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第四章 最強編

第168話 未開大陸の決闘

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 三日が過ぎた。

 俺は万全に整えて、再び未開の大陸中央へと舞い戻った。朝出発し、到着したのは昼下がり。

 いまのエアの拘束は、目隠しとそれを外せないようにする空気の帯だけだ。
 エアは巨大岩の上に横になっていたが、俺が飛んできたのを察して岩からそろりと降りた。
 エアの正面に立った俺は、エアの目隠しを外す。

 エアは目を開いたが、顔をしかめてすぐに閉じた。ずっと目隠しをしていたために突然の光は眩しすぎるのだ。

「眩しいだろう? 目が慣れるまで待ってやる」

「けっこうよ。いまならすべてが見えるから」

 エアはほんの一瞬だけ開いた目で俺を見て、空気の操作を開始していた。空間把握モードを展開したのだ。
 空間把握モードは空気を直接見なくても、すでに操作している空気があれば、その空気が触れた空気も位置を把握できる。つまり、波が伝播でんぱするように把握範囲を広げられるのだ。

「そうか。なら遠慮はいらないな。決闘開始だ!」

 俺も即座に空間把握モードと執行モードを展開した。

 空間把握モードにより、空気の流れからエアも空気の鎧を身にまとったことは分かった。
 だが、それは執行モードではない。
 執行モードは硬い空気と柔らかい空気の混合層で自分を覆い、動きやすさと防御力を両立した状態で自分の動きを強化するモードだ。つまり柔と剛を兼ね備えた空気鎧ということ。
 だが、エアがまとっているのはほぼ硬い空気で、間接部分だけがわずかに柔らかい空気で構成されている。
 それはおそらく、空気の操作力で俺を上回る自信があって動きまわる必要がないということだろう。
 か細い体の動きをアシストしたところで、たかが知れている。だからその判断は当を得ている。

 だが、空気の操作力でエアが俺をしのぐというのはおごりだ。
 たしかに精霊だったころのエアは空気操作の本家だし、俺よりも繊細かつ強い操作の力を持っていた。
 しかしエアが人成したいま、その精霊レベルの操作力は俺の力となったし、魔術師であるエアはもはや本家ではなくなっている。
 俺の記憶から魔法を引き出しているにすぎないわけで、その源たる俺より強いはずがない。
 原理上の強弱関係をくつがえすとなると、よほど強い精神力を有しているということになる。

 俺は空へ飛び上がった。同時に後方へ下がり、エアから距離を取る。
 その行動選択はエアも同じだった。距離を開けることで二人の間の空気量を増やせる。
 例えば空気の弾を加速させてぶつける攻撃なんかは距離が必要だ。左右上下だけでなく前からの攻撃も可能になるというのは大きい。
 ということは、お互いの初手が正面からの攻撃だということをお互いが察知したはずだ。

 こうなったらエアはどうするだろう。先に攻撃を仕掛けるが有利と見て攻撃を急ぐだろうか。
 俺はそうはしない。正面に空気の盾を作り、エアの頭上から攻撃をしかける。
 エアの頭上に空気を固めて作った杭を二十ほど作り出し、それをいっせいに降らせる。

 エアは頭上に三角形の屋根を作り、杭を弾いて軌道を逸らした。
 だが弾かれた杭はまだ俺の操作リンクが生きている。今度はエアの左右から挟むかたちで水平方向に飛ばす。
 杭はエアの空気鎧に刺さったが、加速が足りなかったようで、鎧表面でぎ払われた。
 操作リンクも切れたので、今度はエアの攻撃を警戒した。

 やはりエアはすでに攻撃を開始していた。
 俺の周囲を空気の格子が球形になって覆っている。その球形がジワジワと小さくなり、格子が俺に接近してくる。
 拘束のためのものかと思ったが、おそらくそうではない。このまま球形が小さくなりつづければ、俺は細切れにされてしまう。

 そして俺の攻撃がやんだことでエアの意識が球形格子に集中し、その収縮の動きが加速した。

 ひとまず俺は牽制けんせいのために空気の弾丸をエアに撃ち込む。上下左右前後と斜めの全方位から。
 エアの意識が逸れた瞬間に、俺は円錐上の空気の塊をまとい、上方へと突っ込んだ。空気の格子をこじ開け、どうにか球形のおりから脱出することができた。

 エアはまだ空気の弾丸の防御に思考リソースをいている。彼女は空気を固めた多面体で自分を覆い、さっきの屋根のように弾丸を弾いて軌道を逸らしていた。

 俺は弾丸攻撃を続けながら、手元に空気を固めた砲筒を作り出した。そしてその中に圧縮空気を溜める。

「よし」

 圧縮空気は十分に溜まった。
 あとは技の強度や威力を高めるひと押しとして、技につけた名前を叫ぶ。

「エグゾースト・バースト!」

 エアの周囲から銃弾の嵐は消えたが、身動きがとれなかったエアは、そこへ飛んできた圧縮空気の大砲の直撃に甘んじるしかなかった。
 エアは斜め後方に吹き飛ばされ、森の木々を薙ぎ倒しつつ、地面を数十メートルほど滑るようにえぐった。

 砂煙が舞って視界が悪くなったが、彼女が攻撃してくれば空間把握モードですぐに分かる。俺は警戒しながらエアの反応を待った。

 エアはゆっくりと上空に上がってきた。
 そして、こう言った。

「ふーん。痛いわね」

 無表情。怒っているふうでもないし、痛みに顔を歪めているわけでもない。あまり効いていなさそうだ。彼女を覆う空気鎧にほころびはなかった。

「頑丈だな。だが、その鎧はクッション性が足りないんじゃないか?」

「再現度が足りなかったようね。たしかに完全に再現できていたらダメージはなかったと思うわ。あなたの発想力やセンスには感服する。勝率100%でないにしても、敗率0%で私を人成させた資質は伊達だてじゃない。これがもし勝率100%を成し遂げて私を人成させていたなら、私はどれほどの強さを手に入れていたのでしょうね」

「そうだな。魔法再現の能力発動条件が、《見ている人の記憶》ではなく《見たことある人の記憶》から引き出せるってことになっていたかもな」

「そうなっていたら、私がドクター・シータに遅れを取ることもなかったし、エストが私と対等に渡り合っている現状もなかったわね」

「おっと、後半は聞き捨てならないな。対等どころか俺のほうが押しているぜ」

 エアはふふっと笑った。彼女自身は押されているなんて思っていないようだ。
 それも納得できること。なぜなら、本来の彼女の力をフルに発揮できていないのだから。

「でもね、いまここで目を開いてあなたを見てしまえば、あなたの記憶の中の魔法すべてが使えるのよ」

「ほう、目蓋まぶた越しの光で目が慣れてきたか? それでもまだ眩しいと思うぜ。開くならゆっくり開けよ。待っていてやるから」

「その自信は不気味だけれど、さすがにおごりがすぎるんじゃないかしら」

 エアはゆっくりと目を開いた。眼球に差し込む直接の光に何度か顔を背けるが、数秒も経てばしっかりと目を開いて俺を直視できるようになった。

 エアはふふっと笑った。口角の吊り上ったニヤケ顔は、声以上に感情のたかぶりを表している。

「本当に待つなんて、おバカさんね。警戒して損した」

 そして異議を申し立てるかのように、鋭く俺の方を指で差した。

 しかし、何も起こらない。

 エアは何度か繰り返したが、何度やっても結果は同じだ。回数を重ねるごとに、表情に陰りが増していく。
 そしてついには自分のやろうとしていることを口にした。

「おかしい。光が出ない。闇も出ない」

 それを口にした意味は、おそらく、俺に説明を求めているのだ。
 俺が何かしたことは察しているようだが、その確証はなく、要求したところで俺が説明してくれるとも思えないため、俺に説明する気があるのなら自発的に説明させようという魂胆なのだ。
 そういった回りくどくて脆弱ぜいじゃくな心を垣間見せるあたり、エアは完全に人間と成り果てたのだと実感する。

「知りたいか? 教えてやってもいいが、知りたいなら……」

「無条件で教えなさいよ。本当は言いたくてしょうがないんじゃないの? 私は髪の毛一本だろうが言葉一つだろうが、何もあげないし、いかなる要求も呑まないわよ」

 エアのほおがリンゴのように少し膨らんでいる。リンゴほどではないにしろ、少し赤らんでもいる。エアの肌は元々透き通るように白いため、赤らむと余計に目立つ。しかも白いワンピースがそれを際立たせる。しかし、それはそれで眼福たる秀麗さを備えている。

「その表情を見せてもらっただけで十分だ。代価として教えてやるよ。エア、おまえが見ている記憶はおまえ自身の記憶じゃないのか? ちゃんと俺の記憶を見てみろよ」

 エアの眉がピクリと動いた。元々大きな瞳がさらに見開かれる。

「――ッ!? ない! なんでないの!?」

 言われてようやく気づいたようだ。そう、いまの俺の頭の中には、自分の魔法以外の魔法の記憶がないのだ。

「消したからさ。教頭先生の魔術を覚えているか? 記憶を操る魔術だ。その教頭先生に頼んで消してもらったんだよ」

 魔導師たちの魔法だけを選別して消したので、記憶の消去に丸一日かかった。

 これは極めてリスクの高い策だった。
 魔法の記憶を消すためには、俺は自分の記憶を教頭先生にゆだねなければならない。もし教頭先生が俺の記憶すべてを消したり、記憶を戻せるというのが嘘だったりしたら、敵の多い俺には死に直結する事態だ。

 俺は記憶を消してもらう前に、保険として魔法に関する詳細な記録を作っていた。
 もし記憶が戻せないとしても魔法を再把握できるように。これに半日ほどかかった。
 さらには自分が生きてきたこれまでのことを簡潔にまとめた記録を作成した。これも追加で半日ほどかかった。
 こうして万全に整えた上で記憶消去にのぞんだわけだが、仮にほんの少し、魔法以外の部分も消されていたとしても、俺はそれに気づくことができない。保険適用外だ。

 情報を何よりも重視する俺が情報を捨てるなどと言いだしたのだから、教頭先生はかなり驚いていた。その驚きの中には、俺が他人を信用する判断を下したことも含まれていただろう。
 だが、エアに勝つためにはそうするしかなかった。あらゆる魔法を使われたら勝ち目はない。少なくとも、いまの俺にはまだ勝ち目がない。
 空気の操作型魔法でのタイマン勝負をするしか勝つ道は見えなかったのだ。だがそれを思いついただけでも上等ではないか。

「どうした、エア。決闘再開するぞ!」

 エアの顔から生気が失われ、戦意を喪失しているように見受けられるが、牽制として飛ばした空気の弾丸はきっちりと弾いている。
 しかしながら、希望を失ったエアが防戦一方になったことは明白だった。
 俺は畳みかけるように空気の魔法にバリエーションをつけて波状攻撃をしかけた。

 空気の弾丸、空気のハンマーを連続でぶつけ、堅牢な空気鎧の内側にいるエアを揺さぶりつづける。
 怒涛どとうの勢いがあるとはいえ、ひねりのない技ばかりを繰り出しているが、それは仕方のないこと。俺は一方で大技の準備をしているからだ。

 そして、その準備は完了した。
 技の名前はまだない。考えている余裕はないので、少しでも技の威力を高めるために、この言葉によって攻撃開始の起点を定義づける。

「発動!」

 俺と同じく空間把握モードで空気の動きを察知しているエアは、失望から焦燥へと表情の色を変えた。

 決着をつけにかかった俺の一手は、いままさに動きだした。
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