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100.崩壊1

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「旦那様、奥様の件ですが……」

 領内の視察から戻ると、執事が困惑した顔で出迎えてくれた。

「サリーは今日も部屋に閉じこもったままか?」

「はい」

「そうか……」

「旦那様、やはり奥様を医者に診せた方が宜しいのではないでしょうか」

「……診せてどうなる? 妻の容態を回復させる事など不可能だろう」

「ですが……」

「そもそも、サリーの顔を元に戻せる医者がこの国にはいないんだ。かといってポール王国での手術費用はおろか、旅費も捻出できない状況だ。私達にできるのはサリーを見守る事だけだ。サリーは何か言っていたか」

「いいえ。奥様は今日も『一人にしておいて欲しい』としか仰いません」

「なら、そうしておいてくれ」

「……はい」


 執事の言い分も理解しているが、今は余計な出費を控えたい。
 私は王太子の地位を廃されただけでなく王族としての身分さえ失った。男爵として与えられた領地は元の身分に釣り合わない狭さだった。嘗ての王太子領の半分にも満たない上に領内の貧困は目を覆いたくなるものだった。
 当然、領主である私達夫婦の生活レベルも貴族とは言えないものだ。一応、執事はいるものの料理人とメイドは各一人ずつ。しかも、通いという有様だ。住んでいる館も狭い。それでも使用人が居なければ回らない。こちらに来て初めて食べた黒パンと肉の入っていないスープには驚かされたものだ。

 生活レベルの低さもそうだが、問題はサリーだった。あれから何度となく説明したが全く理解してくれない。癇癪を起こし醜く喚き散らすサリーには辟易した。ここまで理解力の乏しい女性も珍しい。病気ではないかと疑った程だ。あの時を思い出すとサリーが部屋に閉じこもってくれている今の状態は正直、有難い。館は静かだ。サリーに煩わされる事がないので仕事がスムーズに進む。

 
 
 異変が始まったのは今から三週間前のこと――


 
『きゃぁぁぁぁぁ!!!』
 
 突如上がった悲鳴に慌てて駆けつけると、そこには床に倒れ込むサリーの姿があった。
 
『サリー! 大丈夫か!?』

 駆け寄り抱き起こすとサリーは両手で顔を隠し震えていた。

『どうしたんだ?何があった!?』

 問いかけるも返事はない。呼吸が荒かった。

『サリー!』
 
 肩を掴み揺すると、ようやく彼女は口を開いた。

『見ないで……。お願いだから見ないで……』
 
『何を言っているんだ? どこか痛むのか? それとも苦しいのか?』
 
『ダメ!!』

 突然大声で叫ぶなりサリーは私の手を振り払った。

『サリー……』 

 露わになったサリーの顔。左の目元が腫れあがり醜く変形していた。

『近寄らないで!! 来ないでよっ!!!』

 再び拒絶されると私はその場に立ち尽くしてしまった。一体どうしてこうなったのか全く解らなかった。

 それからというものサリーの奇行が続いた。朝起きる度に鏡の前で泣き崩れるのだ。食事や入浴の際も常に顔を隠そうとする。寝所ではシーツを被ってベッドの上で丸まる始末だ。最初は何かの病気かと思い医者を呼んだりもしたが、特に身体に異常はなく原因は不明のままだ。
 
『旦那様……』

『ん?』

『奥様にお食事を届けましたら、その……酷く暴れられまして……』

『またか』

『申し訳ございません』

『いや、気にするな。私が行くまで暫く扉の前に置いておいてくれ』

『畏まりました』

 部屋に入るとサリーは布団にくるまっていた。

『サリー、起きてるかい?』

 声をかけるも反応はなかった。

『入るよ』

 中へ入るとサリーは部屋の隅に座り込み膝を抱えていた。

『食べないと体が持たないよ。ほら、今日はカボチャのスープだ。温まるよ』 

 サリーから返事は返ってこない。

『明日、外科の先生に来てもらおう。何か分かるかもしれない』

 それだけ言うのが精いっぱいだった。



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