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15 消え逝く戦士達の命の輝きの中で

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「ジャッ...カス...さん...?」

「おうそうじゃ!儂じゃ!もう大丈夫じゃから安心せい!」

セルヴィの目の前に現れたのは、ジャッカス隊長率いる王都最強の傭兵部隊だった

「直ぐに王城につれってやるからのう!
 もう少しの辛抱じゃ、皆王城に避難しておる
 王城には治療魔具の使い手もおるはずじゃ」

「ダメ...王城に...行ってはっ...げふっ!ぁぅぐっ...!」

喉に生暖かい鉄味の液体が溢れ出し、思わず咳込む
その衝撃で体に激痛が走り、セルヴィは身もだえた

「いかん!喋ってはいかんぞ!」

ジャッカス隊長は、ゆっくり、しかし素早く
セルヴィを抱きかかえて立ち上がると
すかさず部下達に指示を出した

「第二分隊撤収!儂の|直掩(ちょくえん)に回れ!
 第一分隊はしんがりに付け!
 第三から第五分隊までは先頭に立ち王城までの経路を確保せよ!」

「「「はっ!!」」」

命令を受けたジャッカス隊は、即座に行動を開始した
一糸乱れぬ統制された動きは、この部隊がどれ程の練度、精強さを有しているか
誰もが理解出来る程に見事である。

少女を抱えたジャッカスは、三日月亭の外に出ると
大通りに向かって、小走りで移動し始めた

その後を、工房内にいた部下達が続く
外で待機していた者達が、前進方向とは逆方向に武器を向けながら
後ろ歩きで追う

ジャッカスに抱えられた腕の中、
セルヴィが半年近く過ごし、慣れ親しんだ三日月亭が、視界の中で遠のいて行く
先程の神機発動の余波か、魔物との戦闘によるものか
三日月亭の天井はおろか、居住部分まで完全に倒壊し、無残な姿となっていた...

ジャッカス隊が間もなく大通りに出ようとしたとき、
先行していた部隊の一人が、通りの手前でしゃがみ込み
声を発さず後方に手の平を掲げ、静止の合図を送った

魔物(てき)が居るという事だろう

何時しか辺りでは、悲鳴や騒めきといった【人の声】は聞こえなくなっている
それは即ちこの付近に生存している人間は、自分達しか居ないという事だった

停止して通りの様子を伺っている先行部隊より、一人の伝令がジャッカスの元に駆けて来た
風の隠伏魔具により、足音や僅かな鎧の擦り切れ音は遮断されており
小さな物音一つ立てず流れる様に隊長の側に来た


「報告、前方大通り街道にて昆虫型の魔物4体を確認
 視認範囲以外の物陰等に潜伏の可能性を考えるともっといるやもしれません」

声を潜めて報告するのは、遮音出来る音量にも限界がある為だ
また魔物の中には、非常に嗅覚の鋭いタイプもいるため
念のため、音だけでなく臭いも魔具で遮断している

「なんて事じゃ...町中魔物で溢れておるわ...
 それも今まで見た事のない種類ばかり...一体どこから...」
 
隊長は、一瞬考え込んだかと思うと、すぐに頭を数度横に振って

「いや今はそれよりも、どうこの状況を打開するかじゃ
 相手はまだ此方に気付いては居らんな?
 敵の様子はどうじゃ」

「はっ!敵魔物共はまだ我々に気付いては居りません
 現在奴らは...街道一面の市民の遺体を捕食中です」

一瞬報告に躊躇いを挟みつつ、ありのまま見て来た物を報告する隊員
それを受け、ジャッカスは顔中の皺をより一層深くした

(くっ...既に儂等以外この周囲には戦える者も居らん
 王城に居るであろう王国軍との合流を急がねば孤立してしまう!)

その時だった

「上空より襲撃ぃ‼」

一人の隊員が叫んだ。見上げると
蝙蝠翼の魔物が数体、此方への急降下体制に入っていた

「ぬかったぁあ!
 総員対空戦闘開始!来る前に叩き落とせっ!!」

「了解ッ!」

隊員達が、スチームガンの砲口を
一斉に上空の敵へと向ける。そして


ボシュゥウ!!ボシュゥウ!!ボシュウウ!!


凄まじい蒸気の奔流が、鋼鉄の砲弾を射出する
上空では次々と、爆発と黒煙が巻き起こる
隊員達は途切れることなく、上空の魔物へと砲撃を続ける。その時、

「正面より昆虫型魔物複数接近!!数は6...いや7!」

先発し大通り手前で屈んでいた隊員が大声が叫ぶ
大通りの魔物達が戦闘音に気付き、此方に引き寄せてしまった
やはり数は当初より増えている

「第三から第五分隊はその位置で大通りからの侵入を食い止めよ!
 無理な場合は遅滞戦闘を実施しつつ後退!
 しんがりの第一分隊はそのまま来た方向へ退路を...」


ゴゴゴゴゴゴゴ!!


その時突如足元の地面が激しく揺る

「「うあわぁああ!」」

その直後、後方の石畳の地面が崩れ落ちて大穴が開き
しんがりの何名かが、土砂もろとも飲み込まれてしまった

「な、なんじゃ!」


オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛


直後、辺り一帯を悍ましい咆哮が轟く

それは今し方開いた大穴からであった。そして

ズシン!!

大穴の中から巨大な禍々しい腕が伸び、爪が地面に食い込む

「......」

その場に居た全員が思わず息をのみ、目を向ける
間もなくその本体が地上に姿を現した

「ドラ...ゴン...」

誰かが思わず言葉にした
先程までの翼蝙蝠の魔物が小さく見える程
その巨体に、正に竜の如き翼を生やし

しかし伝説のドラゴンと呼ぶには
余りに禍々しい
その頭部には、8つの目が紫色に光り

顎は横に大きく裂け、口には円状に獰猛な牙を無数に生やしている
全身はどす黒く、大きな狐を描く爪は、まるで死神の鎌を彷彿とさせた

まさに化け物だった

(そうかっ、奴等は外から来たのではないっ
 地下から来とったのかっ!!
 じゃとするともう王城へは...)

隊長は黙って、つかの間大穴を凝視する

「ライルガンを使え!!」

ジャッカスの怒号が飛ぶ。
一人の隊員が巨大な武器収納ケースを地面に置き
鍵を叩き壊して中身を取り出し、その大きな武器のようなものを脇に抱えた

それは神々しくも白く輝き、先端が二股に分かれており
スチームガンをもっと細長く鋭角的にした形状であった

テストラ王国が34丁保有すると言われる、神機『ライルガン』だ

「全員射線を空けい!
 国宝級のプレゼントを見舞いしてやれっ!」

大型の魔物の前に居た隊員達が、急いで左右に退避する

キュィイイイ...!!

ライルガンの砲身が、駆動音の高まりと共に
徐々に青白い光を放ち、砲身にスパークが散り始める
そして


ドッ!!!


次の瞬間、化け物は爆煙に包まれ
ライルガンを構えていた隊員は反動で、数歩後方に押し戻された

キィイーーーン

全員の頭の中で耳鳴りが響く
細かな石片が隊員達に降り注ぐ

「や、やったのか?!」

隊員達が歓喜を上げるか上げないかの瞬間

ヒュッ!......ズシャァ...

突然、最も爆煙の近くに居た隊員二人の胴体が突然二分され
地面に崩れ落ち切り口から臓物を吐き出し血だまりを作る

煙から先程の巨大な化け物の細長い尾が生え蠢いていた

再び全員が言葉を無くす中
徐々に晴れていく土煙の中から再び化け物は姿を現した

その姿には幾分かのダメージを与えられた様子もない

「...馬鹿な...」

携行可能な武器の中でテストラ王国最強
いや現在の人類の持てる最高クラスの破壊力を持つ
ライルガンを持ってしても傷一つ付けられぬという事は
即ち最早魔物に対抗できる術は無いに等しかった

コツ...コツ...コツ...

ジャッカスは無言のままゆっくりと通りの隅に歩みを始め
壁の前まで来ると置かれたタルと木箱の間に
そっとセルヴィを降ろし、壁にもたれさせる

「すまんの、ちょっとの間だけここで待っていておくれ
 すぐにあいつ等を片付けて治療につれてってやるからのう」

何時もの優しい表情で語り掛ける

「ジャッカス...さん...私を、置いて...皆、逃げ...」

喉から必死に声を絞り出す

「なぁに心配要らんよ、儂等はこの国最強の傭兵部隊じゃ
 あんな羽虫共等瞬殺じゃよ
 じゃから少しの間だけここで休んでいておくれ」

そう言い残すとジャッカスは背を向け
部隊員達の元へとゆっくり歩いった

セルヴィは日陰になった薄暗い通りの隅で
冷たい石の壁に背中を預け
薄れゆく意識の中、正面の光景に目を向ける

隊員の元に戻ったジャッカスが咆哮を上げ
大声で指示を飛ばす

隊員達もそれに呼応するかのように咆哮を上げる

そしてジャッカスが巨大な槌を掲げ
数人の隊員と共に大型の魔物に駆けて行く
他の隊員も皆それぞれの魔物に向かい突進を開始した

直ぐに戦闘は魔物・隊員が入り混じり乱戦となり
ジャッカスの姿は見えなくなった

腕が飛び、血しぶきが舞う
一人...また一人と隊員が石畳に倒れて行く

まるで何かの物語の劇を見て居る様に
馬車から流れる景色を見る様に
目の前で起きている事が脳が認識出来なくなる
セルヴィの瞳から光が徐々に失われて行く

何時しか戦う者達の姿は消えて行き
その景色の殆どを魔物が埋め尽くしている

その内の1匹の昆虫型の魔物が少女に顔を向け、迫る。

もう何も考える事も出来なかった

もう涙も出てこなかった

そして魔物の腕が今貫かんと振り上げられる



ザシュ!!!


ポタポタ...


...


何も感じない


...


あれ...私まだ...生きて...る...?

虚ろな瞳のままそっと顔を上げると
今自分を殺さんとした魔物の胸から

漆黒の装甲小手を纏った腕が血を滴らせながら貫ぬいていた

え...

スボッ!...ズシャァ

腕が引き抜かれると、魔物はそのまま横に崩れ落ちる

その後ろには一人の男が経っていた

直ぐに他の魔物が男の存在を感知し襲いかかろうと向きを変える

が、その瞬間眩い蒼の閃光が天空より無数に降り注ぎ
その一線一線が確実に全て魔物に貫いき
魔物はその体に大穴を空け崩れ去って行く

一瞬の出来事だった

次の瞬間そこに立っている魔物は居なくなっていた

虚ろになっていた瞳を大きく見開き
失われた瞳に輝きが戻ってゆく

その男は全身に漆黒の鎧を纏い

その鎧は繋ぎ目に僅かに蒼い輝きを放ち

その光は全体をまるで流れる水の様に動きを持ち
鎧全体が繋がり生きている様にすら見えた

その手に・腕に・胸に・腹に・腰に・腿に・脛に・足に纏う物、それは


神...機...?


全身に漆黒の神機を纏った黒髪の男が、そこに立っていた

その男は黙ってその紅の瞳で私を見つめる

「...ぁ...な...」

もう振り絞っても言葉は出てこなかった

すると彼は私の前に一歩前に踏み出し、近付き膝を折った

そして



『君ヲ...タ、スケニ、キタ』



静かに、

そして確かに、

彼は古の言葉を紡いだ。

”助けに来た”と

そして私は意識を手放した。
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