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12話「向き合う勇気」
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△△△
「あれ?今日は彼氏さん迎えに来ないの?」
「最近、忙しいみたいで。それに、彼氏じゃないですよ……」
「またまたー。今日こそ、近くで見たかったのに。絶対にイケメンだよね」
「確かにモテてましたね。私の幼馴染なんですけども」
「じゃあ、今度迎えに来た時に挨拶させてね」
虹雫の職場の先輩である女性と、図書館の鍵を閉めながらそんな話をしていた。どうやら、宮が迎えに来ているのを誰かに見られてしまったようだ。お試しの恋人では「彼氏です」とも言えずに、虹雫は曖昧に誤魔化すしか出来なかった。
先輩と別れた後に、すっかり暗くなった夜道を1人で歩く。お試しの恋人になってからは、一人で帰る事が少なくなり、そんな日は寂しくなってしまう。今まではずっと1人だったというのに。それに最近は宮が忙しいようで週に1度ぐらいしか会えなくなってしまった。今までが会いすぎていたのかもしれないが、虹雫は今日はいるだろうか、と仕事を終えて図書館の扉を開けては落胆する日々が続いていた。
「一人だし、街の大きい本屋さんにでも寄っていこうかな。まだ閉店まで時間があるしね」
そうと決まれば、虹雫の足取りも軽くなる。本好きにとって本屋はテーマパークなのだ。頭の中でどんな本を買おうかと考えていくうちに、虹雫は少し前の出来事を思い出した。剣杜と一緒に本屋を訪れた時だ。その時の事を思い出すと、バックを持つ手に力が入り、鼓動も早くなる。虹雫は大きく深呼吸をして、一人で感情を落ち着けていく。
「新刊や話題書の棚にはいかないようにしよう」
そう心に決めて、先程よりも少し重くなった足でゆっくりと歩き始めたのだった。
本屋に着いてからは、あっという間に時間が過ぎていった。
気になっていた作家の本をパラパラと見ているうちに、夢中になっていたようだ。気づくと店内に閉店のアナウンスが流れていた。虹雫は急いで本をレジに持っていき会計を済ませると店を出た。思ったよりも時間がかかってしまい、いつもよりも帰宅が遅くなりそうだ。昨日のみそ汁の残りと冷凍庫にあるおにぎりを温めれば、本を読みながらご飯が食べられる、と頭の中で考えながら帰り道を急いでいた。
「あれは、………宮?」
見慣れた横顔が、少し離れた人混みの中で目に留まる。だが、いつもとは違い、髪をオールバックにして整えており、見たこともないスーツに身を包んでいた。一瞬人違いかと思ったが、それでも宮だとわかる。ずっと一緒に育ってきた幼馴染で長い間片思いをしてきた相手なのだから当たり前だ。虹雫は、駆け足で彼に近づこうとした。が、すぐにその足が止まる。
宮の隣には見知らぬ女性がいたのだ。
年上の女性に見えるが、華やかなメイクと体のラインが出る洋服がとても似合う、色気のある女の人。高級バックや宝石をつけているが、それらにも見劣りしない美しい人だった。
2人はとても仲がよさそうな雰囲気で、手は繋いでいないものの距離はとても近かった。その女の人が宮を見る目は、とてもにこやかで艶がある。宮の事が気になっているのだろう。それがすぐにわかるものだった。
虹雫の視線にも気づかず、2人は高層ビルの中に入っていった。虹雫はそのビルを見上げる。そこは、有名なレストランが入っているホテルだった。1泊の金額を知った時に驚いた記憶があるほどの高級ホテル。最上階には素敵なバーもあるはずだった。
が、そのホテルの名前を見た瞬間、虹雫は足元から寒さが込み上げてきた。
宮とあの女性は、どんな関係なのだろうか。
そんな事を考えてしまい、虹雫はその場からのろのろと逃げるように立ち去った。
その後は、どのように帰ったのか記憶があまりなかった。
頭の中で、先程の光景が離れなく、「きっと仕事だ」「でも、違うかもしれない」というそんな葛藤がぐるぐるとめぐっていたのだ。
宮とはお試しの恋人同士だ。だから、何も言えない。本当の恋人ではないのだから。
けれど、彼は自分の事を「好き」と言ってくれた。部屋に泊まらせてくれた。
それに、宮はお試しの恋人だからといって、隠れて別の女性と付き合う事なんてしない、とわかっている。彼はそんな事をするような人ではないのだから。
それなのに、どうしても不安になってしうのだ。
あの女性と仕事ではない関係だったら。もし、仕事上の関係だとしても、宮が惹かれている存在ならば。
そんな風に思って、勝手来た本にも集中できず、ご飯も食べられなくなってしまった。
そして、連絡のないスマホをジッと見つめているだけだった。
3人とお揃いの三角のストラップを握りしめて、不安な夜を過ごした。
その日、宮からは連絡が来ることはなかった。
それから、虹雫はあの夜を思い出しては悩む日々が続いた。
きっとあの女性は、バリバリ仕事をこなすような女性なのだろう。雰囲気からそんな風に感じたし、身に着けている服や小物も高級そうだった。ある程度仕事で成功している人なのかな、と思った。
そして、自分とは正反対だ、とも。
自信をもって仕事をこなし、宮と一緒に歩いている姿もとても絵になった。大人の女性。
宮自身も天才と言われ、子どものころから一目置かれる存在で、学生の頃からビジネスでも成功している人間だ。そうなれば、きっとあの女性とも話が合うのだろう。虹雫が知らない事も沢山知っているのだろう。宮がどんな人と付き合っていたのか。虹雫は怖くて聞けなかったし、宮も話す事はなかった。
自分が、お試しの恋人になったのは彼の好みとは真逆の存在だから迷っているのではないか。
そう思い始めていた。
「私も、仕事を頑張れば、自分に自信が持てるようになれば、宮もこっちを向いてくれるかな……」
宮は仕事から帰り、ずっと使っていなかった、小さなノートパソコン。
作業机の端に布が掛けて、見ないようにしてきたものだった。今でもつくだろうか、と電源を入れてみると、鈍い機械音と共に画面が光り始めた。まだ、動く。
パスワードを入力して、ネットに繋ぐ。動作は遅いが、無事に接続も出来た。
震える手で、昔よく使っていたサイトを開く。
そこをタップして、色とりどりのイラストや文字が出た瞬間、虹雫の胸はドクンッと大きく跳ねた。
そこに「『夏は冬に会いたくなる』 映画化決定!」と、大きく広告が出ていたのだ。
パタンッ!
虹雫は思わずノートパソコンを勢いよく閉じてしまった。
そして、荒くなる呼吸を感じながら胸に手を当てた。
やはり無理なのだろうか。
忘れると約束した事を、自分から破ろうとしている。そこまでして、忘れたかったのに、自分から近づいていくなんて。
止めよう。辛くなるだけだ。誰も自分の事を待ってはいないのだから。
けれど、頭の中には宮とあの女性の横顔が頭をよぎる。
あれから、宮と会っていたももやもやして、心から笑えていない気がしていた。このままではだめだ。そう思っているのに、解決できない。
けれど、宮と離れるのは嫌だ。
本当の恋人になるために頑張るのではなかったのか。
自分に自信を持って、宮に振り向いてもらうために。
虹雫は大きく深呼吸を何度か繰り返した後、ゆっくりとノートパソコンを開き、キーボードをゆっくりと指で叩き始めた。
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