私を忘れたはずの王子様に身分差溺愛されています

瀬月 ゆな

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書籍発売記念

願いごとが叶う夜

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 玄関ドアを開けた瞬間、冷たい空気が頬を撫でる。反射的にふるりと身を震わせながら外へ出ると、先に出てカンテラに火を灯したカイルが振り返った。

「さすがに夜はかなり冷えるようになって来たね」
「寒くない?」
「うん。冷えるからってアリシアが準備してくれたからね」

 あっという間に白く染まる息を吐きながらカイルが穏やかに笑う。
 よく考えると彼が生まれ育った王都はハプスグラネダ領よりも北に位置しているのだ。一度も冬の王都には行ったことがないけれど、寒さにはアリシア以上に慣れているのかもしれない。

「ではお手をどうぞ、お姫様」
「ありがとう、王子様」

 差し伸べられた手にそっと自らのそれを重ねて繋ぐ。
 そうして月明かりの下、寝静まる世界に二人分の物音だけを響かせて森へ向かった。

 夜の森は小さな頃、兄と二人で入って以来だ。
 兄がかざすカンテラと、月と星の柔らかな光とが見守るように道を照らしてくれていたから何も怖くなかった。それでも日常に訪れたささやかな冒険にドキドキして、はぐれないように兄の手を強く握って静かな道を歩いた。
 そして今は、初めての恋をした王子様と一緒に歩いている。子供の頃より高くなった目線で見る夜の森もまた知らない景色で、何よりも繋いだ手の大きさにドキドキした。
 優しいのに落ち着かない。
 ――それに。

「世界に二人きりみたいだね」

 どきりとした。

「私も、ちょうど同じことを考えてたの」

 カイルを見上げ、はにかんだ笑みを浮かべる。
 誰もいない、二人きりの世界を手を離さずに歩く。とっておきの秘密の共有に子供のように胸が高鳴った。
 泉に着くとランタンを手近な木の枝に吊り下げ、夜露避けの敷物を広げて座る。持ち運び用のポットからカップに紅茶を注いでカイルへと差し出した。

「どうぞ」

 静かな泉にほのかな温かみと甘い匂いとがもたらされる。
 息を吹きかけて冷ましたカップに口をつければ、蜂蜜と林檎の優しい甘さと共に、ジンジャーの刺激的な風味が広がった。わずかな移動でも冷えはじめていたようだ。身体の奥からじんわりと温かくなる。

「こうすると、もっと暖かいかな」

 カイルが羽織ったマントで包むようにアリシアの肩を抱く。遠慮せずに身体を預け、夜空を見上げた。

「綺麗ね」
「うん」

 澄みきった空気の中、無数の星がまたたいている。泉の水面にも映り込み、大きな夜空と小さな夜空が存在する、美しい光景がそこにあった。
 カイルがハプスグラネダ領を訪れて間もない頃、冬になったら星を見に泉へ行こうと約束した。あの頃は社交辞令だと疑わず、本当に来ることになるとは思わなかったのに夢みたいだ。

「でも俺にとってはやっぱり、君がいちばん綺麗な星だ」
「――ありがとう」

 初めてカイルの口からその言葉を聞いた時は王都だけでなくハプスグラネダ領でも見えるのなら、せめて同じ星を見上げたいと思った。まさか『いちばん綺麗な星』が自分のことだとは思うはずもなく、くすぐったくも幸せな想いに心が満たされた。
 でも、カイルがそういう気持ちも今なら分かる。

「私にとっては、カイルがいちばん綺麗な星だけれど」

 七年もの間、触れることさえ叶わないと思っていた王子様は、まさに星のような存在だった。そして、手が届く今でもその気持ちは変わらない。今はもう王子様という肩書きではなくなってしまったけれど、それでもカイルはアリシアの王子様だ。

「数年後に、また見に来ようか」
「数年後?」

 アリシアはカイルを見上げた。
 どうして来年ではないのだろう。不思議に思っていると額に口づけが一つ落とされた。

「子供が産まれて、その子にちょっとした冒険心が芽生える年になったら、今度は三人で来よう」
「でも女の子かもしれないわ」

 完全に不意をつかれた行動に胸を高鳴らせながら答える。
 暗くて良かった。きっと耳まで赤くなっている。でも――カイルなら分かっている気がした。

「女の子でも、君の子供は好奇心旺盛で秘密の冒険をしたくなると思うよ」

 確かに、とアリシアは思う。
 自分だけじゃない。
 そもそもハプスグラネダ領を夫と共に興した、かつての王女エルネグリッタも好奇心が旺盛なお転婆だったと伝えられているのだ。

「じゃあ、約束ね」
「ここで交わす二つ目の約束だね」
「うん」

 以前と同じように小指を絡めて約束をする。
 あの時は叶うことなどないと思いながら交わした。だけど今は違う。そう遠くない未来に叶う約束だ。
 寄り添って小さな泉での神秘的な光景を二人占めしていると、やがてカップの紅茶も冷えはじめ、冷たい風が吹いて来た。

「そろそろ帰ろうか」

 いつか真ん中に小さな存在を挟んで歩くことになる道を、二人だけで手を繋いで歩く。

「流れ星だ。久し振りに見たな」

 カイルの声に誘われて視線を上げれば、いくつもの一筋の白い光が流れ落ちて行くのが見えた。
 星に願いごとは捧げなかった。
 アリシアの願いごとは、いつでも隣にいてくれる『いちばん綺麗な星』が叶えてくれるから。
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感想 10

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みんなの感想(10件)

来須みかん
2022.04.20 来須みかん
ネタバレ含む
2022.04.21 瀬月 ゆな

来須みかん 様

(こちらでは)初めまして、コメントありがとうございます!
最後までご覧になって下さっただけでも嬉しいのに二件の感想まで、何とお礼を言ったらよいのか分かりません。感謝の気持ちと共に、こちらでお返事させていただきますね。

とてもたくさんのお褒めの言葉を頂戴したことに恐縮しつつ、とても嬉しいです!
地の文を書くのがとにかく好きなもので、心地良さを感じたと仰っていただけると頬の緩みが止まりません。
そして、古き良き少女小説のような甘酸っぱさを少しでも感じ取って下さったのなら書き手冥利に尽きるというものです。

カイル視点は構成的にどうあっても本編には入れられず、でも今何を考えているのかは本編とは別に書き留めていたりしたのですが、公開したらコレジャナイ感を抱かれるのではないかと心配していました。
初恋の女の子にカッコ良いところを見せたい心理は、概ね好意的に受け入れていただけているようでホッとしています。
そしてカイルは肉食系王子様なので、生まれて初めて見る異性の素足はさぞや刺激が強かったのではないでしょうか。

とは言え、再会時の初手が悪手であることには変わりがありませんし、ダメなものはダメだと諭す年上の同性キャラとしてディアスを配置したのですが、ある意味カイルより人気があるのでは?という状態になったのは嬉しい誤算です。

アリシアへの家族に対しても、好意的に受け止めて下さってありがとうございます。
実は「小説家になろう」様にていちばん最初に公開・完結したバージョンでは、エレナの妹のニーナがハプスグラネダ領に来たのがきっかけで二人の仲が拗れるという展開でした。
その後、ニーナ自身はアリシアの兄のジェームズに恋をして猛アタックを繰り返す、といった裏話もあります。

こちらこそ、身に余るほどの素敵な感想をありがとうございました!

解除
来須みかん
2022.04.19 来須みかん
ネタバレ含む
解除
ベアしゅう
2022.04.13 ベアしゅう
ネタバレ含む
2022.04.16 瀬月 ゆな

ごんさん 様

初めまして、コメントありがとうございます!
お邪魔だなんてとんでもありません。とても素敵な感想というお土産を手にようこそいらっしゃいませ!
逆に、せっかくお越しいただいたのにおもてなしが遅れまして大変失礼致しました。

好きなタイプのお話とのことで、とても嬉しく思います。
私は王子様ヒーローが好きなので書くお話もだいたいが王子様ヒーローではあるのですが、身分とは関係なしにヒロインにとってヒーローは唯一の王子様でいて欲しいし、ヒロインはヒーローにとって唯一のお姫様でいて欲しいと思っているので、そう感じていただけたのなら本当に良かったです。

また、ご覧になった後に甘酸っぱい幸福感を抱いて下さったのなら、書き手としてこんなに嬉しいこともありません。
こちらこそ、幸せな気持ちになる感想をありがとうございました!

解除

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