大人の恋愛の始め方

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【第3部】祐策編

25.手伝い

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 今日、浩輔が神崎邸を出て行く。
 トモが引っ越す日には、同居人三人で手伝いをした。
 今日も、トモ、浩輔、和宏、そして浩輔の恋人、トモの恋人、さらに真穂子までやって来た。トモは仕事で参加できない予定だったが、急遽手伝いが出来ることになったようだ。
 祐策は会社のトラックを借り、荷物の運搬を手伝ったのだが、今回も会社に事前に依頼して拝借することが出来た。
 トモたちの時は荷物がとても少なく、早かったが、今回は浩輔の恋人に荷物がそれなりにあったようで、女子二名投入することになったのだ。
 トモの恋人の聡子は、
「先日、お手伝いしていただきましたので」
 と喜んで来てくれた。また真穂子も、
「こないだ手伝えなかったからね。今回はわたしも手伝わせて!」
 とこちらも意気揚々と登場した。
「皆さん、ありがとうございます」
 浩輔の恋人は、
(ん? 高校生か?)
 と思うくらい小柄だった。
 それは言ってはいけない、とあとで浩輔に言われ、口にしなくてよかったと心底思った。
 小柄ではあるが、てきぱきとしていた。
 トモの引越は、晩秋だったが、浩輔は年が明けてからのことだ。寒い時期だが、二月後半から三月四月は学生や新社会人の引越シーズンと被るということで、二月のこんな時期になってしまったようだ。
 祐策はトラックの運転的に乗り込んだ。助手席に浩輔が乗る予定だ。あのメンバーは二組に分かれて浩輔たちの新居に向かう。道案内の浩輔の恋人・舞衣たち女子三人が真穂子の車に乗り、その後ろをトモと和宏が追うという算段だ。
 神崎邸を出る際、見送りに来た神崎会長と、今日は休みのはずの早朝家政婦の松田が来てくれて見送ってくれた。家政婦の松田は、おむすびと、ちょっとしたおかずを作ってくれたようで、昼に食べてくれと舞衣に持たせていた。
 神崎会長に、浩輔は深々と頭を下げ、世話になったことを伝えていた。トモの時もそうだったが、涙を堪えたような顔をしていた。神崎のほうも、嬉しさと寂しさを合わせたような何とも言えない、それでも寂しさのほうが勝った表情で浩輔を見ていた。
 ひとしきり言葉を交わした後、助手席に浩輔が乗り込んできた。
「待たせた。行くか」
「うん」
 窓を開け、浩輔が半ば身を乗り出した。
「会長! 松田さん! 世話になりました!」
 大きく手を振った。
「また来ます!」
「走るぞー」
 祐策の言葉に返事はせず、浩輔が手を振り続けた。
 ルームミラーで後方を見ると、会長と松田も手を振っていた。
 自分じゃないのに、なんだか胸が苦しくなる祐策だった。


 市役所に勤めているという浩輔の恋人の舞衣が、自転車で通勤できる範囲に二人の新居となるアパートがあった。浩輔は自動車整備会社には車で通勤するらしいが、神崎邸から通うのと大差はないらしい。
 荷物はあっても人数がいるので、運び込みはスムーズだった。
 男衆は段ボールを運び、部屋の女子三人が部屋ごとに運ぶ。舞衣の指示で、こっちの部屋あっちの部屋へ、と運んでくれている。
 荷物を運び込むだけでいい、と浩輔と舞衣は言ったが、
「すぐに使うものだけはセットしたほうがいいのでは」
 と、トモの恋人の聡子の意見に二人は賛同した。
「洗面所関係と食器棚とか、その辺りだけでも」
「なるほど」
 食器などは緩衝材や新聞紙、そして自分たちのタオルに包んでおり、女子たちが手早くしまってくれた。
(おー……三人とも手際いいな……)
 タオルに包んでいるのは、処分するものを少なくするためのことらしい。
 祐策は心の中のメモに記入した。あとで訊くと、真穂子も同じように、参考になるわと思ったらしい。
 緩衝材などは処分するためビニール袋に分別してまとめ、タオルは洗濯かごに放り込んでいた。
「緩衝材とかはうちの会社で引き取るから、トラックの荷台に載せとこう」
「うん、そうだな。先に載せとくか」
 真穂子の意見に祐策が頷いた。
「悪いな」
 浩輔は申し訳なさそうだ。
「そしたら、邪魔にならなくてすむでしょうし」
 ありがとうございます、と舞衣が頭を下げた。

 取り急ぎの作業が終わり、祐策はトラックを移動させなければいけなかった。
「ちょっと、公園のパーキングに入れてくる」
「あ、うん、わかった」
 真穂子と一緒に祐策が立ち上がった。
 このアパートの駐車場を、大家や住人の好意で、搬入トラックを駐車するために、一時的に他の部屋の駐車場スペースを借りている状況だ。大家が住人に依頼し、特定の時間まで貸してもらっているため、約束の時間が迫り、祐策が立ち上がったのだ。近くに大きな公園があり、来園者用の有料駐車場も備わっているので、そこに置いてこようということになったのだ。他の二台の車もここに駐車しているらしい。
 真穂子はトラックを誘導するために、一緒についてきた。
「あ、じゃあ、俺、大家さんに終わったって言ってくる」
「わたしも行かないと」
「いいよ、俺一人でいいだろ」
「えー、でも印象悪くない?」
「じゃあ行く?」
「行く」
 そこイチャつくな、と祐策は言いかけて口をつぐんだ。
「じゃ、ちょっと置いてきます」
「俺は大家さんとこ」
 それぞれは出て行き、トモ、和宏、聡子の三人が留守番を任された。
 アパートの駐車場から出るまでは真穂子が見てくれていたが、公園までは一人で走った。
 浩輔たちのアパートの部屋に戻ると、皆は家政婦の松田が作ってくれたおむすびとおかずを広げ始めているところだった。床に風呂敷を敷いて、皆もどっかり腰を下ろしている。
「お茶足りなかったら、まだありますよ」
 作業中のお茶とは別に、真穂子は昨日のうちにお茶を買ってきていたようで、二リットルのペットボトルを用意してくれた。
(めっちゃ気が利く)
 作業中のお茶は、舞衣と聡子が用意してくれたらしい。
(女子たち気が利く人ばっかだな)
 でも真穂子が一番、と勝手に惚気たことは誰にも言えない。
 おむすびを食べながら、わいわいと七人は話をする。
 個別には面識がある間柄もあるようだが、こうして恋人同伴で集まるのは初めてだ。これからもあるのかないのかはわからないが、そうそう集まれるメンバーではない。
「聡子ちゃんって、わたしの高校の後輩なんだって」
「え、そうなの!?」
 真穂子が、トモの恋人の聡子といつの間に込み入った話をしたのか、同じ高校の卒業生であることがわかったと喜んでいる。
「電卓八段なんだって、負けたーっ」
 周囲が目を丸くして驚いている。
 祐策も驚いたが『すごい』のレベルがわからない。
「真穂子は?」
「わたし六段」
「いや、どっちもすごいってことはわかる」
 浩輔が苦笑しながら言った。
「商業科だから、みんなそういう資格はあるだけですよ」
 聡子は控えめに言った。
 体力的疲労はあるが、なんだか楽しい時間を過ごした祐策達だった。
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