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第5章 『水の国』教官編
第137話 登城……かなねぇ、忍さん、こんな所でも火花を散らすのはやめてくれない?
しおりを挟む「謁見の間みたいなところを想像してたんだけどな……」
アクアガーデンの湖の中心にある『水の国』の城。今朝、かなねぇと忍さんとともにここに赴いた俺は、てっきり、広い厳かな場所にお偉いさん達が左右に並ぶ中、正面に王女様が座る。そんな場所に連れて行かれると想像していたけど、実際はこじんまりとした個室に案内されていた。
こじんまりと言っても部屋の大きさは二十畳程で、薄い青を基調とした艶やかな石造りの床と壁に外からの日差しが差し込み清潔感が半端ない。そんな部屋に置かれた唯一の調度品、テーブルとそれを挟んで設置された一組の五人掛けのソファー。そのソファーの一つに俺を中心に右手にかなねぇ、左手に忍さんが座り、出された紅茶を飲みながら『水の国』の女王の登場を待っていた。
「勇者の件は城の中でも一部の重鎮しか知らない事だから、公の場で話せる内容じゃないのよ」
かなねぇの言葉に、俺は納得して頷く。
「まあ、堅苦しい所に連れて行かれないでホッとはしてるんだけどね」
「違いない。この部屋でも肩がこりそうなのに、謁見の間なんかに案内されてたら、私はストレスで暴れてたかもしれない」
冗談だろうか? 冗談だよね……懐具合的には高い宿にも泊まれただろうに、わざわざ安い宿を取った妙に説得力のある忍さんの言葉に、かなねぇはあからさまに顔をしかめ、俺は苦笑いを浮かべる。
そうして、かなねぇと忍さんという微妙な空気感に挟まれながら待つ事数十分。(俺には何時間にも感じられたけど……)俺達をここに案内した兵士が出て行ってから開く事のなかった扉がやっと開く。
入って来たのは青い腰まで伸びた髪と、青い瞳をした綺麗な女性。
頭には金色に輝くティアラを乗せ、細かな刺繍を施した透明感のあるドレスを着ている。歳は二十代前半くらいだろうか。
「お待たせしてすみませんでした」
女性はワゴンを押す一人侍女と共に部屋に入ると侍女がドアを閉めたところで、軽く頭を下げて待たせた事を詫びると再び顔を上げ、そこで固まった。
「フロライン様と……シノブ様ぁ?」
忍さんが来ている事を聞いてなかったのか、彼女を見た女性は驚きの表情を浮かべる。
「やあ、シルティリア女王。五年ぶりくらいかな?」
シュタッと手を上げ、和かかつフレンドリーに挨拶をする忍さん。
ああ、やっぱりこの人が女王様だったんだ。そうではないかと思ってはいたけど、護衛もろくに付けずに入って来て突然頭を下げるから、確信が持てなかった。一国の王であるのだから、少しばかり高飛車な感じを想像していたけど、思いの外腰の低い人の様だ。
「ちょっと、加藤忍! 礼儀がなってないわよ! ……シルティリア女王様、冒険者ギルド総括、フロライン。要望に応じて馳せ参じました」
かなねぇは忍さんの態度を非難しながら立ち上がって、シルティリア女王様に深々と頭を下げる。
しかし、シルティリア女王様はそんなかなねぇに答える事なく、驚きの表情のまま、かなねぇと忍さんの顔を交互に見比べていた。
「……何故、冒険者ギルドの総括のフロライン様と、調停者の重鎮のシノブ様がご一緒なんですか?」
「それは……色々とありまして……」
唖然とするシルティリア女王様に、かなねぇが渋面になりながら答える。
「『風の国』がここに向かって軍を動かした事はシルティリア女王様もご存知だと思いますが……」
「そうなんです! それで、昨日から城はてんやわんやなんです!」
かなねぇの言葉でそれを思い出したのか、シルティリア女王様は我に返ったようにかなねぇの方へと向き直る。
「でしょうね……加藤忍はそれに参加しているであろう勇者を止めるために出張って来たようなんですが、その道中、偶々私と出くわしまして……」
「えっ? フロライン様は『風の国』にいらっしゃったんですよね。それが『光の国』に居を構える調停者のシノブ様と道中一緒になったんですか?」
『風の国』は『水の国』の北に位置し、『光の国』は南。確かに位置関係から言えば道中一緒になるのはおかしい。この女王様、テンパってる様に見えて思いの外冷静だな。
「はははっ、シルティリア女王、出会ったのはアクアガーデンのそばでだよ。それで、目的地は同じだから一緒に来たわけさ」
忍さんの大嘘の説明に、女王様は『はあ、そうでしたか……』と答えながらも、合点のいかない表情を浮かべている。
どうもこの女王様、冒険者ギルドと調停者の関係を正確に把握しているようだ。それが、この国の諜報力によるものなのか、かなねぇとの関係の親密性からくるものなのかは知らないけど……
「それで、シルティリア女王様……」
「あっ! ごめんなさいカナミ。この部屋は完全防音で、外に話の内容が漏れる心配はありません。それに、彼女は私の側近でここであった事を話す子ではありませんから……」
シルティリア女王がそこまで言うと、緊張気味で直立不動だったかなねぇが『なんだぁ』と言いつつ全身を弛緩させながらソファに座り込む。
ふむ、どうやら憶測は後者のようだな。表向きの力関係はシルティリア女王の方が上に見せてるけど、実際は友人のような関係みたいだ。
すっかり緩み切ってソファに沈み込むかなねぇの姿を見て忍さんが笑う。
「なんだ天野香奈美、人の目を気にしてそんなに緊張していたのか」
「あんたねぇ……私には世間体ってものがあるのよ! あんたみたいにシルティリアにフレンドリーに接しているところを、冒険者ギルドの総括としては表向きには見せるわけにはいかないの!」
「はっはっは、面倒臭いものだな」
「なんですって!」
「かなねぇ……忍さん……仮にも一国の王の前でくだらない言い争いはやめてくれない?」
再び剣呑な雰囲気になり始めた二人に、俺は呆れたように口を挟む。
そんな俺達の様子に、シルティリア女王は驚きの表情を浮かべながら俺達の向かいのソファに座り、侍女はワゴンに乗せていたティーセットで紅茶を淹れ始め、先ずは紅茶を女王の前に置いた。
その所作には全く隙がなく、俺は内心『へぇー」と感心していたのだが、更に侍女は俺達の後ろに回り紅茶を淹れ始める。
始めはかなねぇの前に紅茶を置き、そして俺の番になったところで侍女は動きを見せた。
俺の背後で、恐らく懐に忍ばせていたであろう武器に手を伸ばす動きを見せたので、俺は侍女に対してのみ【威圧】に殺気を乗せて飛ばし、その動きをやめさせた。
他の人には気付かれない自信はあった。でも、かなねぇは出された紅茶に口をつけながら一瞬緊張の色を見せ、忍さんは『ほう……』と小さく感嘆の声を上げる。どうやら侍女と俺の攻防はこの二人にはバレバレだったようだ。
その後、侍女は何事もなかったように俺と忍さんに紅茶を入れて女王の背後へと戻り、全員に紅茶が行き渡ったところで女王が口を開く。
「それで、カナミ。勇者の教育を頼んでおいて悪いんですけど、『風の国』が軍を動かした事で少し事態が変わったんです。勇者の現状を把握していない者達の中に、こちらも勇者を出しましょうなんて言い出す者が出始めて……」
「あー、そんなことしたら調停者に目をつけられるじゃない」
「そうなんです! 彼等は調停者の恐ろしさが分かってないんです」
身を乗り出し、力説する女王様。
「んー……前回の勇者達の目立った行動も鳴りを潜めて、私達が表舞台で行動しなくなって久しいからねぇ。定期的に忠告している王族以外には私達の存在すら知らない者も出てくるか……」
自分達の事だろうに、どこか他人事のように話す忍さん。しかし、調停者は王族に忠告なんて活動もしているのか……道理で勇者を積極的に軍事利用しようとする国がいないわけだ。
調停者が裏で勇者の蛮行を止める為に活動していた事に少なからず驚きを感じながら、俺は皆の話を静かに聞きつつ紅茶に口をつける。
《マスター、紅茶に毒物反応です。死ぬような物ではありませんが、筋肉を弛緩させ動きを封じる物かと……【身体異常耐性】により、無効化に成功しました》
アユムの報告に一瞬、紅茶を吹き出しそうになるが、堪えて平静を装う。
……あの侍女は一体、何がしたいんだ? 殺すつもりはないようだけど……もしかして俺、試されてる?
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