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第二章:葛藤と画策
2-1. 鉄の王座
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国王の怒声が石造りの謁見室を揺さぶり、レオンへ殺気を叩きつける。つんざく怒号に耐え、膝の震えをねじ伏せて立っている。
「申し訳ございません、陛下。すべては、私の慢心が招いた失態です」
そう言って、床に額がつくほど深く平伏した。その声色は、自責の念と忠誠に搖らいでいるように聞こえる。我ながら完璧な演技だと称賛したくなるが、内心は冷めきっていた。
(……よく吠える老犬だ。戦場を知らぬ者が、安全な玉座から吠え立てて何になる)
だが、その完璧な謝罪ですら、高ぶった暴君の激情を鎮めるには至らなかった。その瞬間、ガシャンという激しい破砕音と共に、頭のすぐ横で銀の酒杯が砕け散り、中身の赤ワインがまるで血飛沫のように頬と石床を汚す。
「口ごたえなど聞いておらん!私が求めているのは勝利だ!圧倒的な蹂躙だ!」
漆黒の軍服とマントを波打たせガイウスが立ち上がる。金の鎖がジャラリと鳴り、その一歩だけで室内の空気が凍りつく。腰に帯びた大剣の柄手に手がかかり、殺気が首筋を刺す。
「期待外れだ、レオン。王国の威厳を穢す無能など、私の前には不要。この場で斬り捨ててやる……!!」
レオンは身動き一つせず、ただ静かに目を閉じた。
(……ここで終わるなら、俺もそれまでの運命だったということだ)
その寸前、黒い影が国王とレオンの間に滑り込んだ。魔導力研究の最高権威、ヴァルド・キニス。抜き身の剣を構えようとする国王の前に敢然と立ちはだかり、恭しく頭を下げた。一切の動揺がない声。
「この者は、最終兵器の設計図にも関わる国の根幹です。陛下の激情で、その精密部品を破壊されることだけは、何卒ご容赦を」
(……精密部品、か)
ヴァルドの計画は、己の命を究極の兵器に変え、敵国を焦土化してでも戦争を終わらせようとする、救いのためのものだ。幼い頃からそう教え込まれ、信じてきた。残酷な声色で「君は選ばれし者、果てなき争乱を終わらせる光だ」という言葉が、呪いのように縛り付いている。
目を伏せ、胸元の痛みに耐えた。一瞬、幼い頃の温かな手が甦る。暗い研究室の灯りの中で、ヴァルドの掌が優しく頭を撫でた、たった一度の幻。
愛なんて呼べるものか。でも、奥底で飢えたこの心は、どこかで信じたがっているのかも知れない。ヴァルドの言葉は、高価な道具だから壊すなという、損得勘定。それでも、一瞬だけ、その鎖の甘さを夢見てしまう自分もいる。
(所詮、俺は兵器だ)
内心で自分を嘲笑い、期待の残り火を押し殺した。ヴァルドに見据えられ、ガイウスは鼻を鳴らして剣から手を離した。
「……ふん。興が削がれた」
ガイウスはドサリと椅子に座り直す。
「よい。ヴァルドの顔に免じて、首だけは繋げておいてやる。下がれ!」
レオンは、赤ワインで汚れた顔を拭うこともせず、一礼をした。
「……寛大なご処置、感謝いたします。叔父上も、ご心配なく」
そのまま逃げるように謁見室を後にし、鉄の扉は鈍い音を立てて閉ざされた。レオンの姿が消えた謁見室には、再び重苦しい残響が舞い戻る。玉座の肘掛けに頬杖をつき、国王は不満げに鼻を鳴らした。
「……ヴァルドよ」
「はっ」
「あの器は、本当に使い物になるのであろうな?本日ごとき失態、本来ならば処刑に値するぞ」
ガイウスの眼には、疑念と焦燥の色が混ざっている。彼にとってレオンは、最強の兵器であると同時に、いつ暴発するか分からない不気味な爆弾でもあった。主君の疑念を溶かすように、ヴァルドは微笑んで一礼した。
「ご安心ください、陛下。すべては計画通りです」
「計画通りだと?制御が効かなくなっているように見えたが」
「ええ。それこそが、器の完成が近い証なのです」
ヴァルドは、歌うような口調で嘘を紡ぐ。
「レオンの精神的負荷は、今や限界値に達しつつあります。制御不能な魔力の奔流……それは、彼の器が人間の枠を超え、神の領域に達しつつある証にございます」
「ほう……」
国王は、蓄えた髭を満足げに撫で、その視線を、獲物の急所を探るかのように鋭く尖らせた。
「完成すれば、あのような小競り合いなど無意味になります。彼の一撃は、アグナスの敵を灰燼に帰す雷槌となるでしょう」
その言葉に、ガイウスの表情が欲望で歪んだ。彼が夢見ているのは、圧倒的な武力による大陸統一。イーゼンの城壁を粉砕し、逆らう者すべてを焼き尽くす、絶対的な破壊の力だ。
「ふん、ならばよい。大陸が我が手に入るのであれば、多少は目をつぶろう」
ガイウスは満足げに笑い、再び玉座に深く身体を沈めた。ヴァルドは再び頭を垂れるが、床に映るその顔には、国王を嘲笑う冷徹な光が宿っていた。
(哀れなお方だ。貴方が求めているのは、せいぜい国一つを焦土にする爆弾に過ぎない)
衣服の下で、幽晶石が静かに鼓動している。彼が創り上げようとしているのは、そんな旧時代の兵器ではなかった。
(私が作っているのは破壊の道具ではない。この世界の概念そのものを書き換える、支配のシステムなのだ)
世界を一つの脳に変え、私がその唯一の意識となる。それが『虚無の檻』。神すら許さぬ、完全なる支配。肉体を焼く必要などない。魂を縛り上げれば、人間は自ら跪くのだから。ヴァルドはくく…と誰にもわからない声で喉を鳴らす。
「……陛下。つきましては、来るイーゼンとの停戦署名式。陛下自らご出馬され、その圧倒的な威光を、敵国の愚かな騎士たちに直接知らしめてはいかがでしょうか?」
「ほう?私が直々に足労しろというのか?」
「ええ。雷帝の覇気を間近で見せつければ、軟弱な敵王も戦慄し、和平などという甘い考えを捨ててひれ伏すに違いありません」
ヴァルドの言葉は、国王の肥大化した自尊心を的確にくすぐった。ガイウスは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「悪くない。……よいだろう。私の威厳で、イーゼンの腰抜けどもを黙らせてやる」
「賢明なご判断です」
だが、その伏せられた意識の奥では、計算式が走っていた。
(そうだ、行け。目立ちたがりの道化が派手に振る舞えば振る舞うほど、衆目は貴様に釘付けになり――私の実験体への監視は薄くなる)
すべては、あの二つの変数を再び接触させるための布石。大陸を統べる鉄の王座ですら、彼にとっては盤上の駒の一つに過ぎなかった。
「——アグナスに、栄光あれ」
ヴァルドは、ただの舞台装置に過ぎない国王へ、うわべだけの忠誠を誓った。
「申し訳ございません、陛下。すべては、私の慢心が招いた失態です」
そう言って、床に額がつくほど深く平伏した。その声色は、自責の念と忠誠に搖らいでいるように聞こえる。我ながら完璧な演技だと称賛したくなるが、内心は冷めきっていた。
(……よく吠える老犬だ。戦場を知らぬ者が、安全な玉座から吠え立てて何になる)
だが、その完璧な謝罪ですら、高ぶった暴君の激情を鎮めるには至らなかった。その瞬間、ガシャンという激しい破砕音と共に、頭のすぐ横で銀の酒杯が砕け散り、中身の赤ワインがまるで血飛沫のように頬と石床を汚す。
「口ごたえなど聞いておらん!私が求めているのは勝利だ!圧倒的な蹂躙だ!」
漆黒の軍服とマントを波打たせガイウスが立ち上がる。金の鎖がジャラリと鳴り、その一歩だけで室内の空気が凍りつく。腰に帯びた大剣の柄手に手がかかり、殺気が首筋を刺す。
「期待外れだ、レオン。王国の威厳を穢す無能など、私の前には不要。この場で斬り捨ててやる……!!」
レオンは身動き一つせず、ただ静かに目を閉じた。
(……ここで終わるなら、俺もそれまでの運命だったということだ)
その寸前、黒い影が国王とレオンの間に滑り込んだ。魔導力研究の最高権威、ヴァルド・キニス。抜き身の剣を構えようとする国王の前に敢然と立ちはだかり、恭しく頭を下げた。一切の動揺がない声。
「この者は、最終兵器の設計図にも関わる国の根幹です。陛下の激情で、その精密部品を破壊されることだけは、何卒ご容赦を」
(……精密部品、か)
ヴァルドの計画は、己の命を究極の兵器に変え、敵国を焦土化してでも戦争を終わらせようとする、救いのためのものだ。幼い頃からそう教え込まれ、信じてきた。残酷な声色で「君は選ばれし者、果てなき争乱を終わらせる光だ」という言葉が、呪いのように縛り付いている。
目を伏せ、胸元の痛みに耐えた。一瞬、幼い頃の温かな手が甦る。暗い研究室の灯りの中で、ヴァルドの掌が優しく頭を撫でた、たった一度の幻。
愛なんて呼べるものか。でも、奥底で飢えたこの心は、どこかで信じたがっているのかも知れない。ヴァルドの言葉は、高価な道具だから壊すなという、損得勘定。それでも、一瞬だけ、その鎖の甘さを夢見てしまう自分もいる。
(所詮、俺は兵器だ)
内心で自分を嘲笑い、期待の残り火を押し殺した。ヴァルドに見据えられ、ガイウスは鼻を鳴らして剣から手を離した。
「……ふん。興が削がれた」
ガイウスはドサリと椅子に座り直す。
「よい。ヴァルドの顔に免じて、首だけは繋げておいてやる。下がれ!」
レオンは、赤ワインで汚れた顔を拭うこともせず、一礼をした。
「……寛大なご処置、感謝いたします。叔父上も、ご心配なく」
そのまま逃げるように謁見室を後にし、鉄の扉は鈍い音を立てて閉ざされた。レオンの姿が消えた謁見室には、再び重苦しい残響が舞い戻る。玉座の肘掛けに頬杖をつき、国王は不満げに鼻を鳴らした。
「……ヴァルドよ」
「はっ」
「あの器は、本当に使い物になるのであろうな?本日ごとき失態、本来ならば処刑に値するぞ」
ガイウスの眼には、疑念と焦燥の色が混ざっている。彼にとってレオンは、最強の兵器であると同時に、いつ暴発するか分からない不気味な爆弾でもあった。主君の疑念を溶かすように、ヴァルドは微笑んで一礼した。
「ご安心ください、陛下。すべては計画通りです」
「計画通りだと?制御が効かなくなっているように見えたが」
「ええ。それこそが、器の完成が近い証なのです」
ヴァルドは、歌うような口調で嘘を紡ぐ。
「レオンの精神的負荷は、今や限界値に達しつつあります。制御不能な魔力の奔流……それは、彼の器が人間の枠を超え、神の領域に達しつつある証にございます」
「ほう……」
国王は、蓄えた髭を満足げに撫で、その視線を、獲物の急所を探るかのように鋭く尖らせた。
「完成すれば、あのような小競り合いなど無意味になります。彼の一撃は、アグナスの敵を灰燼に帰す雷槌となるでしょう」
その言葉に、ガイウスの表情が欲望で歪んだ。彼が夢見ているのは、圧倒的な武力による大陸統一。イーゼンの城壁を粉砕し、逆らう者すべてを焼き尽くす、絶対的な破壊の力だ。
「ふん、ならばよい。大陸が我が手に入るのであれば、多少は目をつぶろう」
ガイウスは満足げに笑い、再び玉座に深く身体を沈めた。ヴァルドは再び頭を垂れるが、床に映るその顔には、国王を嘲笑う冷徹な光が宿っていた。
(哀れなお方だ。貴方が求めているのは、せいぜい国一つを焦土にする爆弾に過ぎない)
衣服の下で、幽晶石が静かに鼓動している。彼が創り上げようとしているのは、そんな旧時代の兵器ではなかった。
(私が作っているのは破壊の道具ではない。この世界の概念そのものを書き換える、支配のシステムなのだ)
世界を一つの脳に変え、私がその唯一の意識となる。それが『虚無の檻』。神すら許さぬ、完全なる支配。肉体を焼く必要などない。魂を縛り上げれば、人間は自ら跪くのだから。ヴァルドはくく…と誰にもわからない声で喉を鳴らす。
「……陛下。つきましては、来るイーゼンとの停戦署名式。陛下自らご出馬され、その圧倒的な威光を、敵国の愚かな騎士たちに直接知らしめてはいかがでしょうか?」
「ほう?私が直々に足労しろというのか?」
「ええ。雷帝の覇気を間近で見せつければ、軟弱な敵王も戦慄し、和平などという甘い考えを捨ててひれ伏すに違いありません」
ヴァルドの言葉は、国王の肥大化した自尊心を的確にくすぐった。ガイウスは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
「悪くない。……よいだろう。私の威厳で、イーゼンの腰抜けどもを黙らせてやる」
「賢明なご判断です」
だが、その伏せられた意識の奥では、計算式が走っていた。
(そうだ、行け。目立ちたがりの道化が派手に振る舞えば振る舞うほど、衆目は貴様に釘付けになり――私の実験体への監視は薄くなる)
すべては、あの二つの変数を再び接触させるための布石。大陸を統べる鉄の王座ですら、彼にとっては盤上の駒の一つに過ぎなかった。
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