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殺生喘
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しおりを挟むかよ子が、ぜんぜんこない。
忙しいって言ってたけど、なにが忙しいんだろう。お仕事は始めては辞めてを繰り返して、今はもうなにもやってないはずなのに…来てくれない。お仕事じゃなければなにが忙しいんだろう。
せっかくわたしたちの場所に来ても、かよ子がいないんじゃたいくつだし、つまんない。
…そうだ!
わたしがかよ子に会いにいってあげよう。
会って、そこでどうして来てくれないのか聞こう。
わたしがあんまり大学に行ってないからわからないけど、たぶん大学にいけば会えるよね?
そう思って久しぶりに大きなすがたになって大学に来たけど…
__いない!
どこにもかよ子がいない。においで探そうと思っても、最近のにおいが全然みつからない。
最近は学校にきてないのかな、って思ってそこらへんの人に聞いてみたらそういうわけじゃないんだって。だったらなんでこんなににおいがないんだろう。
ずっと歩いててつかれちゃったから、てきとうに床に座る。つるつるの木の床はひんやりしててちょっときもちいい。
ぼけ~としてるわたしの前をいろんな生徒が通りすぎていく。通るたびみんなちらっとわたしの方をみるけど、わたしと目が合いそうになるとすぐにちがうところをみる。そんなにわたしが気になるなら、わたしに話しかけてくれればいいのに。
…………
………
…
__あ、かよ子のにおい!
近くでかよ子のにおいがした気がして、ぼんやりしてた意識がちょっとだけさめる。
ぼやぼやした世界しかうつさない目をこすりながら、立ち上がってにおいの方にふらふらとあるく。
いち、に、さん、よん、ご、って歩いて、
黒髪のうしろ姿を見つけて
背中にはりついて、
「かよ子~!」
びくっと身体が揺れたのがおもしろくて、笑いながら首元に頭をこすりつける。
いつもと違って頭の高さが同じくらいだから、かよ子が座ってなくてもこういうことができちゃう。ちいさい姿の方が楽だけど、こっちはこっちで楽しいかもしれない。
「あの…」
「へへへ~!」
「あの…!」
「ひさしぶりだね~!」
「あの…!!」
腕の中のかよ子がくるんと振り返る。
かよ子はメガネをくいっとして___あれ、メガネ?
「…大変申し上げにくいのですが、僕はカヨコさんではありません」
もう一回目をこすって、かよ子(?)をよく見てみる。
そしたら、たしかにかよ子(?)はかよ子じゃない。黒髪は黒髪だけど、ぜんぜんちがう顔してる。声も…低い。
__でも、変だ。
「…たしかにきみはかよ子じゃないね。…でもきみ、かよ子のにおいがする」
この子、たしかにかよ子のにおいがする。
ちょっと前からつけはじめたハンドクリームの気持ちの悪い花の匂いはわからないけど、このあまい太陽みたいな血のにおいは確実にかよ子のものだ。
「どうして、きみからかよ子のにおいがするの?」
その子はなにも答えない。
口の奥からは、ことばの代わりにかちかちと歯が鳴る音が聞こえる。ふるえてる?さむいのかな?
「ねぇ、
いつまでも答えないその子にわたしがもう一度おなじ質問をくりかえそうとしたちょうどその時、その子はわたしをつきとばして走ってどっかに行っちゃった。
残ったのはかよ子のにおいと、海のにおい。
故郷の海とはちょっと違うにおいがあの子のいた後に残ってる。
この島はそこまで大きな島じゃないからだいたいどこでも海のにおいがするけど、それよりもずっと濃い海のにおい。さっきまで海に入ってたのかな?それとも…
__海と、あのハンドクリームと、かよ子のにおいがする人が近くにいる。
さっきのあの子が戻って来たわけじゃない。
あの子とよく似てるけどちがう。こっちの方がハンドクリームのにおいが強くて、海と__海によく似たなにかのにおいが強くて、かよ子のにおいはすごくすごく薄い。
でも、わたしにはわかるよ。
「かよ子…」
その名前を呼ぶと、人がいっぱい歩いてる廊下のはじの方にいた黒髪の誰かが足をとめる。
「かよ子」
もう一度名前をよぶと、その子がゆっくりと振り返る。
「かよ子!」
いっぱい手をふるけど、かよ子はかたい顔でわたしをただ見つめ返すだけ。
ちょっと距離があるからよく見えないのかなと思って目の前まで行ってあげても、いつものやさしい笑顔はかえってこない。名前も呼んでくれない。ぎゅっとしようと思っても、わたしが近づいた分だけ逃げられちゃう。
なにかあったのかな。もしかして、大きい姿で会うのは保健室以来だからちょっと緊張してる?でもまぁ、話してるうちにいつもの感じに戻るよねきっと。
「あのね、わたしね、かよ子に会うためにひさしぶりに大学にきたんだ」
「…そ、そうなんですね…」
「うん。いつもより大きい姿なんだけどどうかな?変じゃない?」
そういってちょっと後ろに下がって、いつもよりも大きい体をかよ子に見せてみる。
このサイズになると、いつもは大きいかよ子がすごくちっちゃい。うっかりつぶしちゃいそう。
「えっと…その…」
「どうしたの?」
かよ子はなぜかいっぱい汗をかきながら、足と手を震わせてる。
ガタガタと震えて、言葉になりきらない音ばっかりを口から出してる。
どうしたのかと心配になってかよ子の腕を掴もうとした__けど、そこにはすでにかよ子の腕はなかった。
「…かよ子」
「る、ルイゼ…」
わたしの代わりにかよ子の腕をつかんでいたのは、くらいくらい紫の髪をした男の子だった。
その子からはこれまでも時々かよ子からしたムスクのにおいが軽く、そしてあのハンドクリームのにおいが深く染み付いていた。かよ子とちがって手だけじゃなくて、服とか色んなところにあのにおいが染み付いている。
…この子、変なにおいが好きなんだね。
「約束の時間もうとっくに過ぎてるんだけど。…行くよ」
「あ…でも…」
「すみません、ハチジョウさん。ちょっと約束があるので彼女のことお借りしますね」
かよ子は一瞬だけわたしの顔をみたけど、それだけ。
そのままその子に腕をひかれてすぐにどこかに行っちゃった。
…あの子となかよしなのかな、かよ子。
約束って言ってたし、きっとなかよしなんだよね。…たぶん、わたしよりも。
だって、あの子となにか約束はできるのにわたしのところには来ない…ってそういうことだよね。
__つまんないの。
わたしはずっとかよ子に会えることを楽しみにしてたのに。わたしはこんなにかよ子のこと大好きなのに。特別なのに。大好きで特別なのはわたしだけなんだ。
__つまんないの。つまんないの。
そういえば、いつもわたしばっかがかよ子のためになにかしてるかも。
だって、かよ子が今あの子とふつうに言葉を話せるのだって全部わたしがいるからだし。ずーっとこれやってるのもけっこう大変なんだよ。毎日力が持ってかれちゃう。
それもこれもぜーんぶその分の「好き」をかよ子が返してくれるんだったらいいけど、それすらもかえしてくれないんだったら不平等だよ。
__つまんないの。つまんないの。つまんないの!
もういいや。もうなーんにもしてあげない!
応援ありがとうございます!
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