7 / 20
第一章
第七話
しおりを挟む
◇◇◇
彼が頬に当てていた私の手を取った。
しっかりと握られている。
小首をかしげて彼を見ると、迷った子どものような目を向けられる。
「…あなたは自分が一番であることを望まないのか?」
そんなことを不安そうに聞かないでほしい。
目立たずが一番に決まっている。
「ええ。望みません。でも、陛下の唯一が私なら必然的に一番?なのでしょうか」
「あなたは、何だってそんなに不安にさせたがるんだ。煙みたいに掴めないくせに、存在するべきと思ったら傍にいてくれるなんて狡いだろう」
「煙、ですか。私ってそれほどまでに不確かですか?ちゃんと掴んでいるのに?」
「…そういうところだ。そう言うくせに、あなたはもう引き際を見ている」
仕方がないことだ。
彼には皇后が必要で、その人は決まっているも同然。
三月もほったらかされて、昨日今日で仲良くなっただけの私よりも後ろ盾もしっかりした長年の付き合いのある藍洙様の方がいいに決まっている。
私は書物の中の世界で生きてきた人間、藍洙様は劰家という家柄も歴史も由緒正しい出の見識高い人間。
「陛下ならどちらが正しいかお分かりのはずです。私はあなたの妃、引き際を見極めるのは当然ですから」
どうして泣きそうな顔をするのだろう。
皇帝とは上に立つ人間で、自分の地位を確かにする方を選ぶのが当たり前。
私と藍洙様を比べる意味も必要も無い。
同じ土俵には立っていないのだから。
「…あなたが言ったことを、忘れるな。唯一である限りは隣にいてくれるのだろう」
「もちろんです。あなたからは逃げも隠れもしません」
そう言うと、やっといつもの顔に戻った。
「今日は、彪霞のところに行ってからあなたのところで寝る」
「…え、またですか」
「嫌そうにするな。逃げも隠れもしないのだろう?」
「一人で寝た方がよいのでは?疲れも取れるでしょうし」
「いや、あなたと一緒の方が悪夢を見なさそうだから」
「私は魔除けか何かですか。怖い話を散々お話ししましょうか?夢に見れるかもしれませんよ」
「断る」
本当に嫌そうな顔をする彼。
すると一転して顔を輝かせはじめた。
「怖い話はいらないが、昨日のような話が聞きたい。市井で有名な話やあなたが好きな話を聞かせてくれ」
「うーん…やっぱり幽鬼や怪奇でしょうか」
「嫌がらせか。それ以外だと言ってるのに」
「嘘ですよ。思い出しておきますから」
ふふ、と笑えば彼も釣られたように笑う。
それにしても一体いつまで手を握っているのだろうか。
ちらりと手に視線を送って、離してくれーと念を送る。
「……いやだ」
「…何も言ってないです」
「視線を追えば分かる。手を離せと思っているだろう」
「いえ。そんなことは…」
「嘘が下手だな」
苦笑を零した彼が、戸に向かって声をかける。
「羲和、弦沙。俺たちは少し散歩に出かける」
「へ??」
「大家、護衛は如何様に致しますか」
「うむ…弦沙一人でいい。遠くには行かない」
「仰せのままに」
私の意見もなしに話が進んでいく。
これは一体どういった状況ですか?
戸が開いて、陛下に手を引かれるまま足を動かす。
突っかかって転びそうになる。
ぼふと目の前の袍に顔を突っ込む羽目になる。
「足が短いのか?」
そう言って私を見る彼に、
「手を離していただければ、転びませんでした!」
むきになって言い返す。
「ぶふっ…」
おい弦沙。
少しは我慢できなかったのか。
じっとりと弦沙を睨めつける。
「…申し訳ありません…娘娘…」
「声が震えてるんだけど。失礼ね!」
後ろを振りむきながら文句を言う。
そんなこともお構いなしに、廊下を歩いていく彼。
「陛下」
無視かい。
「陛下!!」
大声で呼ぶと、ぴたと足を止めた。
「なんだ」
「…そのぶすっとした顔は何ですか。いくら陛下でも、可愛くないです」
「……あなたは本当に…なんなんだ…」
急に情けない顔になったかと思ったら、繋いでいた手をくいと引かれた。
「うっ…」
「色気がない」
思いやりもないような抱き寄せられ方をして、きゃ、とか言えない妃で悪かったですね。
私の肩口に頭をぐりぐりと押し付けてくる。
なんなんだ、この人。
「痛いんですけども…あの、なんの嫌がらせですか…」
「…うるさい。俺ばかり振り回されて…こっちが聞きたい…なんの嫌がらせだ」
「いや振り回されてるのは私なんですけど…」
「……――あなたに好かれるにはどうすればいい?俺が、弦沙のように話しかけてもらうには何をすればいい?」
「ん?え?」
「なぁ、どうすればいいんだ」
肩口に顔を乗せたまま、こっちを見ている気がする。
「し、信頼関係?」
「…あとは」
「…ゆ、友情…?」
「友情?俺とあなたは夫婦なのに?」
そんなに甘えた目で見ないでくれ…!!
こっちだって知らないよ!
弦沙は友人だもの!
「そんなの私だって分かりません…!大体、弦沙と陛下は違うじゃないですか。弦沙は友人で、陛下は夫なんですから。結婚をした経験が一度でもあれば、何が必要かくらい言えるかもしれませんけど…!」
「…じゃあ、言えない方が正解か。これから探りながらになるな」
「…はぁ…機嫌が直ったようで何よりです」
「あなたは素直でいい。俺のことをどう思っているのか顔で分かるから、安心する」
「それは嫌味ですか?隠せ、と暗に言ってらっしゃいます?」
「いいや。あなたはそのままでいい。何を言われても、俺への態度だけは変えてくれるな」
よく分からないけど、大変なんだろうなぁとしか思えない私。
寂しそうな目も、不安そうな顔も、本当は誰よりも人を必要としているからなんだろう。
明け透けで、すぐに顔に出る私にしか安心できないくらい彼は何かを抱えている。
「…例え私が他の妃に奇を衒っていると言われても、陛下が安心するのなら、私は第一にあなたを優先します」
肩に乗せられた頭をよしよし、と撫でる。
「それが妃の仕事でしょうから」
「少しだけズレた世間知らずなところがまた愛いな」
「散歩に行くんじゃなかったんですか?からかうだけなら帰りますけど」
「散歩には行く。でもまだ、もう少しだけ」
不覚にも、三つ上の彼を可愛らしいと思ってしまった。
市井で皇帝の話を聞くたびに、凛とした聖君なんだな、国も安心だなしか思わなかった。
こうして弱さを知ってしまった今、政の何たるかも知らない私に出来ることは、求められているものをあげるくらいしかない。
それを力不足だなんて思ってしまう自分がいるから不思議だ。
彼が頬に当てていた私の手を取った。
しっかりと握られている。
小首をかしげて彼を見ると、迷った子どものような目を向けられる。
「…あなたは自分が一番であることを望まないのか?」
そんなことを不安そうに聞かないでほしい。
目立たずが一番に決まっている。
「ええ。望みません。でも、陛下の唯一が私なら必然的に一番?なのでしょうか」
「あなたは、何だってそんなに不安にさせたがるんだ。煙みたいに掴めないくせに、存在するべきと思ったら傍にいてくれるなんて狡いだろう」
「煙、ですか。私ってそれほどまでに不確かですか?ちゃんと掴んでいるのに?」
「…そういうところだ。そう言うくせに、あなたはもう引き際を見ている」
仕方がないことだ。
彼には皇后が必要で、その人は決まっているも同然。
三月もほったらかされて、昨日今日で仲良くなっただけの私よりも後ろ盾もしっかりした長年の付き合いのある藍洙様の方がいいに決まっている。
私は書物の中の世界で生きてきた人間、藍洙様は劰家という家柄も歴史も由緒正しい出の見識高い人間。
「陛下ならどちらが正しいかお分かりのはずです。私はあなたの妃、引き際を見極めるのは当然ですから」
どうして泣きそうな顔をするのだろう。
皇帝とは上に立つ人間で、自分の地位を確かにする方を選ぶのが当たり前。
私と藍洙様を比べる意味も必要も無い。
同じ土俵には立っていないのだから。
「…あなたが言ったことを、忘れるな。唯一である限りは隣にいてくれるのだろう」
「もちろんです。あなたからは逃げも隠れもしません」
そう言うと、やっといつもの顔に戻った。
「今日は、彪霞のところに行ってからあなたのところで寝る」
「…え、またですか」
「嫌そうにするな。逃げも隠れもしないのだろう?」
「一人で寝た方がよいのでは?疲れも取れるでしょうし」
「いや、あなたと一緒の方が悪夢を見なさそうだから」
「私は魔除けか何かですか。怖い話を散々お話ししましょうか?夢に見れるかもしれませんよ」
「断る」
本当に嫌そうな顔をする彼。
すると一転して顔を輝かせはじめた。
「怖い話はいらないが、昨日のような話が聞きたい。市井で有名な話やあなたが好きな話を聞かせてくれ」
「うーん…やっぱり幽鬼や怪奇でしょうか」
「嫌がらせか。それ以外だと言ってるのに」
「嘘ですよ。思い出しておきますから」
ふふ、と笑えば彼も釣られたように笑う。
それにしても一体いつまで手を握っているのだろうか。
ちらりと手に視線を送って、離してくれーと念を送る。
「……いやだ」
「…何も言ってないです」
「視線を追えば分かる。手を離せと思っているだろう」
「いえ。そんなことは…」
「嘘が下手だな」
苦笑を零した彼が、戸に向かって声をかける。
「羲和、弦沙。俺たちは少し散歩に出かける」
「へ??」
「大家、護衛は如何様に致しますか」
「うむ…弦沙一人でいい。遠くには行かない」
「仰せのままに」
私の意見もなしに話が進んでいく。
これは一体どういった状況ですか?
戸が開いて、陛下に手を引かれるまま足を動かす。
突っかかって転びそうになる。
ぼふと目の前の袍に顔を突っ込む羽目になる。
「足が短いのか?」
そう言って私を見る彼に、
「手を離していただければ、転びませんでした!」
むきになって言い返す。
「ぶふっ…」
おい弦沙。
少しは我慢できなかったのか。
じっとりと弦沙を睨めつける。
「…申し訳ありません…娘娘…」
「声が震えてるんだけど。失礼ね!」
後ろを振りむきながら文句を言う。
そんなこともお構いなしに、廊下を歩いていく彼。
「陛下」
無視かい。
「陛下!!」
大声で呼ぶと、ぴたと足を止めた。
「なんだ」
「…そのぶすっとした顔は何ですか。いくら陛下でも、可愛くないです」
「……あなたは本当に…なんなんだ…」
急に情けない顔になったかと思ったら、繋いでいた手をくいと引かれた。
「うっ…」
「色気がない」
思いやりもないような抱き寄せられ方をして、きゃ、とか言えない妃で悪かったですね。
私の肩口に頭をぐりぐりと押し付けてくる。
なんなんだ、この人。
「痛いんですけども…あの、なんの嫌がらせですか…」
「…うるさい。俺ばかり振り回されて…こっちが聞きたい…なんの嫌がらせだ」
「いや振り回されてるのは私なんですけど…」
「……――あなたに好かれるにはどうすればいい?俺が、弦沙のように話しかけてもらうには何をすればいい?」
「ん?え?」
「なぁ、どうすればいいんだ」
肩口に顔を乗せたまま、こっちを見ている気がする。
「し、信頼関係?」
「…あとは」
「…ゆ、友情…?」
「友情?俺とあなたは夫婦なのに?」
そんなに甘えた目で見ないでくれ…!!
こっちだって知らないよ!
弦沙は友人だもの!
「そんなの私だって分かりません…!大体、弦沙と陛下は違うじゃないですか。弦沙は友人で、陛下は夫なんですから。結婚をした経験が一度でもあれば、何が必要かくらい言えるかもしれませんけど…!」
「…じゃあ、言えない方が正解か。これから探りながらになるな」
「…はぁ…機嫌が直ったようで何よりです」
「あなたは素直でいい。俺のことをどう思っているのか顔で分かるから、安心する」
「それは嫌味ですか?隠せ、と暗に言ってらっしゃいます?」
「いいや。あなたはそのままでいい。何を言われても、俺への態度だけは変えてくれるな」
よく分からないけど、大変なんだろうなぁとしか思えない私。
寂しそうな目も、不安そうな顔も、本当は誰よりも人を必要としているからなんだろう。
明け透けで、すぐに顔に出る私にしか安心できないくらい彼は何かを抱えている。
「…例え私が他の妃に奇を衒っていると言われても、陛下が安心するのなら、私は第一にあなたを優先します」
肩に乗せられた頭をよしよし、と撫でる。
「それが妃の仕事でしょうから」
「少しだけズレた世間知らずなところがまた愛いな」
「散歩に行くんじゃなかったんですか?からかうだけなら帰りますけど」
「散歩には行く。でもまだ、もう少しだけ」
不覚にも、三つ上の彼を可愛らしいと思ってしまった。
市井で皇帝の話を聞くたびに、凛とした聖君なんだな、国も安心だなしか思わなかった。
こうして弱さを知ってしまった今、政の何たるかも知らない私に出来ることは、求められているものをあげるくらいしかない。
それを力不足だなんて思ってしまう自分がいるから不思議だ。
34
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····
藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」
……これは一体、どういう事でしょう?
いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。
ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した……
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全6話で完結になります。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
白い結婚はそちらが言い出したことですわ
来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかパーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる