大人の恋愛の始め方

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【第1部】10.終止符

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「この前のことなんですけど……」
 聡子は徐に口を開いた。
 トモに呼び出され、いつものように彼の車の助手席に乗せてもらっている。これからいつもの場所へ移動するところだ。
「この前?」
「もう1ヶ月くらい前ですけど、急に呼び出してしまった日のことです」
「ああ……」
 それがどうかしたか、と言われ、聡子は口ごもった。
「すみませんでした。この前、会長さんが御一緒だったので言えなくて」
「謝る必要ないって言っただろ」
「そうでしたね、すみません」
「また謝った」
 癖ですね、と苦笑した。
 ──沈黙が流れる。
 沈黙に困った聡子の口から質問の言葉が出た。
「トモさんは、特定の人を作らないんですか。恋人を」
「あ? 別に必要ねえからな」
 唐突な質問に、少し不機嫌になったようだ。
「相変わらずなんですね」
「女なんてすぐ裏切るだろ」
 と吐き捨てるように言った。
「そう……なんですか」
「女はいい男を見つけたらすぐそっち行くだろ? 女とは割り切ってセックスするくらいで十分だ。最初からそういう女が近くにいればいい。どのみち俺の周りはそういう女しか寄ってこねえし」
 聡子ははっきり言ったことはなかったが、トモに「惚れているのか」と言われ曖昧にしてきた。きっと気持ちはバレている。言いかけて、遮られたこともあった。
 ただ、このまま曖昧な関係でいるほうが楽だったから、ずるずるとはっきり言わないままでいた。言おうとしてもまた遮られるに決まっているし。。
「俺は縛られるのは面倒だ。抱きたい時に抱く。相手が合意すればそれで問題ないだろ。そのほうが後腐れなくていいし」
 トモは淡々としていた。
「なんでいきなりこんな話になったんだ?」
 聡子が質問したからだった、とトモは思い出したようだ。
「わたし……この前、川村さんに交際を申し込まれて。でも、好きな人がいるからって断ったんです……でも、でも……それでもいいから、待つから、って言われて」
 トモはどう反応するだろうか、とチラリと顔色を伺う。
「ふーん。いい男の目に留まってよかったじゃねえか。じゃあ、俺もはもうおまえを抱くわけにはいかねえって感じか」
 トモは変わらず淡々と口にした。
(全然、嫌そうな顔してくれないんだ……)
 聡子は、言わないでおこうと思ったことを口にした。
「あの日……川村さんに襲われそうになって」
「あ!?」
 少しトモの口調に動揺を感じた。
「やっぱり、男の人はみんなそういう目的なんでしょうか……」
 聡子の声が震える。
「トモさんに何度も隙があるって言われてたのに……まさかって、まさかこの人にまで、って」
 やっぱりそうだったのか、とトモは怒気をはらんだ声で言った。
「何かあったんだろうとは思った。キスがどうのと言ってたから、キスされたんだろうって思ってたけど、まさか、な」
「でも、そこで逃げてきたので」
「そういう問題じゃねえけどな」
 怒ってくれてはいるようだが、川村と付き合うな、とは言われない。
(わたしのこともう邪魔なのかな……)
「ごめんなさい。そういうこと言いたいんじゃなくて」
「なんだよ」
「わたし……わたし……トモさんのことが」
「ダメだ。その先は言うなって言っただろ」
 聡子が何か言おうとするのをトモが遮った。
(ずっとこのままでいるのは辛くなる)
 あと一ヶ月もすれば聡子の二十一歳の誕生日だ。
 トモとそういう関係になって一年は経たないが、もう半年以上になる。
 高校三年生、十八になる年に出会い、もうすぐ三年。
 出会いが最悪な相手のことをまさか好きになって、身体だけの関係になるとは思わなかった。
「わたし、トモさんのことが好き……」
「俺に惚れるなって言っただろ」
 どうしてですか、と聡子は隣のトモを振り向く。
「俺はろくでもねえ男なのは知ってるだろ」
「そんなことない……」
 聡子は泣き出した。
「こんなネックレス、いつまでもつけやがって」
 トモが、聡子の首に手をやり、ネックレス掻き出すと、引きちぎって放り投げた。一瞬首筋が痛んだが、それよりもネックレスが飛ばされたことに視線が動いてしまう。
「あっ!」
 落ちたネックレスを拾い、ぎゅっと握りしめる。恐らく部品が壊れてしまっている。クラスブが見つからず、焦っていると、
「そんなの、いい加減捨てろ」
 苛立ったトモが言い放った。
「なんで、大切にしたらだめなんですか、わたしのものなんだから勝手じゃないですか」
 トモは歯を噛んだのか、口の端がつり上がった。
「いつだってトモさんはわたしを助けてくれたのに」
 聡子は諦め、ネックレスをバッグにしまう。
「たまたまだ」
「たまたまでも、わたしは嬉しかったんです」
「吊り橋効果ってやつだろ」
「違います!」
 自分の気持ちくらいわかります、と強い口調で言い放った。
「もう抑えられないです……」
「……来い」
 聡子は腕を掴まれた。
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