邪教団の教祖になろう!

うどんり

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四章

55 事後処理

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 ……事後処理が面倒だ。

 俺は今屋敷にいる人員を集める。
 幸い負傷者はほとんどいなかったが、混乱している。

 一星宗に目をつけられた。
 終わりだ。
 ニクネーヴィンの信者たちからそんな言葉が漏れている。

 事が終わっても半数以上が未だに全裸なのだが、なにかツッコんだほうがいいのか。
 ニクネーヴィンの家にいるときは服を着ないみたいなルールが作られているのだろうか。
 いや、それも時と場合だろ。いい加減服着ろよ。怖いよ。

 一星宗への対処については、どう答えるか考えあぐねる。
 今は、それよりこいつらの薬物依存をどうにかしたい。

 ひとまずものは試しだ。

 俺はゲッカレイメイを形作る。
 アリッサの姉は、逃げるときにも誰かの手を借りないと無理なほど、薬が切れたときは無気力状態になる。
 部屋の隅に力なく座るアリッサの姉――メルヴィに近づくと、ゲッカレイメイを握らせる。

「……何をしているの?」

 アリッサが俺に近づいて尋ねる。

「助けられるかもしれない」

「その手に持たせているのは――」

 俺がメルヴィに持たせているものに気づいたアリッサは、苦い顔をした。
 あれだけ摘むなと釘を差していたゲッカレイメイを、俺が手にしていて姉に渡しているのだ。
 そりゃ不満顔になる。

「これはゲッカレイメイであってゲッカレイメイじゃないんだ、アリッサ」

「どういうこと?」

「しいていうなら、俺の思い出の花だ。奇跡を起こすための幻の花で、この世にはない力だ」

 レーニャの最期を思い出している。
 あのあと俺はレーニャを抱えてファイドの診療所に転がり込んだが、そのときにはレーニャの命はすでになかった。

 皮肉な話だった。

 プロヴィデンスが、その者の魂の願いを形にするなら、たしかに俺にとってはこの形しかありえないのだろう。

 レーニャを殺してしまった花で、俺は今誰かの命を助けようとしている。

 しかも奇跡なんていうハリボテの言葉を使って。

 それはせっかく心の奥底に隠していた致命的に痛い思い出を無神経にほじくり返す行為だった。
 この力を使って人を助ける資格が、俺にはあるのか?

 ほかに方法がないのはわかるが、複雑な心境になりながら、しかし今はこの力に頼らざるをえない。
 でなければ、あのとき言われた『生きて』というレーニャの言葉さえ否定してしまうことになる。

 握らせてまもなくして、メルヴィの瞳に生気が蘇ってきたことを確認した。
 やがて不思議そうに表情を変えて周囲を見回すメルヴィに、メリッサは泣きながら抱きついた。

 周囲が、息を呑んだ。

 何が起こっているのかわからないが、人間ができる領域をはるかに超えていることはわかっている様子だった。

 しかしつくづくすごい力だ。

 神域テウルギアのプロヴィデンス。前に進む力を亡失させる力。

 それが中毒の進行を失わせた。
 アギ族の集落にいたときも感じたが、完全にこの世界と違う理が、この世界の理に介入してきている印象だ。
 やはり、複雑だな。

 周囲が騒然とする中、

「エン様」

 やけにおとなしいニクネーヴィンが、俺の横で膝をついていた。

 ……いや、エン「様」?

「ど、どうしたニクネーヴィン? やけにうやうやしいな」

 お前信者の前でその態度はまずくないか。俺に敵意が向けられそうだぞ。

「ニクスとお呼びください。親しいものはそう呼んでいます」

「……じゃあニクス、どうした?」

「私の処分については、一星宗に突き出すなりなんなりしてください。ただ、私が巻き込んでしまった人たちは、どうか見逃していただけないでしょうか」

 なにか、毒が抜けたように下手に出ている。

 様子がおかしいのはべつとしても、俺は首を振った。

「いや、べつにそんなことしないし、お前のやっていることを咎めるつもりもない。けど、薬焚くのはやめろよな。ろくなことにならないんだから」

「許していただけると?」

 ニクスは顔を上げる。

「お前の信者たちがいいならな。こうして俺のプロヴィデンスで薬の後遺症も消せるとわかったんだ。とりあえずやり直せるだけの余裕はできるだろ」

「では、我々はミナナゴの信徒として、これからも自由な恋愛活動をさせていただきたいと思います」

「あ、ああ……いや、ミナナゴの信徒?」

 そういえば俺、戦う前にそんな勧誘みたいなこと言ったな。

「皆は納得しているのか?」

「私がついていくからには、皆あなたについていきます。そうしたほうが、おそらくずっといいでしょうから」

 そんな馬鹿な。
 思いながら俺が周囲を見回すと、誰も不満を唱えようとする者はいなかった。
 まあ、今までとそれほど変わらないのなら、異論を唱えるようなのは少ないか。
 それだけニクスにカリスマがあって、言葉に影響力があるのだろう。改めて恐ろしいやつだと感じる。

「私は財も土地もコネもそれなりに持っています。エン様のお力になれるのでしたら、いくらでも差し出しましょう」

「…………」

 なるほど。

 そういえばミナナゴも宣教師みたいなのがほしいと言っていたな。
 俺より確実に頭が切れるこいつなら、いい感じに教団の運営をやってくれるんじゃないだろうか。

「ニクス、それよりも、お前自身の能力を俺に貸してはくれないか? 俺はこれから教団を興そうと思っている。それについて、いろいろ力添えをしてくれると助かる。たとえば、信者をまとめあげたり、新しい信者を獲得していったりとか、そういうことだ。まあ、一星宗でいう神官みたいな感じだな」

「わ、私が、よろしいのですか」

「ニクスが適任だと思うんだ。ニクスさえよければ」

 すぐにニクスは、深く頭を垂れた。

「『神なんていない。あるのは人間の言葉だけだ』……そう思っていました。あなたに会うまでは」

 ニクスは胸に手を当てると、

「コズミックに誓って、尽力させていただきます」

 安らかな声色で、目に涙さえ浮かべながらうなずいた。

 だからコズミックってなんなんだよ。いいけども。

「…………っ!?」

 ここでベッドで寝ていた少年が目を覚ました。

 聖刻騎士団の射手であるイレイルである。
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