大人の恋愛の始め方

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【第1部】12.目撃

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「わたし、川村さんとおつきあいすることはできません」
 時間をくださいとは言われたが、こんなに早く答えを出されるとは思わなかったようで、川村が顔を強ばらせている。
「好きな人にはフラれました。忘れる努力はしようと思っています。でも今のそんな状態で川村さんとおつきあいするなんてできません」
 すみません、と聡子は頭を下げた。
 待ち合わせた駅まで送ってもらい、ここで終わりだという時だった。車から降りる前に聡子が切り出した。
「俺はそれでもいい。ミヅキちゃんが俺のことを好きになってくれるなら、時間かかってもかまわない」
「時間がかかるかもしれません。その間に、きっと川村さんに似合う素敵な方が現れると思うんです」
「ない」
「わたしは川村さんが思っているほどいい人間ではないです、育ちも良くないし、学歴もない、それに水商売に就いていて、それを知ったらきっと川村さんの周囲の方はいい顔をしないですよ」
「前にも言ったけど、誰にも何も言わせない」
「そういうものじゃないと思うんです……。今は良くても、将来きっと弊害が出てきます。将来を見据えてらっしゃるなら、尚更、良くないと思います。川村さんに相応しい方、わたしじゃなくて、もっと他にいらっしゃるはずですから。今日はそれを伝えたかったんです……最後に言うことになって、ごめんなさい……」
(わたしは、汚い女なんですよ……ヤクザと寝る女なんです……)
 それを知ったら幻滅するはずだ、と思ったがそのことは口にしなかった。誰にも言うつもりはない。
「じゃあ、俺の会社に、転職する気はない? ミヅキちゃんは経理のスキルあると思うし、そしたら……」
「そういうのも、遠慮させてもらえますか」
「……そっか」
 川村はなんとかして聡子とつながりを持っていたいようだったが、頑なな態度に小さく溜息をついた。
「決意は固いみたいだね?」
「はい」
「じゃ、じゃあ、俺の名刺、もう一度これ渡すから。何かあったら連絡……待ってるから。待ってる、ずっと待ってるから。暇持て余してどこかいきたい時とか、美味しいもの食べたい時とか、そんなことでもいいから。都合よく呼び出してくれていいから」
(都合よく呼び出す……)
 自分がトモに呼び出された時のように、今度は川村を呼び出せというのか。そんなことをしたら……川村を傷つけてしまう。自分がした思いを人にはさせくない。
 聡子の意図をしらない川村は、
「お店にも行くから」
 そう言った。
「客としてなら、ミヅキちゃんに会いに行ってもいいよね……?」
 聡子は答えず、シートベルトを外し車から降りた。
「ありがとうございました」
 頭を下げて、背中を向けて駆け出した。
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