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2.地味男子×無邪気女子
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「ちーちゃん」
「ん?」
「手つないでもいい?」
「……いいよ」
誰も見ていないだろうし。
気のせいか陽花が強く握ってくる。
千尋は気がつかないふりをして、平静を装って陽花の手を引いた。
足取りがゆっくりなのを見て、
「少し休む?」
声をかけた。
「大丈夫」
「わかった。しんどくなったら言ってよ」
「うん、ありがとう」
去年はばんそうこうを一枚しか持っておらず、コンビニに走ったことを思い出した。途中途中で陽花をおんぶしたりもした。終いには自分の靴を陽花に履かせた。
「去年あんな思いしたのに、また下駄なのか?」
「だって……浴衣着たかったし。ちーちゃんが、今年も、浴衣可愛いねって言ってくれるかなと思って」
(去年言ったっけ……あ)
言ったなあ、と思い出す。
中学生になってからは二人で見に行くようになり、三年生の時に、ふと、
「はるちゃん昔浴衣着てたよね。はるちゃんはきっと似合うよね。可愛いからなんでも似合うと思う」
そう言った覚えがある。
何も考えずにそう言った、本心をそのまま。
そして去年浴衣を着てきた。まさか自分の発言のせいだとは。
「子供の頃のしか浴衣持ってなかったから、去年買ってもらったんだよ。成長したから丈が短くなったし」
「そっか、僕のせいか」
「ちーちゃんのせいっていう言い方はちょっと違うよ。ちーちゃんのおかげで、浴衣買ってもらえたし。ちーちゃんに、可愛いって言われたかったし」
語尾はぼそぼそと消え入るような声になった。
「はるちゃんは可愛いよ」
「……ありがと」
「大川も言ってたよね、吉井さん可愛いねって」
「いい、別に大川君に言われても嬉しくないし」
僕に言われるのは嬉しいのか? 千尋は思ったが口にはしなかった。
大川みたいなイケメンに言われたら嬉しいものじゃないのだろうか、とも思ったが、翔平と同性の千尋にはよくわからない。
ひょこひょこ歩く陽花を見て、
「歩きづらいならまたおぶってあげるよ」
と言うと、彼女は遠慮した。
「いいよ、また重たくなったし。ちーちゃんにデブになったって言われたくないし」
「別にそんなこと思わないよ」
相変わらず小柄というか華奢なのに、どこがデブなんだろう。
女の子は太ってなくても「太った」と言うが、全く理解できない。
「そう? じゃあ、しんどくなったらお願いするね」
「うん、いいよ」
なんだかんだで陽花に甘い千尋だった。
少し休憩を、と道すがらの公民館の入口のセメント階段に座った。
「ね、はるちゃん、これ履いて」
千尋は自分のサンダルを脱ぐと、陽花の下駄をゆっくりと脱がせ、自分のサンダル履かせる。相変わらず細い足首だった。
「なんか王子様みたい」
「しょぼい王子様もいたもんだ」
「しょぼくないよ。頼りになるカッコいい王子様だよ」
「はは、そんなこと言ってくれるのはるちゃんだけだよ」
陽花の王子様にはなれないと身の程を知っている千尋だ。
「でもちーちゃん、裸足じゃ危ないよ。去年も足擦りむいたよね。だからいいよ、別に」
「平気平気。足の裏は硬い皮になってるから、よほどでなければ大丈夫。はるちゃんの足のほうが、辛いだろ?」
「けど……」
「いいんだよ。女の子が足痛めてるのに、僕が何食わぬ顔で歩くなんてできないよ」
大丈夫だから、と千尋は笑う。
(しまった)
さりげなく大川を非難したように聞こえたかもしれない。
「ありがと。ちーちゃんはやっぱり王子様だと思う」
「王子様にも種類があるからね、どの王子様かは追求しないでおくよ」
「…………」
自己肯定が低い千尋だった。
「ちーちゃん」
「ん?」
「ちょっとだけ、おんぶしてもらってもいい?」
「いいよ。しんどい?」
「あの信号まででいいから」
「うん、じゃあ、どうぞ。背中湿ってるし、汗かいてるから臭いよ」
「平気。去年もおんなじこと言ってたよ」
「そうだっけ」
千尋は陽花の前で背中を向け、膝をついた。
ゆっくりと千尋の背中に自分の身体を預ける陽花。
胸の厚みにドキドキしたが、千尋は気付かないふりをした。
「大丈夫か?」
「うん」
二人は無言になる。
陽花のドクドクドクという心音が伝わってくる。
「ちーちゃん、いつもごめんね」
「何が?」
「迷惑かけて」
「迷惑?」
「こんなふうに、学習しなくて足すりむいたり」
「迷惑じゃないよ。心配はするけど、迷惑なんて全く思ってないよ。僕がそんなふうに思うと思ってる?」
「思ってない……」
ちーちゃん優しすぎる、と陽花は呟いた。
「はるちゃんは小さい頃からずっと一緒だし、兄弟みたいな大事な幼馴染だし。困ってたらなんとかしたいって思うんだから」
「兄弟……そう……」
ありがとね、と陽花は言った。
耳元で聞こえる陽花の声に、緊張を必死で隠す千尋だった。
小さな交差点まで来ると、陽花は背中から降りた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そのまま歩いて行こうとする千尋の手を陽花は再び握る。
「駄目?」
「駄目じゃない、よ」
仕方ないなあ、といったふうに千尋は手をつないでくれた。
昔は自分のほうが成長が早かったはずなのに、いつの間にか背も追い越されて、見上げないといけなくなった。細身で貧弱そうに見えるが、手は大きい。自分の小さな細い指とは全く違う。千尋の指も細いが、男の子の手だった。
「来年は、サンダルにしなよ」
「え?」
「今は下駄じゃなくても浴衣に合うサンダルとかあるでしょ?」
「そっか」
(来年も一緒に行ってくれるつもりなんだ)
急に嬉しくなった。
陽花を送り届けた後そのまま帰ろうとしたが、陽花は上がれと言った。
足を消毒しないといけないかららしい。
「まあ、千尋君、いつもいつも本当にごめんなさいね」
陽花の母親が出てきて、同じように上がるように勧めてくれた。
「いえ。大丈夫なので帰ります」
しかし千尋は逃げるように帰った。
自宅で消毒を自分でした。
小砂利を踏んだ時に切ったようだが、大した傷ではなかった。
(うっかり、来年のことを言ってしまった……でも)
自分と一緒に、とは言っていないし。
陽花の顔を思い出し、身体が熱くなった。
「ん?」
「手つないでもいい?」
「……いいよ」
誰も見ていないだろうし。
気のせいか陽花が強く握ってくる。
千尋は気がつかないふりをして、平静を装って陽花の手を引いた。
足取りがゆっくりなのを見て、
「少し休む?」
声をかけた。
「大丈夫」
「わかった。しんどくなったら言ってよ」
「うん、ありがとう」
去年はばんそうこうを一枚しか持っておらず、コンビニに走ったことを思い出した。途中途中で陽花をおんぶしたりもした。終いには自分の靴を陽花に履かせた。
「去年あんな思いしたのに、また下駄なのか?」
「だって……浴衣着たかったし。ちーちゃんが、今年も、浴衣可愛いねって言ってくれるかなと思って」
(去年言ったっけ……あ)
言ったなあ、と思い出す。
中学生になってからは二人で見に行くようになり、三年生の時に、ふと、
「はるちゃん昔浴衣着てたよね。はるちゃんはきっと似合うよね。可愛いからなんでも似合うと思う」
そう言った覚えがある。
何も考えずにそう言った、本心をそのまま。
そして去年浴衣を着てきた。まさか自分の発言のせいだとは。
「子供の頃のしか浴衣持ってなかったから、去年買ってもらったんだよ。成長したから丈が短くなったし」
「そっか、僕のせいか」
「ちーちゃんのせいっていう言い方はちょっと違うよ。ちーちゃんのおかげで、浴衣買ってもらえたし。ちーちゃんに、可愛いって言われたかったし」
語尾はぼそぼそと消え入るような声になった。
「はるちゃんは可愛いよ」
「……ありがと」
「大川も言ってたよね、吉井さん可愛いねって」
「いい、別に大川君に言われても嬉しくないし」
僕に言われるのは嬉しいのか? 千尋は思ったが口にはしなかった。
大川みたいなイケメンに言われたら嬉しいものじゃないのだろうか、とも思ったが、翔平と同性の千尋にはよくわからない。
ひょこひょこ歩く陽花を見て、
「歩きづらいならまたおぶってあげるよ」
と言うと、彼女は遠慮した。
「いいよ、また重たくなったし。ちーちゃんにデブになったって言われたくないし」
「別にそんなこと思わないよ」
相変わらず小柄というか華奢なのに、どこがデブなんだろう。
女の子は太ってなくても「太った」と言うが、全く理解できない。
「そう? じゃあ、しんどくなったらお願いするね」
「うん、いいよ」
なんだかんだで陽花に甘い千尋だった。
少し休憩を、と道すがらの公民館の入口のセメント階段に座った。
「ね、はるちゃん、これ履いて」
千尋は自分のサンダルを脱ぐと、陽花の下駄をゆっくりと脱がせ、自分のサンダル履かせる。相変わらず細い足首だった。
「なんか王子様みたい」
「しょぼい王子様もいたもんだ」
「しょぼくないよ。頼りになるカッコいい王子様だよ」
「はは、そんなこと言ってくれるのはるちゃんだけだよ」
陽花の王子様にはなれないと身の程を知っている千尋だ。
「でもちーちゃん、裸足じゃ危ないよ。去年も足擦りむいたよね。だからいいよ、別に」
「平気平気。足の裏は硬い皮になってるから、よほどでなければ大丈夫。はるちゃんの足のほうが、辛いだろ?」
「けど……」
「いいんだよ。女の子が足痛めてるのに、僕が何食わぬ顔で歩くなんてできないよ」
大丈夫だから、と千尋は笑う。
(しまった)
さりげなく大川を非難したように聞こえたかもしれない。
「ありがと。ちーちゃんはやっぱり王子様だと思う」
「王子様にも種類があるからね、どの王子様かは追求しないでおくよ」
「…………」
自己肯定が低い千尋だった。
「ちーちゃん」
「ん?」
「ちょっとだけ、おんぶしてもらってもいい?」
「いいよ。しんどい?」
「あの信号まででいいから」
「うん、じゃあ、どうぞ。背中湿ってるし、汗かいてるから臭いよ」
「平気。去年もおんなじこと言ってたよ」
「そうだっけ」
千尋は陽花の前で背中を向け、膝をついた。
ゆっくりと千尋の背中に自分の身体を預ける陽花。
胸の厚みにドキドキしたが、千尋は気付かないふりをした。
「大丈夫か?」
「うん」
二人は無言になる。
陽花のドクドクドクという心音が伝わってくる。
「ちーちゃん、いつもごめんね」
「何が?」
「迷惑かけて」
「迷惑?」
「こんなふうに、学習しなくて足すりむいたり」
「迷惑じゃないよ。心配はするけど、迷惑なんて全く思ってないよ。僕がそんなふうに思うと思ってる?」
「思ってない……」
ちーちゃん優しすぎる、と陽花は呟いた。
「はるちゃんは小さい頃からずっと一緒だし、兄弟みたいな大事な幼馴染だし。困ってたらなんとかしたいって思うんだから」
「兄弟……そう……」
ありがとね、と陽花は言った。
耳元で聞こえる陽花の声に、緊張を必死で隠す千尋だった。
小さな交差点まで来ると、陽花は背中から降りた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そのまま歩いて行こうとする千尋の手を陽花は再び握る。
「駄目?」
「駄目じゃない、よ」
仕方ないなあ、といったふうに千尋は手をつないでくれた。
昔は自分のほうが成長が早かったはずなのに、いつの間にか背も追い越されて、見上げないといけなくなった。細身で貧弱そうに見えるが、手は大きい。自分の小さな細い指とは全く違う。千尋の指も細いが、男の子の手だった。
「来年は、サンダルにしなよ」
「え?」
「今は下駄じゃなくても浴衣に合うサンダルとかあるでしょ?」
「そっか」
(来年も一緒に行ってくれるつもりなんだ)
急に嬉しくなった。
陽花を送り届けた後そのまま帰ろうとしたが、陽花は上がれと言った。
足を消毒しないといけないかららしい。
「まあ、千尋君、いつもいつも本当にごめんなさいね」
陽花の母親が出てきて、同じように上がるように勧めてくれた。
「いえ。大丈夫なので帰ります」
しかし千尋は逃げるように帰った。
自宅で消毒を自分でした。
小砂利を踏んだ時に切ったようだが、大した傷ではなかった。
(うっかり、来年のことを言ってしまった……でも)
自分と一緒に、とは言っていないし。
陽花の顔を思い出し、身体が熱くなった。
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