幼馴染じゃなくなる日

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5.大人男子✕大人女子

6.

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 ようやく離れて、目が合うと、どちらも恥ずかしげに笑う。
「なんか、遠回りした……」
「……うん」
「順番間違えたし」
「そうだね」
 心臓の音が聞こえてやしないかと彼女をまじまじを見つめたが、聞こえてはいないだろう。看護師の彼女のことだから、もしかしたら心音に敏感だったりしないだろうかとも思ったのだ。
「……今日、海くんが言ってくれないなら、武内さんと付き合おうかなって思ってた」
「ええええええええええええっ!」
 里紗は仰け反って耳を庇った。
 アパート中に響いたのではないかというくらいの大声だった。
「駄目、絶対駄目、武内さんと付き合うのは絶対駄目」
「付き合わないよ。さっき海くんとお付き合いするって言ったばかりでしょ」
 里紗は呆れ顔だ。
「そ、そうだった」
「海くんがわたしを本当に好きだって思ってくれてるなら……って期待したんだ。言わせてごめんね。もう海くんが、妊娠してないわたしに興味がないなら、武内さんに応えようって考えてた」
「もしかして、この一ヶ月、武内さんと会ったりした?」
「……うん、まあ、ね」
 俺とは距離置いたのに、と肩を落とした。
「でも、そのほうがお互い冷静になれたでしょう?」
「まあ……。武内さんと、何回会ったの」
「三回、かな」
「三回も!?」
 想像より多い。
 一回くらいかな、と思ったのに、三回とは。
 十日に一回。
(ムカつく……)
 武内をその気にさせるには充分な回数ではないだろうか。
「好きとか言われた?」
「……近いようなことは」
「期待持たせちゃ駄目だろ……」
 海は片頬を膨らませ、里紗を半目で見た。
「もう絶対会うなよ。断るんだろ」
「そりゃあ、ね」
「よかった」
「……安積のこと好きなんですか、って訊かれて」
「な、なんて答えたの!?」
 武内がそんなことは追求してきたというのは驚いた。露骨には態度には出していないつもりだが、里紗と他の男達を一緒にしたくはない気持ちが洩れていたに違いない。
「……内緒」
「なんで」
「秘密」
「教えてよ」
「だって恥ずかしいし」
「恥ずかしくないから」
 もじもじとする里紗の腰を抱き、
「教えて」
 海は囁くように言った。
「怒らない?」
「怒らないよ」
 恥ずかしい、だとか、怒らない、だとか何を武内に言ったのだろうと首を傾げる。
 言おうか迷ったようだが、観念した里紗は言った。
「わたしはかつては好きでしたけど、海くんはわたしには興味はないみたいなので……って」
「意味深な答え……」
「身体には興味があるみたいですけど」
「……って言ったの!? セックスしたって言ったの!?」
「言ってないよ。身体には興味があるみたいだけど、って言おうと思ったけど、勘ぐられるの嫌だから言ってないよ」
 当たり前だよ、と海は溜息をついた。
「もおー……ほんとに勘弁してよ。里紗ちゃんも武内さんも……」
 とにかく、ちゃんと断ってほしいということ、これからは自分が側にいたい、ということをまっすぐな目で伝えた。
「わかってるよ。ちゃんと、海くんが好きだからもう会えません、って言うから」
「うん」
 ちゅ、っとキスをして一歩下がった。
 いい加減に玄関での会話を終了させないといけない。
「今度は、また俺の部屋にも来て」
「うん」
 じゃあ今度こそ帰るね、と海は別れの挨拶をして背を向けた。
「あ、俺……これからはこまめに里紗ちゃんにメッセージ、送ってもいい?」
 ドアレバーに手をかけたが、すぐに振り返った。
「もちろん」
「里紗ちゃんも、送ってね」
「うん」
 じゃあね、と海は再び背を向けた。
「あ、海くん!」
「はいっ」
 海は素っ頓狂な声を上げ、里紗に向き直る。
「あの……」
「うん」
「名前……」
「名前?」
「海くん、わたしのこと、いつもちゃん付けしてるけど、呼び捨てでもいいからね」
 恥ずかしそうに里紗が言う。
 彼女からの呼び捨てのリクエストに、顔がにやけてしまう。
「いいの?」
「……うん、いいよ。……ていうか、あの時は呼び捨てなのに普段は違うなあっていつも思ってはいたんだけど……」
 あの時──行為の時か、と海はすぐにピンときた。
(独り占めしたくて、セックスの時は意図的に呼び捨てにしてたけど……気づいてたんだ)
「あ-、うん、そうだっけ……? わかった、これからは『里紗』って呼ぶね」
「……うん」
 海は、手を伸ばして里紗の頬を撫でた。
「あ、ごめん。これじゃいつまで経っても帰れないよね」
「あはは、そうだよな」
 ごめんね、と里紗は申し訳なさそうに言い、今度こそ二人は別れた。
 ドアを閉めた途端、顔がにやけてしまった。
 そして、今ここで叫びたい気持ちを必死で抑えた。
 車に乗り込み、エンジンを掛けて走り出すと、やっとそこで大きな声で叫んだのだった。

 fin..
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