声を聞かせて

はるきりょう

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7 第二王子のメイド

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「果実酒が飲みたい」
 空は青く、白い雲が風に吹かれてゆっくり動いていた。サーシャは白と黒を基調としたメイド服に身を包み、両頬を無理やり持ち上げる。
「かしこまりました」
 一週間前、啖呵を切ったサーシャだったが、ライを危険な目に合わせるわけにはいかないと、ここに残ることになった。そして、何もしないで衣食住を与えられるわけにはいかないと、メイドになることを自ら申し出てた。
 そんな2人の発言に、宮中は揺れに揺れた。執事は何度もユリウスに確認し、メイド長は目を丸くした。
 「冷たい」と噂の第二王子が、動物の声が聞こえる女を自分の傍に置く。そんな事態に、周りはサーシャへの態度を決めかねていた。そんな事とは知らず、サーシャが「メイドとして働く」と言い出したものだから、周りが混乱しないわけがない。
 王子が傍に置いた女。けれど、2人が話している様子を見れば仲睦まじさは感じられない。2人の関係については、色んな声が聞かれたがそれは全て想像に過ぎない。サーシャは、「王子が気まぐれに傍に置いた女性」。それ以上でも以下でもなかった。
 そんなサーシャを特別扱いすることも、無下にすることもできず、50代半ばのメイド長は、悩みながらも、他のメイドと同じように、仕事方法やメイドとしての心得をたたき込んだ。
 何もないところから宮殿でメイドとして働くこととなったサーシャへの教育は、2日にわたり続いた。粗相があっては、自分の首も危ういと、メイド長は必死でサーシャに教え込んだ。しかし、今まで一人の生活をしてきたサーシャは、一通りのことはでき、またダリムに淑女としての心得を教えられていたこともあり、3日目から普通にメイドとして働くまでとなった。
 いや、「普通」とは言えないのかもしれない。なぜなら、サーシャは主にユリウスに呼ばれたからだ。食事を運び、ベッドのシーツを変え、必要な書物をユリウスに渡した。特に仕事がない時でもユリウスに呼ばれ、気まぐれに用事を頼まれるほかは、部屋での待機を命じられることも多かった。もちろんユリウスの傷の手当ても同時にしていたが、その怪我はあと少しで治りそうだ。
 ちなみに、いつもサーシャと一緒にいるオースは、こんな人間ばかりのところではゆっくり眠れないと、宮殿の庭の木に巣を作り、そこで暮らしている。
「おい、早くしろ」
「はい。只今、用意いたします」
 サーシャはワゴンに乗せていたワイングラスを取り出し、ユリウスの前に置いた。少しだけ高い位置から注ぐ。ユリウスは満足したようにグラスに口をつけ、すぐにサーシャを見た。
「…果実酒と言ったはずだが、聞こえなかったか?」
「ええ、もちろん聞こえておりました」
「酒が入っていないようだが?」
「はい。入っておりません」
「ふざけるな」
「お酒は思考能力の低下を招きます。仕事中には控えた方がいいと判断しましたので、果実酒の代わりに、レモンを入れた果実水をご用意いたしました」
 笑みを浮かべて、すらすらとそう応える。そんなサーシャをユリウスは睨みつけた。
「余計なことをするな。言われたことを言われた通りやればいい」
 声のトーンを一つ落としたユリウス。それでも、サーシャは満面の笑みを浮かべ続ける。
「いいえ、そんなわけにはいきませんわ。王子様のことを考えた結果です。メイド長に叩きこまれましたから。王子様の事を一番に考えるように、と」
 芝居がかった言い方にユリウスから舌打ちが漏れる。
「ああ言えば、こう言う」
「ええ。思い通りにならないと言ったはずですわ。嫌なら家に帰してください。怪我もだいぶ良くなりましたでしょう?」
「生憎、まだ痛む」
「あら、軟弱ですこと」
 笑いを含んだ言い方に、ユリウスがイラつくのがわかった。けれど、まだ言い足りない。続けるためにと口を開いた時だった。コンコンとドアを叩く音が耳に入る。
「王子、ハリオです。入室してもよろしいでしょうか」
「入れ」
「失礼します。ああ、サーシャ様もいらっしゃいましたか」
 ハリオが人好きのする笑みを浮かべる。つられてサーシャも笑みを浮かべて会釈をした。
「だいぶ態度が違うようだが?」
「それはもちろん人が違いますから。自分の事を軟禁している人に、優しくできる人がいますか?」
「サ、サーシャ様、あの、言葉を少し選んでいただけると、助かるですが…」
 ハリオが困った顔でサーシャに懇願する。右手は腹部を押さえていた。けれど、サーシャは首を横に振る。
「いいえ。そうはいきません。怪我だってもう治ってきているんですから、もう私がここにいる意味はないですよね?ハリオ様もそう思いますよね?」
「いえ、あの…私には、何とも…」
「ま、確かにそうだな」
 ハリオの反応とは反対に、納得したようにユリウスは頷いた。そこに再び、ノック音が響く。
「ユリウス王子、お食事のご用意ができました」
 高い可愛らしい声が耳に入る。メイドが部屋の前に食事を運んできたのだろう。サーシャが後から用意する予定であったはずだが、情報に行き違いでもあったのだろうか。サーシャは首を傾げ、けれど、ユリウスは少しだけ考える様なそぶりを見せた。
「…ちょうどいいな」
 独り言がユリウスの口から洩れる。そして浮かべたのは黒い笑み。
「ユリウス王子?」
 返事がないためか、可愛らしい声が尋ねるようにユリウスの名前を呼んだ。
「承知している。だが、呼ぶまで部屋の外で待っていろ」
「…?はい。かしこまりました」
 よくわからない注文に、けれどメイドは言葉に従った。
「お前は、そこの前に立て」
 ユリウスが指をさしたのはユリウスが普段使っているベッドの前。ユリウスの意図が分からず、サーシャは怪訝そうな顔を浮かべる。
「どうしてですか?」
「つべこべ言うな」
「でも…」
「早くしろ」
 問答無用な言い方に、サーシャは渋々従った。小さな嫌がらせとしてゆっくり歩く。けれど、気にせずユリウスは椅子から腰を浮かせ、自分も同じようにベッドの前に立った。  
 目の前に立つユリウスの意図が分からず、尋ねようと口を開く。しかし、言葉を繋ぐことはできなかった。
「ひゃっ」
 かすかに開いた口から、小さく悲鳴が漏れる。
 ユリウスは前触れもなく、サーシャの肩を両手で押した。柔らかいベッドがサーシャの身体を受け止める。
「入っていいぞ」
 サーシャが外に聞こえるように張り上げた声でそう言った。
「失礼します」
 メイドが扉を開ける。それを横目で確認すると、ユリウスはサーシャの上にのしかかった。下に見下ろしたサーシャに向かって笑みを浮かべる。そして、頬に手を伸ばし、優しく触れた。
「サーシャ、君といれて幸せだ」
 突然降ってきたのはそんな甘い声。目の前にはユリウスの端正な顔が広がる。
 視界の端では目を丸くしているハリオとメイドの姿が見えた。
「ああ、食事だったな。運んできてくれてありがとう。でも、これから俺のことは全てサーシャにやってもらうから。君は出ていっていい。あ、そうだ、他のみんなにもそう伝えてくれないか」
 この人、私の名前を知っていたんだな、なんて場違いなことを想いながら、サーシャは目の前のユリウスを見た。今までとは違うキラキラと輝く笑顔は「王子様」そのもので、自分の意志に反して、胸が音を立てた。
 そんなサーシャの心情を知ってか、知らずか、再び頬にユリウスの手が伸びる。軽く撫でられたその部分が熱い。頬が赤く染まる。
「俺のサーシャ。なんて可愛いんだ」
「…」
「君、何をしている?食事を置いたら、早く出て行ってくれないか?」
 顔だけ動かして、ユリウスがメイドに言った。その言葉にメイドは、はっ、とし、ようやく動きを始めた。ユリウスとサーシャを交互に見る。可愛らしい顔から表情が消え、自身の下唇を噛んだ。
「…かしこまり…ました」
 絞り出したように言葉を繋ぎ、メイドが頭を下げた。ゆっくり部屋を出て行く。その背をサーシャはただ、茫然と見送った。
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