120 / 198
【第2部】26.若
6
しおりを挟む
答えはわかりきっている。
絶対に「いいえ」だ。
「俺は嘘が嫌いだ。これは三度目だな」
ごくり、と慶太が息をのむ音が聞こえた気がした。
「すみません! 嘘です! 健人が『神崎組』って言ったので、俺も合わせてしまいました。すみません! こんなことになるとは思ってなかったんです……!」
慶太は頭を下げた。
「俺はどうなるんでしょうか!? 指を切らないいといけないんでしょうか、落とし前つけなきゃけないんでしょうか!? 上納金が必要なんでしょうか!? 組に入らないといけないんでしょうか……」
ぷっとトモは笑った。
景虎も、あははっと笑い出した。
「なんだよソレ。ヤクザをなんだと思ってんだよ」
「え……」
「心配すんな。そんなことしたりしねえよ。何の映画やドラマだよ……」
車は、かつて事務所と元組長の家があった場所の前に着いた。高虎の生家があった場所でもある。今は更地になり売り出されているが、ずっと買手は決まっていない。神崎会長は、買い取って何かの施設を造るかと考えているようだが、現実は難しいようだ。
「ここは、昔神崎組の事務所があった場所だ」
「え……」
慶太は窓越しにその更地を見た。
「今は……」
「解体したんだよ、五年近く前に。だから神崎組はもう存在しない」
「えっ……てことは、俺らが言ったことは……」
「嘘だって最初っからバレてるよ。それでもバックれてたからさ、ちょっと揶揄ってやろうと思って」
「……はあ……」
「はあ、じゃねえよ。勝手に人の組の名前出しやがって。そういう輩がいるせいで、サッパリ忘れ去られたいのに出来ねえんだよ。堅気で生きて藻掻いてる人間もいるんだからな」
すみません、と慶太は蚊の泣くような声で詫びた。
高虎は、生家があったはずのその更地を見つめている。トモもかつてはここに出入りしていた。思い出というものはないが、懐かしみはあった。
「さあて、そろそろ解放してやるかな」
その言葉に慶太は背筋を伸ばした。
「おまえの連絡先、教えろ」
「ひっ……」
「別におまえにどうこうしようって腹はないよ」
「は、はい」
「ちょっと金髪君の動向について、情報が欲しいだけだ。いいよな?」
こくこく、と言われるがままに慶太は頷いた。
「あいつ、神崎組の名前出しやがったからな。ちょっとイタい目見せてやんねえと。すぐに身元割れるしな。あっ、もちろん合法的にだよ?」
二人はスマホを取り出し、メッセージのID交換をした。
「それ以外にも、何か困ったことがあれば連絡寄越せ。バイトの融通とか、女の子の融通もやってるし」
「神崎さん、さっきそいつに『彼女作れ』って言いましたよね、矛盾してませんか」
「金払ってプロとヤるのはいいだんよ」
「…………」
慶太は困惑している様子だった。早くこの場から逃げ出したいのは明白だ。
「電話番号もIDも変えるのはナシだからな。君の身元もすぐ割れるからねえ」
「は、はいっ」
「俺から連絡して返信なかったら……どうなるか」
「変えません!」
どうこうしようという腹はない、と言ったのは少々怪しいと思うトモだった。
「金髪君に、どうなったか訊かれたら適当に言っとけよ。おまえが逃げたせいで俺だけが痛い目に遭わされたとか、そこそこ盛っておけばいいよ。神崎組が解体してることも知らないみたいだから、そのまま何も言わなくていい。無知のままにしとけ。あいつと一気に手を切るのが難しいなら、俺に目ぇつけられたから、おまえまで迷惑かけたらやばいんで、とかなんとか言って離れていけばいいんだよ。あの金髪、マジでバカそうだし、すぐおまえと手を切ってくる」
「……は、はい」
よおし、と高虎は車から降りようとして、慶太の顔が明るくなったが、
「トモ、おまえも何か言っときたいことあるかあ?」
一瞬にして沈んだ。
高虎はトモに声をかけたが、
「いや、俺は……」
と口ごもった。
「あ」
「何かあるなら言っとけば」
「……いや、特にはない、ですね。まあ、俺の女にブスって言ったことは許せないし、腕掴んで怯えさせたり、コーヒーかけようとしたことは絶対に許す気はないですけど。あいつに手出していいのは俺だけだってのは、もう言わなくてもわかるだろうし、これ以上言うことはないです」
「……だってさ」
高虎は慶太にそう言った。
「は、はは、はいっ! 申し訳ありませんでした!」
「こんな強面でも彼女にはメロメロだから。君もそんなふうになりなよ」
「はいっ」
じゃあそろそろ解放してあげようかな、と高虎は車を降り、慶太を下ろした。
「じゃ、行ってよし」
「あの、すみませんでした」
「おう。じゃあな」
「し、失礼します」
慶太はぎこちなくお辞儀をして逃げるように去っていった。
絶対に「いいえ」だ。
「俺は嘘が嫌いだ。これは三度目だな」
ごくり、と慶太が息をのむ音が聞こえた気がした。
「すみません! 嘘です! 健人が『神崎組』って言ったので、俺も合わせてしまいました。すみません! こんなことになるとは思ってなかったんです……!」
慶太は頭を下げた。
「俺はどうなるんでしょうか!? 指を切らないいといけないんでしょうか、落とし前つけなきゃけないんでしょうか!? 上納金が必要なんでしょうか!? 組に入らないといけないんでしょうか……」
ぷっとトモは笑った。
景虎も、あははっと笑い出した。
「なんだよソレ。ヤクザをなんだと思ってんだよ」
「え……」
「心配すんな。そんなことしたりしねえよ。何の映画やドラマだよ……」
車は、かつて事務所と元組長の家があった場所の前に着いた。高虎の生家があった場所でもある。今は更地になり売り出されているが、ずっと買手は決まっていない。神崎会長は、買い取って何かの施設を造るかと考えているようだが、現実は難しいようだ。
「ここは、昔神崎組の事務所があった場所だ」
「え……」
慶太は窓越しにその更地を見た。
「今は……」
「解体したんだよ、五年近く前に。だから神崎組はもう存在しない」
「えっ……てことは、俺らが言ったことは……」
「嘘だって最初っからバレてるよ。それでもバックれてたからさ、ちょっと揶揄ってやろうと思って」
「……はあ……」
「はあ、じゃねえよ。勝手に人の組の名前出しやがって。そういう輩がいるせいで、サッパリ忘れ去られたいのに出来ねえんだよ。堅気で生きて藻掻いてる人間もいるんだからな」
すみません、と慶太は蚊の泣くような声で詫びた。
高虎は、生家があったはずのその更地を見つめている。トモもかつてはここに出入りしていた。思い出というものはないが、懐かしみはあった。
「さあて、そろそろ解放してやるかな」
その言葉に慶太は背筋を伸ばした。
「おまえの連絡先、教えろ」
「ひっ……」
「別におまえにどうこうしようって腹はないよ」
「は、はい」
「ちょっと金髪君の動向について、情報が欲しいだけだ。いいよな?」
こくこく、と言われるがままに慶太は頷いた。
「あいつ、神崎組の名前出しやがったからな。ちょっとイタい目見せてやんねえと。すぐに身元割れるしな。あっ、もちろん合法的にだよ?」
二人はスマホを取り出し、メッセージのID交換をした。
「それ以外にも、何か困ったことがあれば連絡寄越せ。バイトの融通とか、女の子の融通もやってるし」
「神崎さん、さっきそいつに『彼女作れ』って言いましたよね、矛盾してませんか」
「金払ってプロとヤるのはいいだんよ」
「…………」
慶太は困惑している様子だった。早くこの場から逃げ出したいのは明白だ。
「電話番号もIDも変えるのはナシだからな。君の身元もすぐ割れるからねえ」
「は、はいっ」
「俺から連絡して返信なかったら……どうなるか」
「変えません!」
どうこうしようという腹はない、と言ったのは少々怪しいと思うトモだった。
「金髪君に、どうなったか訊かれたら適当に言っとけよ。おまえが逃げたせいで俺だけが痛い目に遭わされたとか、そこそこ盛っておけばいいよ。神崎組が解体してることも知らないみたいだから、そのまま何も言わなくていい。無知のままにしとけ。あいつと一気に手を切るのが難しいなら、俺に目ぇつけられたから、おまえまで迷惑かけたらやばいんで、とかなんとか言って離れていけばいいんだよ。あの金髪、マジでバカそうだし、すぐおまえと手を切ってくる」
「……は、はい」
よおし、と高虎は車から降りようとして、慶太の顔が明るくなったが、
「トモ、おまえも何か言っときたいことあるかあ?」
一瞬にして沈んだ。
高虎はトモに声をかけたが、
「いや、俺は……」
と口ごもった。
「あ」
「何かあるなら言っとけば」
「……いや、特にはない、ですね。まあ、俺の女にブスって言ったことは許せないし、腕掴んで怯えさせたり、コーヒーかけようとしたことは絶対に許す気はないですけど。あいつに手出していいのは俺だけだってのは、もう言わなくてもわかるだろうし、これ以上言うことはないです」
「……だってさ」
高虎は慶太にそう言った。
「は、はは、はいっ! 申し訳ありませんでした!」
「こんな強面でも彼女にはメロメロだから。君もそんなふうになりなよ」
「はいっ」
じゃあそろそろ解放してあげようかな、と高虎は車を降り、慶太を下ろした。
「じゃ、行ってよし」
「あの、すみませんでした」
「おう。じゃあな」
「し、失礼します」
慶太はぎこちなくお辞儀をして逃げるように去っていった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
17
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる