必要ないと言われたので、私は旅にでます。

黒蜜きな粉

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古戦場

第7話

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 遠くから慌ただしい足音が響いた。
 月明かりに照らされ、黒い影が近づいてくる。どうやら戦闘音を聞きつけて巡回の兵士たちが戻ってきたようだ。

「お前たち、なにを騒いでいる……!」

 一人の兵士が眉をひそめ、剣の柄を握りしめる。
 リリアは咄嗟に手を振り、消えたアンデッドの跡を指さした。

「違います! 私たちは……っ!」

 兵士たちの視線は冷たく、疑念の色に満ちていた。

「まさか……お前らがアンデッドを呼び出したのか?」

 その言葉に、リリアの胸は鉛のように重く沈んだ。

 ──違う。けれど、そう思われても仕方がない状況だった。

 カイがすかさず笑みを作り、肩をすくめる。

「呼び出しただなんて、冗談だろう。俺たちがそんな真似をするわけがない」

 しかしそのカイの声すらも、兵士たちの疑いを晴らすには至らなかった。
 一人の兵士がリリアを押しのけるように前に出て、冷笑を浮かべる。

「言葉なんざいくらでも飾れる。裏切り者の仲間がなにを言おうと、信じられると思うか?」

 鋭い視線がカリムに突き刺さる。
 別の兵士が嘲るように吐き捨てた。

「仲間を見殺しにした男だ。そんなやつの隣にいるお前らも同罪だろう」

 リリアの胸がずしりと重くなった。
 兵士たちの吐く悪意が、夜の空気に溶けて広がっていく。
 その圧が心臓を締めつけ、息が詰まりそうだった。

 ──やめて……! こんなところで悪意をばら撒いたら、封印がどう反応するか分からない……!

 その瞬間、地面がぐらりと揺れた。
 ざわりと夜気が裂け、再び腐臭が押し寄せる。

「なっ……!」

 兵士たちが一斉に後ずさった。
 地を割って伸び出したのは、骨ばった無数の腕。呻き声と共にアンデッドの群れが這い出してくる。

 だが、その中の一体を見て、リリアは息を呑んだ。

 そのアンデッドは他と違っていた。
 かつての人の姿を留め、鎧に身を包んでいる。

「……王国騎士団の、鎧……?」

 見覚えのある立派な紋章入りの鎧。
 王都に住む者なら誰もが憧れる、選ばれし者しか身に着けられないはずのもの。

 隣で、カリムがかすれた声を漏らした。

「……ライエル……」

 その名を呼んだ途端、兵士たちが恐怖に叫ぶ。

「っな、化けて出た! お前が首を落としたから、恨んで現れたんだ!」

 鋭い非難がカリムに突き刺さる。
 彼の顔から血の気が引き、剣を握る手が震えていた。

「……仕方なかった……」

 低い、かすれた声。

「……あいつも、それを望んでいたんだ……」

 リリアの胸が痛む。

 ──……やっぱり。兵士の人たちの言葉だけじゃない。カリムさん自身の心の奥にある罪悪感が、暴走する封印を通して形をとってしまったんだ……。

 恐怖に震えながらも、リリアは一歩前へ踏み出した。
 カリムと肩を並べ、必死に問いかける。

「カリムさん……聞かせてください。なにがあったんですか?」

 カリムの瞳が揺れる。
 夜風に押されるように、長く閉ざされていた記憶が溢れ出す。

 ──騎士団在籍中の視察任務。
 落石事故。
 崩れた家の下敷きになった相棒ライエル。
 足は岩に挟まれ、腹には梁が突き刺さり、すでに逃げられない。

 火の手が迫る。熱が肌を焦がし、煙が喉を焼く。

「火に焼かれて苦しむより……頼む、カリム。お前の手で……」

 泣き叫ぶような懇願。
 カリムは拒絶する。だが、炎は容赦なく迫り、友を包もうとしていた。

 ──刃が振り下ろされる瞬間。
 それを遠目に、別の騎士が目撃していた。
 「仲間を殺した」と。
 そう烙印を押され、カリムは騎士団を去った。

「……俺が……あいつの首を……」

 声は苦痛に歪んでいた。剣を握る手はまだ震えている。
 リリアは思わず手を伸ばし、カリムの袖をつかんだ。

「あなたは……仲間を苦しませたくなかったんですよね」

 震える声で、しかしまっすぐに見上げて言葉を重ねる。

「苦しみを終わらせるために、その人の願いを叶えた……。その選択は確かに重い。でも、それでも。私は仲間を見捨てたなんて思いません」

 カリムの目が大きく揺れた。
 胸の奥の氷が、ほんの少しだけ溶けていく。

 その瞬間、再びアンデッドの呻き声が夜を裂いた。
 兵士たちの悪意に呼応するように、さらに群れが這い出してくる。

 リリアは鈴を強く握りしめた。足は震えている。
 だが、その背中を守るように、カリムの声が響いた。

「怯えるな」

 月光を受けて剣がきらめく。
 カリムの背を見つめ、リリアは胸に熱を灯した。

「カリムさん……!」

 鈴が鳴る。

 ──チリン。

 澄んだ鈴の音が瘴気を裂き、閃く剣と重なり合って夜空に響き渡った。
 二人の力が重なり、アンデッドの群れは次々と光に呑まれていった。



 やがて最後のアンデッドが灰と化し、静寂が戻った。
 戦いに立ち会った兵士たちは、恐怖に顔を青ざめさせ、互いに叫び合いながら退却していく。

「ひ、ひぃっ……!」
「やっぱり呪われてる……!」

 その声は闇に溶け、やがて遠ざかった。
 残されたのは、リリア、カイ、カリムの三人だけ。

 リリアは胸を押さえ、乱れる呼吸を必死に整える。
 視線は自然とカリムに向けられていた。
 彼はまだ剣を握ったまま立ち尽くし、月明かりに照らされた横顔は固く閉ざされている。
 氷の仮面の下で、彼がどれほど深く傷ついているのか、リリアにはわかった。

「……兵士たちの言葉、本当かどうか、私には分かりません」

 自分でも驚くほど静かな声だった。
 リリアは一歩前に出て、まっすぐにカリムを見つめる。

「でも、今のあなたが。私を、仲間を守ってくれたことは紛れもない事実です」

 その一言で、カリムの肩がわずかに揺れる。
 彼は答えず、ただ視線を逸らし夜空を仰いだ。
 そこにはまだ影が残っていたが、ほんの一瞬。氷の仮面が緩んだようにリリアには見えた。

「……助かった」

 それだけの言葉。
 けれどリリアには、なによりも大切な贈り物のように響いた。
 胸の奥に温かなものが広がる。
 自分の言葉が届いたのだ。カリムがほんの少しでも心を開いてくれたのだ。


「必要ない」と突き放され、存在ごと否定されたリリアにとって。
「誰かに必要とされた」と感じられる瞬間だった。


 横でそのやり取りを眺めていたカイは、薄く笑って肩をすくめた。

「へえ……ずいぶん打ち解けたじゃないか。氷の騎士様にしては珍しい」

 皮肉混じりの声。
 しかし今度ばかりは、リリアの胸を乱すことはなかった。
 リリアの心はすでに決まっていたからだ。

 ──私は、カリムさんを仲間として信じる。

 その確信が、冷たい夜の古戦場に静かに灯っていた。
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