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【第4部】浩輔編
18.合格祝
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舞衣が、市役所の採用試験に合格したという。
八月の下旬になろうかと言う頃に、メッセージが届いた。
《よかったな》
と送ると、礼の言葉のあとに、電話をしたかったのだろうけれど、躊躇ったようなメッセージが追加で送られてきた。
(電話してやるか?)
浩輔のほうから電話をすると、電話口の向こうで舞衣が慌てふためいているのがわかった。
『ど、どうしたの電話なんて』
「掛けない方がよかったか?」
『そんなことはないよ』
「ならいいけど。……で、舞衣、おめでと。よかったな」
『ありがとう!』
声が弾んでいる。
子供の頃……というか、知っている舞衣はおどおどしていたような気がするが、こんなに感情を昂ぶらせるんだと知って少し嬉しくなってしまった。
(昂ぶらせる……)
少し前に舞衣のあらぬ姿を妄想して自慰に耽った事を思い出し、邪念を振り払った。
「やべ」
『どうかした?』
「なんでもない」
『そう?』
そうだ、とあたかも今思いついたかのように浩輔は口を開いた。
「祝いに、なんか飯でも食いに行くか? 遊びに行くのでもいいし」
『えっ』
「嫌ならいいけど」
『イヤじゃない、嬉しい……』
電話越しだが、舞衣の気持ちが伝わってきた。
「じゃあ、とりあえず、舞衣を迎えに行く。いつがいい?」
二人は予定を決めた。
***
現れた舞衣は、女子大生らしい出で立ちだった。
日曜日。
(結構……可愛い……)
水色のパステルカラーの半袖のカットソーを着て、丈が長めのスカート。ふわふわした印象だ。どこにでもいそうな女子大生に見える。どんな服装が流行だとかそういうことは知らないが、違和感はない。
待ち合わせの公園の駐車場で、舞衣を待っていたが、すぐにはわからなかった。今の舞衣はパン屋の舞衣くらいしか知らないからだ。
まじまじと見つめていると、
「変かな?」
と困ったような顔をした。
「いや、変じゃない。可愛いと思って」
「か、可愛い!?」
「うん」
赤くなる舞衣を見て、
「嘘は言ってない」
と言い繕った。
しかしそれは逆効果だったようで、益々彼女は湯気が出そうなくらい赤くなった。
「車、乗って」
助手席のドアを開け、乗るように促した。
すぐに乗ってくれるかと思いきや、舞衣はなぜが困ったように浩輔を見た。
「どうした?」
「あの……助手席に乗ってもいいのかな」
「もちろん。どうぞ」
おずおずと乗り込む舞衣に、
「タクシーじゃないんだし、後ろのほうがいいなら構わないけど」
「ご、ごめん、特に嫌とかはなくて」
失礼します、と舞衣は言った。
スカートが挟まれないように、と確認し、浩輔はドアを閉めた。
「じゃ、まずは食事に行こう。舞衣は何が食べたいか考えてきたか?」
「あ、うん。三原君はパスタは大丈夫?」
「うん、平気。寧ろ好き」
「じゃあ、このお店……行ってもらっていい? 生パスタのお店で、あとフランスパンが付いてくるんだって。種類も選べるし、シェアも出来るって」
舞衣はスマホを取り出し、気になっていたらしい店のサイトを見せてくれた。
「へえー、こんな店があるんだ」
自分の行く店といえば、安くて量のある店や、反対に高虎に連れていってもらうような店か、偏っている。おしゃれな店にはなかなか行く機会がなかった。
「よし、じゃあ、行くか。予約なしでも入れる店だよな?」
「うん、大丈夫そう」
ナビがなくても道は大丈夫そうだが、念のため、その店を登録し、出発することにした。
「舞衣はこの店に行ったことはないのか?」
「うん、自分ではなかなか行けないなあって」
「友達とは?」
「うーん、なかなかタイミングが合わなくて。一人で行こうにも、ちょっと遠いし」
「そっか。もし行きたい店があれば俺に言えよ、俺が連れてってやるよ」
「え……いいの?」
舞衣の声が上ずる。
「いいよ。予定がなければだけど」
「そう……」
隣の舞衣をルームミラー越しに見ると、今日はパン屋で見かける時よりしっかりメイクをしているようだ。目元にふんわりとした色が入っている。バーで遭遇したときは、かなり濃いめのメイクだったが、仕事柄仕方がなかったのだろう。今日のほうが可愛いと思った。
(大人になったんだな……)
唇に色もついているし、頬も少し色が付いている。
そういえば舞衣は、子供の頃は身体が弱かったはずだ。いつの間にか、人並みにはなっていたようだが。
「舞衣、車酔いはないか?」
「大丈夫」
「小学生の頃、バス遠足の時、よく酔ってたよな」
「……そんなこと、よく覚えてるね」
「まあな」
バスに乗ると乗り物酔いをする児童がいたものだが、舞衣がそれだった。新聞紙とビニール袋で作ったエチケット袋を持参していたことを思い出したのだ。
「で、大丈夫か?」
「うん、最近は大丈夫。三原君の運転は平気よ」
「俺の運転はって……?」
言葉が気になり、思わず問い返した。
「他の人の運転だと酔ったことあるのか?」
「あ……えっ、その……」
舞衣は一瞬しまったという表情を見せた。
「別に気にしねえよ。彼氏か?」
(まさか男がいるのか……)
チクリ、胸が痛んだ。
「えと……以前に、付き合ってた人、あんまり運転が上手じゃなかったみたいで、結構荒っぽくて……よく気分悪くなってしまったていうか……」
「そうか」
「三原君はそんなことないからね!?」
「気分悪くなったら言えよ? まあ俺の運転で酔った人間いないし。車に携わる仕事してるし、車は大事に扱うよ、俺はね」
お客様の車の修理をして試運転をする時も、社用車を運転する時も、安全運転を心がけている。
「大丈夫だと思う。発進もすごく滑らかだったもん」
「普通だと思うけど。その相手、よっぽど下手か、性格が荒かったか、だな」
苦笑するしかなかった。
(その男って、セックスもそんな感じだったんだろうな)
「自分で言うけど、俺は下手じゃないと思うし、よほどじゃなきゃ荒くはならないよ。けど、気分悪くなったらすぐ言えよ。なんとかするから、さ」
「うん、ありがとう」
舞衣の付き合っていた男はどんなやつだったんだろう、と浩輔は考える。訊いてみたいが訊いてもどうしようもない。今はつきあってはいないようだし、知っても仕方が無いと思うことにした。
ミラー越しの彼女は、なぜか嬉しそうに前を見ていた。
舞衣が行きたいという店に着くまでに、いろいろな話をした。
まずは舞衣の、公務員試験合格を祝う。
「ありがとう、ほんとに採用試験に合格するなんて、嬉しくて」
「よかったな」
「……うん」
試験に受かった後は、健康診断や面談があって、内定が出るのだと話してくれた。公務員というのは難しいものなんだなと感じた。
(俺には縁が無いけど)
中学時代の同級生はどうしている、同じ中学から同じ高校に行った誰それはどうなっている、など浩輔の知らない情報をいろいろ聞いたが、記憶にない者もいた。
(そもそも高校時代の舞衣のこと、俺は知らないしな……)
どんなふうに過ごしたのだろうかとも考えたが、さほど興味はわかなかった。それより、舞衣のつきあった男がどんな人物だったのだろうか、とそちらに興味が湧いていた。高校一年生の時の男はどうでもいい。同じ施設の女の子からきいた時にはクズなやつだったということだし、そんな男に引っかかっていなければいいが、と思ってしまう。「友達」として心配していしまう自分がいた。
舞衣の話を聞きながら、どこかで話題にならないか、と考えていた。
八月の下旬になろうかと言う頃に、メッセージが届いた。
《よかったな》
と送ると、礼の言葉のあとに、電話をしたかったのだろうけれど、躊躇ったようなメッセージが追加で送られてきた。
(電話してやるか?)
浩輔のほうから電話をすると、電話口の向こうで舞衣が慌てふためいているのがわかった。
『ど、どうしたの電話なんて』
「掛けない方がよかったか?」
『そんなことはないよ』
「ならいいけど。……で、舞衣、おめでと。よかったな」
『ありがとう!』
声が弾んでいる。
子供の頃……というか、知っている舞衣はおどおどしていたような気がするが、こんなに感情を昂ぶらせるんだと知って少し嬉しくなってしまった。
(昂ぶらせる……)
少し前に舞衣のあらぬ姿を妄想して自慰に耽った事を思い出し、邪念を振り払った。
「やべ」
『どうかした?』
「なんでもない」
『そう?』
そうだ、とあたかも今思いついたかのように浩輔は口を開いた。
「祝いに、なんか飯でも食いに行くか? 遊びに行くのでもいいし」
『えっ』
「嫌ならいいけど」
『イヤじゃない、嬉しい……』
電話越しだが、舞衣の気持ちが伝わってきた。
「じゃあ、とりあえず、舞衣を迎えに行く。いつがいい?」
二人は予定を決めた。
***
現れた舞衣は、女子大生らしい出で立ちだった。
日曜日。
(結構……可愛い……)
水色のパステルカラーの半袖のカットソーを着て、丈が長めのスカート。ふわふわした印象だ。どこにでもいそうな女子大生に見える。どんな服装が流行だとかそういうことは知らないが、違和感はない。
待ち合わせの公園の駐車場で、舞衣を待っていたが、すぐにはわからなかった。今の舞衣はパン屋の舞衣くらいしか知らないからだ。
まじまじと見つめていると、
「変かな?」
と困ったような顔をした。
「いや、変じゃない。可愛いと思って」
「か、可愛い!?」
「うん」
赤くなる舞衣を見て、
「嘘は言ってない」
と言い繕った。
しかしそれは逆効果だったようで、益々彼女は湯気が出そうなくらい赤くなった。
「車、乗って」
助手席のドアを開け、乗るように促した。
すぐに乗ってくれるかと思いきや、舞衣はなぜが困ったように浩輔を見た。
「どうした?」
「あの……助手席に乗ってもいいのかな」
「もちろん。どうぞ」
おずおずと乗り込む舞衣に、
「タクシーじゃないんだし、後ろのほうがいいなら構わないけど」
「ご、ごめん、特に嫌とかはなくて」
失礼します、と舞衣は言った。
スカートが挟まれないように、と確認し、浩輔はドアを閉めた。
「じゃ、まずは食事に行こう。舞衣は何が食べたいか考えてきたか?」
「あ、うん。三原君はパスタは大丈夫?」
「うん、平気。寧ろ好き」
「じゃあ、このお店……行ってもらっていい? 生パスタのお店で、あとフランスパンが付いてくるんだって。種類も選べるし、シェアも出来るって」
舞衣はスマホを取り出し、気になっていたらしい店のサイトを見せてくれた。
「へえー、こんな店があるんだ」
自分の行く店といえば、安くて量のある店や、反対に高虎に連れていってもらうような店か、偏っている。おしゃれな店にはなかなか行く機会がなかった。
「よし、じゃあ、行くか。予約なしでも入れる店だよな?」
「うん、大丈夫そう」
ナビがなくても道は大丈夫そうだが、念のため、その店を登録し、出発することにした。
「舞衣はこの店に行ったことはないのか?」
「うん、自分ではなかなか行けないなあって」
「友達とは?」
「うーん、なかなかタイミングが合わなくて。一人で行こうにも、ちょっと遠いし」
「そっか。もし行きたい店があれば俺に言えよ、俺が連れてってやるよ」
「え……いいの?」
舞衣の声が上ずる。
「いいよ。予定がなければだけど」
「そう……」
隣の舞衣をルームミラー越しに見ると、今日はパン屋で見かける時よりしっかりメイクをしているようだ。目元にふんわりとした色が入っている。バーで遭遇したときは、かなり濃いめのメイクだったが、仕事柄仕方がなかったのだろう。今日のほうが可愛いと思った。
(大人になったんだな……)
唇に色もついているし、頬も少し色が付いている。
そういえば舞衣は、子供の頃は身体が弱かったはずだ。いつの間にか、人並みにはなっていたようだが。
「舞衣、車酔いはないか?」
「大丈夫」
「小学生の頃、バス遠足の時、よく酔ってたよな」
「……そんなこと、よく覚えてるね」
「まあな」
バスに乗ると乗り物酔いをする児童がいたものだが、舞衣がそれだった。新聞紙とビニール袋で作ったエチケット袋を持参していたことを思い出したのだ。
「で、大丈夫か?」
「うん、最近は大丈夫。三原君の運転は平気よ」
「俺の運転はって……?」
言葉が気になり、思わず問い返した。
「他の人の運転だと酔ったことあるのか?」
「あ……えっ、その……」
舞衣は一瞬しまったという表情を見せた。
「別に気にしねえよ。彼氏か?」
(まさか男がいるのか……)
チクリ、胸が痛んだ。
「えと……以前に、付き合ってた人、あんまり運転が上手じゃなかったみたいで、結構荒っぽくて……よく気分悪くなってしまったていうか……」
「そうか」
「三原君はそんなことないからね!?」
「気分悪くなったら言えよ? まあ俺の運転で酔った人間いないし。車に携わる仕事してるし、車は大事に扱うよ、俺はね」
お客様の車の修理をして試運転をする時も、社用車を運転する時も、安全運転を心がけている。
「大丈夫だと思う。発進もすごく滑らかだったもん」
「普通だと思うけど。その相手、よっぽど下手か、性格が荒かったか、だな」
苦笑するしかなかった。
(その男って、セックスもそんな感じだったんだろうな)
「自分で言うけど、俺は下手じゃないと思うし、よほどじゃなきゃ荒くはならないよ。けど、気分悪くなったらすぐ言えよ。なんとかするから、さ」
「うん、ありがとう」
舞衣の付き合っていた男はどんなやつだったんだろう、と浩輔は考える。訊いてみたいが訊いてもどうしようもない。今はつきあってはいないようだし、知っても仕方が無いと思うことにした。
ミラー越しの彼女は、なぜか嬉しそうに前を見ていた。
舞衣が行きたいという店に着くまでに、いろいろな話をした。
まずは舞衣の、公務員試験合格を祝う。
「ありがとう、ほんとに採用試験に合格するなんて、嬉しくて」
「よかったな」
「……うん」
試験に受かった後は、健康診断や面談があって、内定が出るのだと話してくれた。公務員というのは難しいものなんだなと感じた。
(俺には縁が無いけど)
中学時代の同級生はどうしている、同じ中学から同じ高校に行った誰それはどうなっている、など浩輔の知らない情報をいろいろ聞いたが、記憶にない者もいた。
(そもそも高校時代の舞衣のこと、俺は知らないしな……)
どんなふうに過ごしたのだろうかとも考えたが、さほど興味はわかなかった。それより、舞衣のつきあった男がどんな人物だったのだろうか、とそちらに興味が湧いていた。高校一年生の時の男はどうでもいい。同じ施設の女の子からきいた時にはクズなやつだったということだし、そんな男に引っかかっていなければいいが、と思ってしまう。「友達」として心配していしまう自分がいた。
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