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【第2部】26.若
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高虎は今度は助手席に乗り込んだ。
「さあて、どうするかな。トモの彼女ちゃん、どうなった? 連絡来てる?」
「あ」
トモは慌ててスラックスのポケットを探り、スマホを取り出す。
ピカピカとランプが光っており、聡子からのメッセージが届いていることがわかった。
「なんて?」
「いくつか来てまして……。返事しなかったせいか、クリーニング屋に寄ってからアパートに戻ると」
「迎えに行く?」
「あー……そうですね、車を駐車場に駐めたままなので、それを取りに行かないといけません。そのあと彼女を追いかけます」
「あの子、お怒りモード?」
「え? いや、怒ってはないと思いますけど。だいたいこんなことで怒るような女じゃないですよ」
「俺の奥さん、返事しないと鬼電してくるんだよなー」
「彼女は、そんなことはしてこないですね」
取りあえず、元の場所近くの駐車場へと向かう。
「今日さ、奥さんに頼まれてあの通りにあるケーキ屋に向かうところだったんだよ」
「えっそうなんですか」
「仕事中なのにな……容赦ない奥さんなんだよ」
「早く買いに行かないとまずくないですか」
「うん、まあ、これから行くよ。可愛い娘ちゃんが食べたいっていうからさあ」
「奥様じゃないんですね」
なんだかんだ家庭サービスをしているようだ。もしかして奥さんの尻に敷かれているのか、と現実を知って一瞬哀れに思ったが、それはそれで幸せなのだろう。
何より娘を溺愛している様子だ。
「俺も変わったけど、おまえも変わったよなあ」
「そうですか?」
「うん、変わった。マジで一人に絞るなんて信じられない。けど、あの子にベタ惚れなのを見て、おおおって思ったよ」
あの子がおまえを変えたんだな、と高虎は笑った。
「まあ、そう、ですね」
昔はこの男にとても可愛がってもらった。腕っ節が強いとって引き上げてくれたのも彼だ。その一方で、
「絶対に刺青は入れるな」
と言われた。
その頃には、組を継がずに足を洗って堅気になろうとしていたのだろう。
また、女を抱くことを教えてくれたのも高虎だった。
「女を知っといたほうがいい」
なんだかんだで世話になった事実がある。
「あの子、いくつ?」
「年ですか? 二十二、ですね」
「トモよりいくつ下になる?」
「十です」
「結構離れてるのか」
「まあ……」
「年の差とか関係ないし。お互い好きならさ、別にいいと思うよ。トモは若く見えるし」
「……神崎さんのほうが若く見えますけどね」
高虎は自分より年上だが、年下に見える。強面の自分より顔もいい、自分で言うだけのことはある。
「ははっ。まあ、よかったな。本気の女ができたなら」
高虎は嬉しそうな声色だった。
「俺のせいで女の味知っちゃったからさ、恋愛とかできなくなったかもなあって、悪いことしたなって思ってたんだよね」
「そんなことは、ないです。そのおかげで本気で惚れる女に出会えましたし」
「おおう、言ってくれるねえ」
トモのはっきりとした口調に、にやりと笑った。
「なあなあ、あの子とどんなセックスしてんだよ」
「な、なんで、そ、そんなことを神崎さんに言わなきゃいけないんですか」
「えー、知りたいじゃん。本気の女とはどんなセックスしてんのかなって。トモは女の評判めちゃくちゃいいからさ……。上手だとか優しいとか女たちが言ってたからさあ。じゃあ本気の相手はどうなんだって気になるんだよ」
なんなんだこの男は、とトモは白い目で見る。
昔は高虎の質問をはぐらかすことが出来ないでいた。今日も恐らく逃げることができない気はしている。
「……普通、ですよ」
「普通って? 場所はホテル? 部屋? どっちから誘うの? 道具使う? 口でしてくれるの? 胸けっこうあったから挟んでくれたりする? あの子のキツい? 数の子天井だっけ。いいよなあ、どんな感じなんだろうなあ。俺もヤりたいなあ。数の子天井って気持ちいい? 頻度はどれくらい? 喘いだりするの?」
「腹立つ質問多過ぎです」
「えー、知りたいじゃん」
「知りたいのは神崎さんだけでしょう」
面倒くさいなあ、と呟いた。
「俺のこと面倒くさいって言った? 酷いなあ」
「なんとでも言ってください」
「で? 彼女ちゃんと今までの女、どっちが気持ちいい?」
やはり高虎はしつこい。
「彼女に決まってるじゃないですか!」
「おまえが誘うパターンが多いってことか」
「なっ……」
「あの子気が強そうだし、たまにはあの子から言わせるように仕向けてみろよ。マンネリ防止になるぞ~。気の強い女を征服するのがいいって昔言ってたことあっただろ」
別にマンネリなんて、とトモは言い返した。
「だいたい、よくそんな俺が言ったふざけた台詞を覚えてましたね……」
聡子にも言ったことがある気がするが、本当にふざけた台詞だったと思っている。
「ああいう子ってさ……ツンデレタイプだよな」
「知りませんよ!」
「気が強いくせにセックスの時は従順で素直になんの、めちゃいいよなあ」
聡子のことを言い当てられているようでイラッとした。
「はいはいはい、俺の話はもう終わりです!」
なんで性事情を人に話さなきゃいけないんだよ、と顔を赤らめる。
強制的に終了させ、今日は高虎の大方の質問を無視することができた。
トモが車を高虎に返すと、運転席に彼は乗り込んだ。
「じゃあ行くわ。ケーキ買ったら仕事戻らないといけないし」
「はい」
「今日はおまえに会えてよかったよ。元気そうだし、何より幸せそうで安心した」
「そう、ですか」
「彼女ちゃんによろしく。まあ俺のイメージ激悪だろうけど。結婚するときは教えてくれ、祝いくらいは送るよ」
「……気が早いですよ」
「一生結婚しないって言ってたの、撤回しろよ。楽しみにしてるからなー」
じゃあな、と高虎は窓から手を出してひらひらとさせて走り去った。
車が見えなくなるまで、トモは見送った。
やがてトモは踵を返し、自分の車のある駐車場へと向かった。
「さあて、どうするかな。トモの彼女ちゃん、どうなった? 連絡来てる?」
「あ」
トモは慌ててスラックスのポケットを探り、スマホを取り出す。
ピカピカとランプが光っており、聡子からのメッセージが届いていることがわかった。
「なんて?」
「いくつか来てまして……。返事しなかったせいか、クリーニング屋に寄ってからアパートに戻ると」
「迎えに行く?」
「あー……そうですね、車を駐車場に駐めたままなので、それを取りに行かないといけません。そのあと彼女を追いかけます」
「あの子、お怒りモード?」
「え? いや、怒ってはないと思いますけど。だいたいこんなことで怒るような女じゃないですよ」
「俺の奥さん、返事しないと鬼電してくるんだよなー」
「彼女は、そんなことはしてこないですね」
取りあえず、元の場所近くの駐車場へと向かう。
「今日さ、奥さんに頼まれてあの通りにあるケーキ屋に向かうところだったんだよ」
「えっそうなんですか」
「仕事中なのにな……容赦ない奥さんなんだよ」
「早く買いに行かないとまずくないですか」
「うん、まあ、これから行くよ。可愛い娘ちゃんが食べたいっていうからさあ」
「奥様じゃないんですね」
なんだかんだ家庭サービスをしているようだ。もしかして奥さんの尻に敷かれているのか、と現実を知って一瞬哀れに思ったが、それはそれで幸せなのだろう。
何より娘を溺愛している様子だ。
「俺も変わったけど、おまえも変わったよなあ」
「そうですか?」
「うん、変わった。マジで一人に絞るなんて信じられない。けど、あの子にベタ惚れなのを見て、おおおって思ったよ」
あの子がおまえを変えたんだな、と高虎は笑った。
「まあ、そう、ですね」
昔はこの男にとても可愛がってもらった。腕っ節が強いとって引き上げてくれたのも彼だ。その一方で、
「絶対に刺青は入れるな」
と言われた。
その頃には、組を継がずに足を洗って堅気になろうとしていたのだろう。
また、女を抱くことを教えてくれたのも高虎だった。
「女を知っといたほうがいい」
なんだかんだで世話になった事実がある。
「あの子、いくつ?」
「年ですか? 二十二、ですね」
「トモよりいくつ下になる?」
「十です」
「結構離れてるのか」
「まあ……」
「年の差とか関係ないし。お互い好きならさ、別にいいと思うよ。トモは若く見えるし」
「……神崎さんのほうが若く見えますけどね」
高虎は自分より年上だが、年下に見える。強面の自分より顔もいい、自分で言うだけのことはある。
「ははっ。まあ、よかったな。本気の女ができたなら」
高虎は嬉しそうな声色だった。
「俺のせいで女の味知っちゃったからさ、恋愛とかできなくなったかもなあって、悪いことしたなって思ってたんだよね」
「そんなことは、ないです。そのおかげで本気で惚れる女に出会えましたし」
「おおう、言ってくれるねえ」
トモのはっきりとした口調に、にやりと笑った。
「なあなあ、あの子とどんなセックスしてんだよ」
「な、なんで、そ、そんなことを神崎さんに言わなきゃいけないんですか」
「えー、知りたいじゃん。本気の女とはどんなセックスしてんのかなって。トモは女の評判めちゃくちゃいいからさ……。上手だとか優しいとか女たちが言ってたからさあ。じゃあ本気の相手はどうなんだって気になるんだよ」
なんなんだこの男は、とトモは白い目で見る。
昔は高虎の質問をはぐらかすことが出来ないでいた。今日も恐らく逃げることができない気はしている。
「……普通、ですよ」
「普通って? 場所はホテル? 部屋? どっちから誘うの? 道具使う? 口でしてくれるの? 胸けっこうあったから挟んでくれたりする? あの子のキツい? 数の子天井だっけ。いいよなあ、どんな感じなんだろうなあ。俺もヤりたいなあ。数の子天井って気持ちいい? 頻度はどれくらい? 喘いだりするの?」
「腹立つ質問多過ぎです」
「えー、知りたいじゃん」
「知りたいのは神崎さんだけでしょう」
面倒くさいなあ、と呟いた。
「俺のこと面倒くさいって言った? 酷いなあ」
「なんとでも言ってください」
「で? 彼女ちゃんと今までの女、どっちが気持ちいい?」
やはり高虎はしつこい。
「彼女に決まってるじゃないですか!」
「おまえが誘うパターンが多いってことか」
「なっ……」
「あの子気が強そうだし、たまにはあの子から言わせるように仕向けてみろよ。マンネリ防止になるぞ~。気の強い女を征服するのがいいって昔言ってたことあっただろ」
別にマンネリなんて、とトモは言い返した。
「だいたい、よくそんな俺が言ったふざけた台詞を覚えてましたね……」
聡子にも言ったことがある気がするが、本当にふざけた台詞だったと思っている。
「ああいう子ってさ……ツンデレタイプだよな」
「知りませんよ!」
「気が強いくせにセックスの時は従順で素直になんの、めちゃいいよなあ」
聡子のことを言い当てられているようでイラッとした。
「はいはいはい、俺の話はもう終わりです!」
なんで性事情を人に話さなきゃいけないんだよ、と顔を赤らめる。
強制的に終了させ、今日は高虎の大方の質問を無視することができた。
トモが車を高虎に返すと、運転席に彼は乗り込んだ。
「じゃあ行くわ。ケーキ買ったら仕事戻らないといけないし」
「はい」
「今日はおまえに会えてよかったよ。元気そうだし、何より幸せそうで安心した」
「そう、ですか」
「彼女ちゃんによろしく。まあ俺のイメージ激悪だろうけど。結婚するときは教えてくれ、祝いくらいは送るよ」
「……気が早いですよ」
「一生結婚しないって言ってたの、撤回しろよ。楽しみにしてるからなー」
じゃあな、と高虎は窓から手を出してひらひらとさせて走り去った。
車が見えなくなるまで、トモは見送った。
やがてトモは踵を返し、自分の車のある駐車場へと向かった。
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