必要ないと言われたので、私は旅にでます。

黒蜜きな粉

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古戦場

第5話

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 兵士たちの影が闇に溶けるように遠ざかり、古戦場には再び静寂が訪れた。
 風が草をなでる音だけが残り、あれほど喧騒を響かせていた笑い声はもうどこにもない。
 だが、リリアの胸のざわめきは一向におさまらなかった。

 ──仲間を見殺しにした? カリムさんが、本当に……?

 その言葉の残響は冷たい針のように胸を刺し、呼吸さえ乱していく。
 問いかけたかった。否定してほしかった。
 けれど、喉が固く締めつけられたようで声にならない。ただ視線を伏せ、細い指先をぎゅっと握りしめる。それだけで精一杯だった。

 その小さな仕草を、カイは見逃さなかったのだろう。わざと軽く、しかし探るような声音で口を開く。

「ねえカリム。リリアを不安にさせるなよ。さっきの兵士とのやり取り……理由くらい説明してあげたらどうだい?」

 一見軽口に聞こえたが、その奥には冷ややかさが滲んでいた。からかいと挑発の境目を巧妙にぼかし、会話の主導権を握ろうとするいつもの調子だ。

 しかし、カリムは振り返らない。肩越しに吐き捨てるように一言を返した。

「余計なお世話だ」

 その冷酷な声音は、鋼の刃を叩きつけるような鋭さを帯びていた。
 たった一言で、三人の間の空気はぎしりと音を立てるほどに軋んだ。

 カイは薄く笑い、口の端を吊り上げる。

「おやおや、相変わらずだね。氷の騎士様は、人の気持ちなんてどうでもいいらしい」

 その瞳は笑っていない。月明かりに照らされた二人の視線がぶつかり合い、火花のように鋭い緊張を放った。
 リリアの胸は押し潰されそうなほど苦しくなり、思わず一歩、後ろへ引いた。

「や、やめてください……」

 か細い声で制止を試みる。だが、二人は微動だにしない。
 リリアの声は夜風にさらわれ、二人の間に走る対立の気配を和らげることはできなかった。

 ──どうしよう、このままじゃ……。

 胸の奥で不安が膨らみ、息がうまく吸えなくなる。
 その瞬間だった。

 大地が低くうなりを上げ、ぐらりと揺れ動いた。
 靴裏から伝わる地鳴りの震動が、夜の静寂を破る。リリアの膝がわずかに震え、思わず声をもらした。

「……地震?」

 いや、違った。
 次の瞬間、背後の闇がざわりと裂けるように揺らめいた。
 黒ずんだ大地の影から、白骨の腕がぬるりと伸び出し、土をかき分ける。腐臭をまとった気配が空気を押し潰し、ぞわりと肌が粟立った。

 どろりとした音を立てて、腐肉のついた骨が夜闇に姿を現す。
 うつろな眼窩が赤黒く光り、うめき声を上げながらアンデッドが這い出してきた。

「────っ!」

 叫ぶより早く、リリアの指先は鈴を握っていた。
 反射というより、研ぎ澄まされた直感が身体を動かしていた。

 チリン──。

 高く澄んだ音が闇を切り裂く。
 鈴の音色が波紋のように広がり、瞬時に空気を震わせた。アンデッドの動きが止まり、全身が白い光に呑まれる。骨の軋む音が悲鳴のように響いたが、それも一瞬のことだった。

 やがてその姿は灰のように砕け、風に散って消え失せていった。

 しんと静寂が戻る。
 リリアは胸を押さえ、荒い息をひとつ吐いた。冷たい汗が背筋を伝い落ちる。

 振り返った先には、目を見開いたカイとカリムが立ち尽くしていた。
 二人が動き出すより前に、リリアが応じてしまった。その事実が、彼らに驚愕をもたらしていた。

「……リリア、君は……」

 呆然とした声がカイの口から漏れる。
 その表情には驚きと、どこか苛立ちが入り混じっていた。

 カリムの視線もまた、冷たさをたたえながらわずかに揺らいでいた。だが、彼はなにも言わない。ただその沈黙が、確かにリリアの行動を認めているように思えた。

 張り詰めた空気の中、最初に声を出したのはカイだった。

「……やるじゃないか。これじゃ僕の立場がないな」

 リリアが即座にアンデッドを祓ったことは、拍術師としてのカイの矜持を強く刺激した。そのことに、リリアは気づかなかった。

 カイはにやりと笑ったが、その瞳は冷たく濁り、底に暗い影を潜ませていた。

「さすが立派な血筋をお持ちのお嬢様、ってわけか……」

 カイは皮肉めいた言葉をわざと投げつけると、すぐに肩をすくめて笑いに変えた。
 
 一方、カリムは表情を動かさず、ただ静かにリリアを見つめていた。
 その沈黙の奥にはわずかな光が滲み、冷厳な仮面の下に確かな評価が感じられる。

 リリアは二人の反応を顧みることなく、膝をついて地面に手を伸ばした。
 アンデッドが出現した場所。黒ずんだ土を指でかき分け、硬い地面を掘り返していく。

「……どうして、こんな場所に……」

 自分に言い聞かせるように呟きながら、土を探る。
 これは自然に生まれたものなのか。それとも、誰かが意図して仕掛けたものなのか。
 その違いは、今後を左右する重大な意味を持つ。

 爪の間に入り込む冷たい土の感触がじわりと広がり、指先の震えを伝える。
 夜風が吹き抜け、草の葉が擦れる音が耳にまとわりつく。
 もくもくと掘り続けるリリアの横顔は真剣で、月明かりに照らされた瞳は揺らがなかった。

 その背後で、カイとカリムは沈黙したまま立ち尽くしていた。
 それぞれ胸の奥に別々の思惑を抱えながら──。
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