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第七話 謎の使用人とオールドローズ(3)

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皇宮、もうミテスバクムに来た時から縁が切れた場所だと
思っていた。まだここに来て数日、嫌悪感さえ覚える
その場所の名前を再び聞いたことで、先程まで穏やかな
気持ちでいた自分が崩れるのが分かった。

「ウォルコット、さんですよね。
あなたにまだご挨拶出来ていなくて申し訳ありませんでした。
また時間がある時にゆっくりご挨拶させて下さいな。
…して、その皇宮から来たという者の要件はお聞きになられ
ました?」

「い、いいえ。とりあえず奥様に会わせてくれとの
ことで…。要件は奥様だけにお伝えしたいと。」

こちらの雰囲気が変わったのが分かったのか、
ウォルコットも少し緊張した表情と声で説明し始めた。

「あなたに要件を伝えずに私に会わせろ、ですか。
……それはまあ、無礼な連中ですこと。」

リベルタの聞いたことも無い声の低さに、ガジュが目を見開いた。
位の高い貴族の出である、ということは彼女の口から聞いていたものの、皇族が関係してくる皇宮からの使者がリベルタに直接
会いに来たのだ。軽い要件ではないことだけ分かる。

「その方はいまどちらに?」

「応接間にご案内いたしました。…お会いになられますか?」

「ええ。申し訳ないのですけれど私を応接間まで
案内していただけませんか?まだ慣れなくって。」

「承知したしました。こちらです。」

案内しようとしてくれたウォルコットの後ろをついて行こうと
した所を、ガジュに腕を掴まれ引き止められる。

「待って!ホントは行きたくないんじゃないの?」

皇宮からの使者が誰かは知らない。
だがここで応じなければミテスバクムに被害が行くか、
生家のオールドローズ家に迷惑をかけるかもしれない。
かつ皇太子がリベルタに嫌がらせをするためだけにミテスバクム
に嫁がせたのなら、少なくとも皇帝と皇太子はこの地と
竜人であるガジュを馬鹿にしているところがある。
そんな人間が主である場所から来た人間は、彼らを侮辱する
可能性がある。

二人を傷つけたくないのが第一だが、話を聞かれることが
あれば必然的にリベルタが皇后になる予定だったという
ことも知られてしまうだろう。
そしてその無礼な者の元に嫁ぐ予定だったと知られれば、
その人間達と同類と思われてもおかしくはない。
ガジュに、嫌われてしまうかもしれない。

「そんなことありません。きっと、すぐ戻って来ますから
お二人は皇宮からの者の話を聞かれませんように。」

ガジュが心を寄せ始めていてくれる自覚があるからこそ、
話を聞かれたくない。 軽蔑されたくない。
それに、もし使者がガジュに無礼な態度を取ろうものなら
侯爵令嬢時の気に入らない相手を威圧して制す癖が出るかも
しれない。もちろんそれも見られたくない。

「…やだ。青い顔してる子一人で行かせらんない。」

何かを悟ったのか、ガジュはリベルタの手を引き歩き始める。

「だっ、大丈夫ですすぐ終わりますから!
さすがに話を聞かない訳にはっ、」
 
「僕はその使者を追い出す気はないよ。」

「え?」

手を引かれて、ある部屋にたどり着く。

「あの、ガジュ様…ここは?」

「応接間だけど。」

それにリベルタは目をギョッとさせる。
絶対聞かれたくない話なのは分かっているから一人で
行こうとしたのに、なんとガジュに連れてこられてしまった。

「い、いけませんわ!その…私……、」

「話を聞いたベルが、いなくなっちゃいそうだから
僕も一緒にその要件とやらを聞く。
皇宮からの伝達が"王都に戻れ"って内容だったら
どうするの。」

「えっ?そ、そんなのありえません!」

「言いきれる保証どこにあるの。」

「それはそうかも、しれないんですけれど…、
ガジュ様に、聞かれたくない話なんです、絶対。」

「それはどうして?」

「嫌われてしまうかもしれないからです。
それに、無礼な態度を取ってくるかもしれません。
そしたら私怒っちゃうかもしれなくって…、」

「嫌いにならないよ、約束してあげる。
てか何うじうじしてんのさ。堂々としてる方が
ちょっとはベルらしいんじゃない。」

ガジュが掴んでいた手を離して、手を繋いでくれた。
嫌いにならない保証だってないじゃないですか、と
思うも、不思議と繋がれた手に安心してしまう。

「言いましたね?じゃあ私が皇后になるはずだった
令嬢だって言っても驚くのはなしです。」

「いや驚かないとは言ってないし。え?
ちょ、皇后?え?」

「はい、言質も取れたことですし入りましょうか!」

混乱するガジュを無視して今度は逆に手を引き、応接間に入る。

応接間のソファーには、ロゼレム帝国の騎士団の紋章を持つ
男が二人、座っていた。

「すみませんお待たせして。
…で、侯爵令嬢である私を要件も言わずに呼びつけた
お偉い騎士様はどちらかしら?」


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