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古戦場
第6話
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リリアの指先が冷たい土をかき分けるうちに、爪が硬いものに触れた。
ざらりとした感触。石でも骨でもない。人工的に削られた線のような跡が、そこに埋もれていた。
「……これは……」
掻き出された土の中から現れたのは、崩れかけた術式の痕跡だった。
地面に刻まれていたのは封印の残骸。しかし、その型式はリリアの知るどれとも異なる。
墓守として、リリアは幼い頃から数多の封印の紋様を学んできた。
古の遺跡に残るもの、神殿に伝わるもの、あるいは忘れ去られた地方の民間伝承まで。どんなに古い型式であっても、見れば大抵は由来が分かるものだった。
けれど、目の前に現れた術式にはまったく見覚えがなかった。
胸の奥に冷たいざわめきが広がっていく。
──自然発生したアンデッドではない。これは、明らかに誰かの手が加わっている。
「カイさん、これ……」
声を震わせながら呼びかけると、カイが屈み込み、土を払いのけた。彼の眉間に皺が刻まれる。
「……知らない型式だね。少なくとも神殿で使われている封印じゃない」
「やっぱり……」
二人の視線が交わり、同じ結論に至る。
――新しい型式。しかも、意図的に置かれた痕跡。
だが、それだけでは終わらない疑問が胸を満たしていく。
古戦場は定期的に浄化が行われているはずだ。ならば、本来の封印がどこかに必ず存在している。
リリアはさらに必死で土をかき分けた。
爪の隙間に黒ずんだ泥が入り込み、冷たさが骨の奥まで染みていく。
やがて、土の下からかすかに古い術式の紋様が顔を出した。
「これは……」
はっきりと見覚えのある術式。
それは神殿が代々管理し、正しく機能していなければならないはずの封印だった。
「……なるほどね。これじゃ古い術式の上に、無理やり新しい術式を重ね掛けしているようなものだ」
カイが低く呟く。リリアは唇を噛み、恐る恐る問い返した。
「封印の、二重掛け……? でも、そんなことをしたら」
「互いの作用が反発しあって、思いもよらない効果が出てしまうかもね」
「まさか、アンデッドが生み出されているのは……?」
リリアのその考えが脳裏をかすめた瞬間、大地が再びぐらりと揺れた。
地面の下から、不吉な呻きが重なり合って響き上がる。
「来る……!」
闇の裂け目から、重苦しい声がいくつも重なって這い出してくる。
一体ではない。複数のアンデッドが土を突き破り、夜の古戦場に姿を現そうとしていた。
リリアが息を呑むと同時に、地表が破裂するように裂け、骨ばった腕が次々と伸び出した。
ひとつ、ふたつではない。十を超える影が、ぞろぞろと夜の地表へ這い出してくる。
腐臭を纏ったアンデッドたちが呻き声を上げ、よろめきながら立ち上がった。
虚ろな眼窩に青白い光が宿り、その全てが一斉にリリアへと向き直る。
「…………っ⁉」
喉が焼け付くように乾き、足が一瞬すくむ。
リリアは震える手で鈴を握りしめ、胸の奥から声なき祈りを捧げた。
チリン、リン――。
夜を裂くような澄んだ音色が広がる。
しかし、相手の数が多すぎる。鈴の響きがどこまで届くのか。リリアの胸に不安が走った。
音に応じて、何体かのアンデッドが光に呑まれて消えた。
だが、次から次へと新たな影が地面から這い出してくる。リリアは必死に鈴を振り続け、息が荒くなる。
「はぁ……はぁっ……!」
そのとき、不意に背筋が凍った。
一体の影が音もなく背後へと回り込み、骨ばった腕を振り上げていた。
「――リリア!」
鋭い声が闇を裂いた。次の瞬間、剣閃が走る。
背後から迫っていたアンデッドの首が、あっけなく刎ね飛ばされた。
リリアが振り返ると、そこには剣を構えるカリムの姿があった。
冷たい光を宿した瞳。氷のように厳しい横顔。
けれど同時に、不思議と心を支えるような安堵を与えてくる。
カリムはためらいなくリリアの前へ歩み出て、肩を並べた。
「合わせろ」
短く鋭い声。
その一言で、祠での戦いの記憶がリリアの胸に蘇る。
カリムの動きを読み取り、彼の剣筋に重なるように鈴を鳴らす。
剣と音が重なった瞬間、目の前のアンデッドたちが次々と光に呑まれていった。
カリムの剣が道を切り開き、リリアの鈴が瘴気を祓う。
ふたりの動きはまるで舞のように重なり、わずかな隙もなく群れを削っていく。
呻き声がひとつ、またひとつ途絶えていく。
やがて最後のアンデッドが灰と化し、夜の闇に散った。
――静寂。
リリアは肩で息をしながら、膝に手をついて前かがみになる。
「大丈夫か」
低い声が耳元に落ちてきた。
顔を上げると、カリムがわずかに口元を和らげ、リリアの肩にそっと手を置いていた。
冷たく見えるはずの眼差しに、一瞬だけ温もりが宿る。
リリアの胸が不意に高鳴った。
「……ありがとうございます」
小さな声で礼を言うと、カリムは答えず、ただ軽く頷く。
その様子を見ていたカイが、口の端を吊り上げた。
「へぇ……。随分と優しいじゃないか、カリム。まるで守るのが当たり前みたいな顔してさ」
皮肉めいた声音。その奥には、隠しきれぬ嫉妬の熱が潜んでいた。
カリムは視線を向けず、冷たく言い放つ。
「仲間を守るのは当然だ」
「仲間、ねぇ……」
カイが鼻で笑う。
「でもさっき、兵士に言われてたよな。……仲間を見殺しにした、って」
空気が一瞬で凍り付いた。
リリアの胸が再びざわつき、カリムを見上げる。
「くだらない戯言を真に受けるな。俺は俺のやるべきことをするだけだ」
冷酷な響き。だがそれは、感情を押し殺した強がりにも聞こえた。
カイは目を細め、わざと軽口めかして追い打ちをかける。
「ふぅん……ずいぶんと冷たいな。でもさ、そのやるべきこととやらも、リリアがいると随分形を変えるんだね。まるで……」
唇がにやりと歪む。
「──惚れた女を守るみたいに」
挑発的な一言。
リリアはぽかんと瞬きをしただけだった。
自分に向けられた言葉だと理解しきれず、胸の奥で戸惑いが渦を巻く。
しかしカリムは、リリアの反応など気にも留めず、冷徹に返した。
「下らん憶測だな。口を慎め」
鋭い眼光が火花を散らす。
ふたりの間に漂う緊張は、先ほどのアンデッド以上に張り詰めていた。
リリアはおろおろと二人を見比べ、胸のざわめきを押さえきれずにいた。
ざらりとした感触。石でも骨でもない。人工的に削られた線のような跡が、そこに埋もれていた。
「……これは……」
掻き出された土の中から現れたのは、崩れかけた術式の痕跡だった。
地面に刻まれていたのは封印の残骸。しかし、その型式はリリアの知るどれとも異なる。
墓守として、リリアは幼い頃から数多の封印の紋様を学んできた。
古の遺跡に残るもの、神殿に伝わるもの、あるいは忘れ去られた地方の民間伝承まで。どんなに古い型式であっても、見れば大抵は由来が分かるものだった。
けれど、目の前に現れた術式にはまったく見覚えがなかった。
胸の奥に冷たいざわめきが広がっていく。
──自然発生したアンデッドではない。これは、明らかに誰かの手が加わっている。
「カイさん、これ……」
声を震わせながら呼びかけると、カイが屈み込み、土を払いのけた。彼の眉間に皺が刻まれる。
「……知らない型式だね。少なくとも神殿で使われている封印じゃない」
「やっぱり……」
二人の視線が交わり、同じ結論に至る。
――新しい型式。しかも、意図的に置かれた痕跡。
だが、それだけでは終わらない疑問が胸を満たしていく。
古戦場は定期的に浄化が行われているはずだ。ならば、本来の封印がどこかに必ず存在している。
リリアはさらに必死で土をかき分けた。
爪の隙間に黒ずんだ泥が入り込み、冷たさが骨の奥まで染みていく。
やがて、土の下からかすかに古い術式の紋様が顔を出した。
「これは……」
はっきりと見覚えのある術式。
それは神殿が代々管理し、正しく機能していなければならないはずの封印だった。
「……なるほどね。これじゃ古い術式の上に、無理やり新しい術式を重ね掛けしているようなものだ」
カイが低く呟く。リリアは唇を噛み、恐る恐る問い返した。
「封印の、二重掛け……? でも、そんなことをしたら」
「互いの作用が反発しあって、思いもよらない効果が出てしまうかもね」
「まさか、アンデッドが生み出されているのは……?」
リリアのその考えが脳裏をかすめた瞬間、大地が再びぐらりと揺れた。
地面の下から、不吉な呻きが重なり合って響き上がる。
「来る……!」
闇の裂け目から、重苦しい声がいくつも重なって這い出してくる。
一体ではない。複数のアンデッドが土を突き破り、夜の古戦場に姿を現そうとしていた。
リリアが息を呑むと同時に、地表が破裂するように裂け、骨ばった腕が次々と伸び出した。
ひとつ、ふたつではない。十を超える影が、ぞろぞろと夜の地表へ這い出してくる。
腐臭を纏ったアンデッドたちが呻き声を上げ、よろめきながら立ち上がった。
虚ろな眼窩に青白い光が宿り、その全てが一斉にリリアへと向き直る。
「…………っ⁉」
喉が焼け付くように乾き、足が一瞬すくむ。
リリアは震える手で鈴を握りしめ、胸の奥から声なき祈りを捧げた。
チリン、リン――。
夜を裂くような澄んだ音色が広がる。
しかし、相手の数が多すぎる。鈴の響きがどこまで届くのか。リリアの胸に不安が走った。
音に応じて、何体かのアンデッドが光に呑まれて消えた。
だが、次から次へと新たな影が地面から這い出してくる。リリアは必死に鈴を振り続け、息が荒くなる。
「はぁ……はぁっ……!」
そのとき、不意に背筋が凍った。
一体の影が音もなく背後へと回り込み、骨ばった腕を振り上げていた。
「――リリア!」
鋭い声が闇を裂いた。次の瞬間、剣閃が走る。
背後から迫っていたアンデッドの首が、あっけなく刎ね飛ばされた。
リリアが振り返ると、そこには剣を構えるカリムの姿があった。
冷たい光を宿した瞳。氷のように厳しい横顔。
けれど同時に、不思議と心を支えるような安堵を与えてくる。
カリムはためらいなくリリアの前へ歩み出て、肩を並べた。
「合わせろ」
短く鋭い声。
その一言で、祠での戦いの記憶がリリアの胸に蘇る。
カリムの動きを読み取り、彼の剣筋に重なるように鈴を鳴らす。
剣と音が重なった瞬間、目の前のアンデッドたちが次々と光に呑まれていった。
カリムの剣が道を切り開き、リリアの鈴が瘴気を祓う。
ふたりの動きはまるで舞のように重なり、わずかな隙もなく群れを削っていく。
呻き声がひとつ、またひとつ途絶えていく。
やがて最後のアンデッドが灰と化し、夜の闇に散った。
――静寂。
リリアは肩で息をしながら、膝に手をついて前かがみになる。
「大丈夫か」
低い声が耳元に落ちてきた。
顔を上げると、カリムがわずかに口元を和らげ、リリアの肩にそっと手を置いていた。
冷たく見えるはずの眼差しに、一瞬だけ温もりが宿る。
リリアの胸が不意に高鳴った。
「……ありがとうございます」
小さな声で礼を言うと、カリムは答えず、ただ軽く頷く。
その様子を見ていたカイが、口の端を吊り上げた。
「へぇ……。随分と優しいじゃないか、カリム。まるで守るのが当たり前みたいな顔してさ」
皮肉めいた声音。その奥には、隠しきれぬ嫉妬の熱が潜んでいた。
カリムは視線を向けず、冷たく言い放つ。
「仲間を守るのは当然だ」
「仲間、ねぇ……」
カイが鼻で笑う。
「でもさっき、兵士に言われてたよな。……仲間を見殺しにした、って」
空気が一瞬で凍り付いた。
リリアの胸が再びざわつき、カリムを見上げる。
「くだらない戯言を真に受けるな。俺は俺のやるべきことをするだけだ」
冷酷な響き。だがそれは、感情を押し殺した強がりにも聞こえた。
カイは目を細め、わざと軽口めかして追い打ちをかける。
「ふぅん……ずいぶんと冷たいな。でもさ、そのやるべきこととやらも、リリアがいると随分形を変えるんだね。まるで……」
唇がにやりと歪む。
「──惚れた女を守るみたいに」
挑発的な一言。
リリアはぽかんと瞬きをしただけだった。
自分に向けられた言葉だと理解しきれず、胸の奥で戸惑いが渦を巻く。
しかしカリムは、リリアの反応など気にも留めず、冷徹に返した。
「下らん憶測だな。口を慎め」
鋭い眼光が火花を散らす。
ふたりの間に漂う緊張は、先ほどのアンデッド以上に張り詰めていた。
リリアはおろおろと二人を見比べ、胸のざわめきを押さえきれずにいた。
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