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第7章 雷雨は恋の記憶と突然に

第45話

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※※

梅子が階段を駆け下りる音を聞きながら、俺はその場に呆然と立ち尽くしていた。突き返されたジャケットからは梅子の温もりがまだ残っている。

「なんで……こうなるんだよ……」

俺は左手を開くとそのまま拳をにぎって、手すりに叩きつけた。冷たい感触に突き刺さるような痛みが走って、まるで俺の心の中とおんなじだ。


「あっ、世界―いたいたー」

扉の開く音と共にその甘ったるい声聞いて俺はさらに拳を握りしめた。

「何?」

「何?じゃなくてー、陶山社長から聞いたと思うけど、これで正式に私が世界の婚約者だからー」

「それで?」

「今日うちに来て。久しぶりに二人きりで会いたいしー、お祝いしよ?」

「は?何の祝い?言っとくけど、俺はこの件知らされてなかったから無効だと思ってる。だからオマエとも婚約どころか付き合うのも無理だから。俺が好きなのは、梅子さんだけだから」

俺の言葉に珍しく心奈が顔を歪めた。

「……何よそれ。せっかく頑張ったのに……ねぇ、あんな人のどこがいいの?!」

心奈の掌が俺のワイシャツを皺になるほど握りしめる。

「俺にとっては運命の人だから……」

「何それ」

「俺にはわかる。俺と梅子さんが出会ったのは運命だからっ」

「じゃあ私はっ?!」

「え……?」

見れば心奈の大きな二重瞼からは涙の粒が溢れていた。

「私は小さな頃からずっとずっと世界が好きだったっ、世界しか見えないの!私にとっては、世界が運命の人だからっ!」

「……心菜」

心奈が俺に対してここまで感情をあらわにしたのは初めてかもしれない。心奈が俺なんかの為に疲れた顔しながら、なにふり構わずあの見積りを作成したことも知っている。それでもどうしたって心奈の気持ちには応えられない。

誰かを真剣に想う心は、見積書と違ってすぐに上書きすることもできなければ削除だってボタン一つで簡単にはできない。俺は心奈の掌を解くとそっと押し返した。

「ごめん……」

「やめて……謝らないでよ……こんなの始まりもないまま……終わりみたいじゃない」

「心奈……」

心奈は涙を拭うと俺を真っ直ぐに見つめた。

「世界が誰を好きでも構わない。今日19時に必ずうちに来て……じゃないと社長に言って源課長異動させてやるから!」

「え?異動?」

「そうよ、見積対決に負けても世界とちゃんと別れられないんだったら異動させるって陶山社長言ってたもん!」

「それ……心奈ほんとなのか?」

今度は俺が心奈の肩を掴んだ。心奈の唇が怒りで震えるのが分かった。

「……そんな世界の顔見たくない!」

心奈はそう言い放つと俺の手を振り払って屋上から駆け出していく。

「おい!待てよ!心奈っ!…………クソッ……」

バタンッと乱暴に締められた扉を見つめながら俺は、梅子の香りがするジャケットを握りしめた。

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