアは首を傾げる。
「んー……何?」
「ーー@£ɠ︎⇔……おっと、スマン。これで通じるか?」
「ん、それなら分かる」
自分がドラゴン語を使っていた事に気付き、赤いドラゴンはエルフ語でティアに話し掛けた。久し振りではあるが耳慣れた言葉を聞いて、博貴に出会った頃や、父や母を思い出したティアは、顔をほころばせながら頷く。
そんなティアの様子に、赤いドラゴンは目を見開いて驚いた。
「ふむ、久しぶりにこの山を登ろうとする者がいると思い降りて来たら小さなエルフがいて驚いたが、俺を見て物怖じしないとは中々に豪胆だな」
「ん? 何で物怖じしないといけない?」
小首を傾げるティアに、赤いドラゴンは胸を張りニヤリと笑って見せる。
「俺の巨体を見れば大概、普通の小さい者は恐れおののくものだろう?」
背筋を伸ばし羽までめいいっぱい広げて自分を大きく見せる赤いドラゴンを、ティアは一体どこに怖がらなければいけない要因があるのかと繁々と見つめてみたが、見つめている内に口の端からタラリとヨダレが流れ始めた。それを見て、赤いドラゴンは不穏なものを感じてビクッとその巨体を震わせる。
「おい……一体、何を考えている?」
「ん? ……美味そうって思った」
「何故、俺を見て恐怖心より食欲が先行する!」
「んー……レッサーは美味かった。だったら本物はもっと美味いはず!」
力説するティアに、赤いドラゴンはドン引きしながら数歩後ずさる。
「お前……我々を食うために火竜山に登ろうとしたのか?」
「ん、違う。おっちゃんに会いに来た」
赤いドラゴンに問われ、本来の目的を思い出したティアがすかさず答えると、赤いドラゴンはその言葉の内容に再び目を丸くする。
「おっちゃん……誰のことだ?」
「おっちゃんはおっちゃん」
ティアの埒のあかない返答に、赤いドラゴンは返す言葉をを失い辺りに静寂が訪れる。と、そこへ上空から声が響いてきた。
「おい! 警備の若いやつ。その嬢ちゃんは俺の客人だ。お前が背に乗せて連れてこい」
「えっ!」
その声はこの火竜山の主。この大陸で最強を誇るドラゴン族を束ねる絶対的な王の声。その声に赤いドラゴンは反射的に直立不動になりながらも、命令の意味が理解出来ずに間の抜けた返事を返しながら、呆然とティアを見つめた。
「え、じゃねえよ。俺の命令が聞こえなかったのか?」
「い……いえ! 直ぐにお嬢さんをお連れします!」
苛立ちの混じった返答に、赤いドラゴンは慌てて地面に伏せティアに背になるように目で合図を送ると、ティアはその巨体によじ登り始めた。
「まさか……お嬢さんが言っていたおっちゃんとは、超魔竜様の事ではないよな……」
赤いドラゴンが自分の背に跨ったティアに恐る恐るそう問いかけると、ティアは乗り心地の悪い赤いドラゴンの背中に眉をひそめながら『おっちゃんはおっちゃん』と先程と同じ返答を繰り返しす。この話題にはもう触れるべきではないと判断した赤いドラゴンは、ティアに細心の配慮をしながらゆっくりと飛び立った。
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