幼馴染じゃなくなる日

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3.普通男子×地味女子

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「それで……その意地悪な子は、警察に?」
「いえ、いわゆる示談ってものになったんです」
「春川さん、顔を傷つけられたんだよね?」
「わたしの両親がそう申し出たんですよ。もう二度とわたしに嫌がらせをしないって約束させて。傷もそんなに深くなくて。丸刀だったら皮膚が抉れたりしたかもしれないんですけど、三角刀が縦にすーって入って、だんだんミミズ腫れみたいな感じになって薄くなったので」
「どれでも痛いのは痛いよ。傷は傷なんだから、今も傷、残ってるの?」
「ほぼ見えない状態ですよ。自分だけが、これが傷だなってわかる程度です。今なら化粧で隠せますしね」
 桜井は悲しそうな顔で由衣の頬を見た。
「意地悪な子も大人しくなったならよかったね」
「まあ。そのまま中学校に行くのが気まずかったのか、私立中学に行っちゃいましたよ」
「そうなんだ」
「でも、その子だけじゃなくて、祐ちゃんも同じ中学には行かなかったんです」
 由衣は、小学校を卒業すると同時に引っ越しをしていった話をした。
「会いにくるって言って、全然、それっきり会ってないんです。手紙や電話をくれるって言ったのに、それも全くなくて。わたしから連絡する手段もなくて、今に至るって感じです。結婚するって言ってたんですけど、まあ子供の約束ですからねえ」
「そうだったんだ……。春川さんはその祐ちゃんに会いたい?」
 彼は優しい目で由衣を見た。
「そうですね……。会えるなら会いたいですけど、今更会っても緊張して何も話せなくなりそう。元気ならいいかなって気もします。きっとカッコいい男の子になってて、わたしのことなんて忘れちゃってますよ」
 そんなことないと思うけど、と桜井は笑った。
「だって結婚の約束したんでしょ」
「それは……おままごとの延長で。好きだなんて言ったこともないし、言われたこともないですから。まあ、小学生の頃の話なんで、好きとか言わないですもんね。結婚しようって言って、今誰か別の人と約束してるかもしれません」
「そうかなあ……」
 桜井は困った顔をしていた。
「はいっ、わたしの話は終わりです! すみません、愚痴みたいになっちゃって」
「いや、面白かった。いい話が聞けたと思う」
 誰にも話したことのない話を、初対面の男性に饒舌に話して、由衣は恥ずかしいことをしたと思ったが、すっきりしたとも思った。
「聞いてくださってありがとうございます」
「うん、こちらこそありがとう」
 そのあとは、他愛の無い話をした。
 ほかの参加者を見ると、三組は楽しそうにしている。
 恋人が欲しいと言っていた三人の、望みが叶うかもしれない、そう思った。


 意気投合したメンバーは二次会やその他へと散って行った。
「春川さん! 一緒に帰ろ」
 駅に向かっていると、桜井が声をかけてきた。
「俺も余りだからさ。真っ直ぐ帰るしかなくて」
「あ、じゃあ、駅まで一緒に行きましょう」
 二人は駅までの道を並んで歩いた。
「ね、せっかくだから連絡先、交換しようよ」
「えっ」
(あんなに恥ずかしい話たくさんしたのに!)
 まあ交換だけで終わるだろう、そう思い、由衣は承諾した。
「はい、登録完了」
「こちらも、登録です」
 ──桜井祐輝。
 IDの名前を確認した。
(ほんとに同姓同名だ)
「おんなじ名前……漢字も一緒……」
「なに?」
「祐ちゃんと、同姓同名だなって」
「ふーん」
 目の前の桜井は、困ったような表情で由衣を見下ろした。
「ねえ、まだ気付かないの?」
「へ?」
「同姓同名の男だと思ってる?」
「え」
「俺だよ、俺」
 にやにやと彼は笑っている。
「え……ま、まさか、ゆ、祐ちゃん?」
「そ。桜井祐輝。由衣の幼馴染だよ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「うん、待つけど」
 由衣は、頭のなかを必死で整理する。
 待て待て待て。
 目の前にいるのは桜井祐輝。
 幼馴染の初恋の男の子も桜井祐輝──祐ちゃん。
 丸顔で日焼けしていて、背丈も自分と同じくらいで。あとほかに何か特徴を思い出せないだろうか。
 目の前の桜井祐輝は、普通男子だが丸顔ではない。眉もきりっとしているし、日焼けしているわけではない。肌も艶やかだ。
「!?」
 でもでも、でも。
(祐ちゃんは、桜井さん……桜井さんは祐ちゃん……)
 ということは、と整理し終えない頭で、先に結論を導き出す。
「祐ちゃん……?」
「そうだよ。わかってくれたか?」
 少し口調が変わった。
「ご本人」
「そ。由衣、全然気付かないからさ-、マジかーって」
 はて、小一時間前、自分はどんな話をしただろうか。
(祐ちゃん本人を目の前に、初恋の男の子の話しましたよね-。エピソードめちゃくちゃたくさん話しましたよね)
「恥ずかしい……」
「何が?」
「わたし、めちゃくちゃ恥ずかしい話した気がします」
 消えたい隠れたい逃げたい、兎に角この男子の前から姿を消したいと思った。
「恥ずかしい? 俺が初恋だったとか?」
「ぎゃーっ」
「強くて優しくてカッコいいとか?」
「ひぃぃっ」
「好きだった祐ちゃんに会いたいんじゃなかったの?」
「フォォーーーッ、恥ずかしい恥ずかしい!」
 一時間前に戻って自分のこの口を閉じてやりたい、と由衣は身悶えた。でも出来ないのでどうしようもない。
「あははっ、由衣、面白くなってるな!」
 とにかく行こう、と目の前の桜井祐輝は由衣の手を引いた。
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