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■第二章 とても長い一日
●第27話
しおりを挟む執務室にやってきたサリー侍女長は、私の姿を見て若干目を細めた。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに何事も無かったかのように真顔に戻った。
なかなかのポーカーフェイスだ。
「サリー。どうして呼ばれたかは分かっていますか?」
「……いいえ」
ポーカーフェイスを崩そうとしないサリー侍女長のことを、あえて煽ってみる。
「まあ! 呼ばれた理由が分からないなんて。もしかしてサリー侍女長は、ボケが始まっているのではないでしょうか」
「……ボケ?」
サリー侍女長の顔がひくりと引きつった。
どうやら簡単に崩れるポーカーフェイスだったようだ。
「だってそうでしょう? サリー侍女長は今日自分が何を命令したのかも覚えていないのですから」
「…………」
うーん。ポーカーフェイスを崩すことが出来たとは言っても、さすがに自白まではしてくれないか。
どうやって口を割らせるのが良いだろうか。
「サリーは、侍女たちにジェイミーの呼び出しを無視するように命令していたそうですね?」
何も言わないサリー侍女長に、ルーベンが問いかけた。
口を閉ざして下を向くサリー侍女長に、私からも追撃をする。
「サリー侍女長はどうしてそのような命令を出したのですか? 私が平民出身だからですか?」
「…………」
「理由を教えてください。何も言わないなら、このまま解雇されることになりますよ」
解雇の話なんて一切出ていないけれど、口を割らせるためにそんなことを言ってみる。
これをルーベンは肯定もしなかったけれど、あえて否定もしなかった。
「反論しないところを見ると、サリーが侍女たちに命令を出したことは事実のようですね」
「…………」
「サリー、教えてください。理由があるなら聞きたいのです」
サリー侍女長はルーベンのことを見つめた後、ぼそりぼそりと言葉を紡ぎ始めた。
「……わたくしは、ルーベン殿下が赤ん坊の頃から、健やかな成長をお傍で見守ってきました。乳母として殿下のお世話をしたことは、わたくしの誇りであり、宝物のような思い出です。実に素晴らしい日々でした……畏れ多くも、殿下に母性に近い感情を抱いてしまうくらいには」
サリー侍女長は昔を懐かしんでいるのだろう。穏やかな顔で、ほうと息を吐いた。
しかし次の瞬間。
サリー侍女長は、穏やかな笑みを酷く歪んだものへと変えた。
「そんなルーベン殿下が、いきなり平民の怪しい女を連れてきたとあっては、警戒もします! 森で瀕死の殿下を見つけて介抱するだなんて、出来過ぎているではありませんか! きっと暗殺未遂事件にはそこの女も一枚噛んでいたのです。それでいて、恩人という形で殿下に近づいたのです。そうに違いありません!」
サリー侍女長が、鋭い眼光で私をにらんだ。
そしてルーベンへと視線を戻す。
「暗殺に関与するような女は、ルーベン殿下のことが用済みになったら、また暗殺を目論むに違いありません。わたくしはそれが我慢ならないのです。殿下が殺されるなんて、そんなことは絶対にあってはいけません! この前の暗殺未遂事件のときも、わたくしは心配で心配で、ご飯が喉を通りませんでした」
サリー侍女長の目には涙が浮かんでいる。
涙でルーベンの同情を誘って罰を軽くしてもらおうと……しているわけではなさそうだ。
サリー侍女長の顔には悲痛な感情が色濃く出ている。
これが演技なら、どこの劇団でもトップ女優になれるだろう。
「私を王城から追い出そうとしたのは、ルーベンを想うゆえの行動だったというわけですね」
「…………」
相変わらずサリー侍女長は、私の言葉には応じようとしない。
唯一応じたのは、私がサリー侍女長はボケているのではないか、と煽ったときだけだ。
「サリー。ジェイミーを警戒する必要はありません。彼女は信用できる人間です」
ルーベンも、サリー侍女長が意図的に私と会話をしないようにしていると気付いたのだろう。
サリー侍女長の警戒を解こうとしてそんなことを言った。
「ルーベン殿下は、何を根拠にこの女が信じられると仰っているのですか?」
「根拠と言われると……」
上手く根拠を説明できないでいるルーベンの代わりに、私自らが信じられる根拠を提示することにした。
「私が王宮騎士団との戦闘訓練で全勝した話は、もうサリー侍女長の耳に入っているでしょうか? 口止めをしたとは言っても、同じ王城で働くサリー侍女長は知っていてもおかしくないと思うのです。サリー侍女長が嫌われ者でもない限りは」
「……ええ、聞いております」
なんだろう。サリー侍女長は煽り耐性が無いのだろうか。
扱いやすくて楽だから良いけれど。
「それならば話は早いです。もし私が良からぬことを考えているのなら、すでにルーベンを殺しているでしょう。機をうかがわずとも、私なら簡単にルーベンを殺すことが出来ますから」
サリー侍女長の口から、ヒュッと息を飲む音が聞こえてきた。
そして不吉なことを言った私をにらみながら反論を口にした。
「今、殺していないからと言って、安心は出来ません。ルーベン殿下を都合よく利用してから殺す気かもしれませんから」
「そう言われてしまうと困るところですけれど……私には王宮騎士団に全勝できるだけの実力があるのですから、ルーベンを利用するなんてまどろっこしいことはせずに、王城を力づくで制圧してしまった方が早いとは思いませんか? それをしていないのが、私がルーベンの味方である証拠です」
サリー侍女長は相変わらず私をにらみ続けているものの、先程までよりも若干鋭さが減った気がする。
「とはいえ、昨日今日来たばかりの人間を信じられないことは当然です。むしろそのくらいの警戒心のある人がルーベンの近くにいるのは、私としても安心ではあります」
サリー侍女長は私のことをじっと見つめた後、残っていた鋭さも目から消した。
「…………申し訳ございませんでした」
私の弁明がサリー侍女長に通じたのかは分からないけれど、サリー侍女長が頭を下げた。
この様子なら、サリー侍女長が今後同じような嫌がらせをしてくる可能性は低いだろう。
もし私がおかしな行動を取ったらまた嫌がらせをしてくるかもしれないけれど、私にそのつもりは無いから大丈夫だ。
「ルーベン。どうやらサリー侍女長が侍女たちに私を無視させたのは、ルーベンを失う恐怖からのようですね」
「ええ、そのようですね」
だからこれでサリー侍女長の尋問は終わり……とはいかない。
もしもサリー侍女長が組織の内通者なら、劇団顔負けの演技力を備えていてもおかしくはないからだ。
「では、サリーは下がって……」
「お待ちください」
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