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第一章:氷炎の共鳴
1-3. 歪んだ方程式
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レオンとアルヴィンが吹き飛ばされ、魔力の共鳴が途絶えたその直後。
アグナス軍本陣の最奥。分厚い魔術防壁で外界を遮断した、ヴァルド・キニスの観測室。極端に低く保たれた室温。魔導機関の低い駆動音だけが響く、無機質な空間だ。天井からは無数の黒いケーブルが垂れ下がり、巨大な蜘蛛の巣のごとく中央の魔力解析盤へと繋がっている。
ヴァルドは、オールバックの黒髪に荒々しく指を通し、銀縁の眼鏡を中指で押し上げた。知的な顔が苛立ちに微かに歪む。レンズの奥、深い隈を宿した切れ長の菫色の瞳が、中央の解析盤を鋭く睨みつけていた。
「なんだ?」
観測盤に映し出されていたのは、レオンの生体データだった。彼の体内には、母の死と共に残された幽晶石の破片がへばりつき、それが魔力波形を強制的に送信する探針と化していた。
この探針を通してレオンを監視し、戦場という餌を与え、段階的に魔力を増幅させて「器」として完成させる。それがヴァルドの設計だった。しかし、想定外の接触が引き起こした暴走は、あまりに急激で、赤い波形が頂点を極めた瞬間、奈落へと吸い込まれていた。
増幅ではない。鎮静だ。
兄アリエスが遺した未完の設計図。そして、それを宿しているのが、「フェルム」の名を持つ騎士だという事実。
「魔力凍結の力……そしてランス・フェルムの息子か」
接触した騎士の名を呟く。十八年前に始末した、生意気なイーゼンの騎士団長。その名を継ぐ者が、また私の邪魔をするか。だが、ただの騎士にこれほどの干渉ができるはずがない。
レオンはただの兵器ではない。ステラの魔力を宿した唯一無二の器だ。だが、その力はあまりに強大で、未だ私の支配を拒絶し続けている。無理にこじ開ければ器ごと砕け散り、かといって放置すれば、増大する熱量に耐えきれず内側から燃え尽きるだろう。暴走を抑え込みつつ、魔力だけを極限まで高める。その最終調整を終えるには、残された時間はあまりに少ない。
忌まわしい記憶と、想定外の事態。だが、混乱に呑まれはしない。邪魔な感傷を切り捨て、この危機的状況すらも支配するための解を、恐るべき精密さで計算し始めた。
(……待てよ?)
その時、ヴァルドの脳裏にある仮説が浮かんだ。あの騎士の力は、レオンの暴走を鎮静させた。ならば、それは計画を阻害するバグなどではない。
(過熱を冷ます冷却水……いや、あえて出力を制御するための安全装置として利用できるのではないか?)
この段階で、干渉できる稀有な存在。それをただ排除するのは、科学者としてあまりに惜しい。が、同時に警戒心が警鐘を鳴らす。
(もしあの騎士が、アリエスの妄想した『解放の理論』を完成させる鍵だとしたら?いや、あり得ない。だが、万が一の可能性すら潰すのが私の流儀だ。冷却水として利用できるか、あるいは即座に排除すべき猛毒か。……どちらにせよ、確かめる必要がある)
狂気的な探究心と、絶対的な慎重さが、恐怖を塗りつぶしていく。ヴァルドは室内に設置された通信魔導具のスイッチに手を伸ばす。冷酷な声が、観測室の外にいる副官へと飛ぶ。
「即座に帝都へ帰還する。至急、国王陛下への謁見を申し込め」
通信機からくぐもった「はっ」という声が返ってくる。ヴァルドは一方的に通信を切ると、解析盤上の既に消滅した波形の残像を睨み据えた。
まだ彼の指先は制御しきれぬ不穏な波紋が残っていたが、それを強く握り込んだ。決して頭を抱えたりはしない。湧き上がる恐怖を、全て好機に変換するのだ。
(確かめる必要がある。本当に制御可能な安定化因子なのかどうか。あの騎士を、必ず呼び寄せる)
彼は、次なる実験の準備を開始する。
アグナス軍本陣の最奥。分厚い魔術防壁で外界を遮断した、ヴァルド・キニスの観測室。極端に低く保たれた室温。魔導機関の低い駆動音だけが響く、無機質な空間だ。天井からは無数の黒いケーブルが垂れ下がり、巨大な蜘蛛の巣のごとく中央の魔力解析盤へと繋がっている。
ヴァルドは、オールバックの黒髪に荒々しく指を通し、銀縁の眼鏡を中指で押し上げた。知的な顔が苛立ちに微かに歪む。レンズの奥、深い隈を宿した切れ長の菫色の瞳が、中央の解析盤を鋭く睨みつけていた。
「なんだ?」
観測盤に映し出されていたのは、レオンの生体データだった。彼の体内には、母の死と共に残された幽晶石の破片がへばりつき、それが魔力波形を強制的に送信する探針と化していた。
この探針を通してレオンを監視し、戦場という餌を与え、段階的に魔力を増幅させて「器」として完成させる。それがヴァルドの設計だった。しかし、想定外の接触が引き起こした暴走は、あまりに急激で、赤い波形が頂点を極めた瞬間、奈落へと吸い込まれていた。
増幅ではない。鎮静だ。
兄アリエスが遺した未完の設計図。そして、それを宿しているのが、「フェルム」の名を持つ騎士だという事実。
「魔力凍結の力……そしてランス・フェルムの息子か」
接触した騎士の名を呟く。十八年前に始末した、生意気なイーゼンの騎士団長。その名を継ぐ者が、また私の邪魔をするか。だが、ただの騎士にこれほどの干渉ができるはずがない。
レオンはただの兵器ではない。ステラの魔力を宿した唯一無二の器だ。だが、その力はあまりに強大で、未だ私の支配を拒絶し続けている。無理にこじ開ければ器ごと砕け散り、かといって放置すれば、増大する熱量に耐えきれず内側から燃え尽きるだろう。暴走を抑え込みつつ、魔力だけを極限まで高める。その最終調整を終えるには、残された時間はあまりに少ない。
忌まわしい記憶と、想定外の事態。だが、混乱に呑まれはしない。邪魔な感傷を切り捨て、この危機的状況すらも支配するための解を、恐るべき精密さで計算し始めた。
(……待てよ?)
その時、ヴァルドの脳裏にある仮説が浮かんだ。あの騎士の力は、レオンの暴走を鎮静させた。ならば、それは計画を阻害するバグなどではない。
(過熱を冷ます冷却水……いや、あえて出力を制御するための安全装置として利用できるのではないか?)
この段階で、干渉できる稀有な存在。それをただ排除するのは、科学者としてあまりに惜しい。が、同時に警戒心が警鐘を鳴らす。
(もしあの騎士が、アリエスの妄想した『解放の理論』を完成させる鍵だとしたら?いや、あり得ない。だが、万が一の可能性すら潰すのが私の流儀だ。冷却水として利用できるか、あるいは即座に排除すべき猛毒か。……どちらにせよ、確かめる必要がある)
狂気的な探究心と、絶対的な慎重さが、恐怖を塗りつぶしていく。ヴァルドは室内に設置された通信魔導具のスイッチに手を伸ばす。冷酷な声が、観測室の外にいる副官へと飛ぶ。
「即座に帝都へ帰還する。至急、国王陛下への謁見を申し込め」
通信機からくぐもった「はっ」という声が返ってくる。ヴァルドは一方的に通信を切ると、解析盤上の既に消滅した波形の残像を睨み据えた。
まだ彼の指先は制御しきれぬ不穏な波紋が残っていたが、それを強く握り込んだ。決して頭を抱えたりはしない。湧き上がる恐怖を、全て好機に変換するのだ。
(確かめる必要がある。本当に制御可能な安定化因子なのかどうか。あの騎士を、必ず呼び寄せる)
彼は、次なる実験の準備を開始する。
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