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反撃
心配
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「今日のお姫様はずいぶんご機嫌斜めのようだね」
「そのようなことはありませんわ」
お茶会に行った翌日、予め約束をしていたアレクシスの元へ向かうと顔を見るなりそう言われてしまった。
「嘘はだめだよ」
おいで、ソファーに促されるまま従う。
無駄のない動きで侍従が素早くお茶の用意を済ませて公室を出ると、アレクシスは優しく頬に触れた。セレスティアナはゆっくりと息を吐き、今のは可愛げがない反応だったと反省してアレクシスを見上げる。
「ミーナ様が正式に聖女に任命されるとお聞きしました」
「うん」
「――ダンスに、お誘いしたりしますの?」
「僕がアルテリア伯爵令嬢を? 何故?」
アレクシスがミーナに手を差し伸べてダンスに誘う姿も、フロアの中心で人々の注目を一身に集めながら踊る姿も見たくない。
まるで理由が分からないとばかりに返され安堵すると同時に、自分がそんな醜い気持ちから考えていたことをこれから打ち明けなければいけないのだと思うとばつが悪くなった。
「アレク様は王太子殿下ですから」
「ああ、それで」
アレクシスは納得したように頷き、安心させるように笑みを浮かべた。
「聖女殿とのダンスは僕の公務内容でも何でもないし、式典の最中はずっとティアナといるよ」
「本当?」
セレスティアナは思わず表情を輝かせた。
「一緒にいて下さる?」
「うん。だけど僕のいない令嬢たちの集まりでは、ずいぶんとつらい思いをさせてしまっているようだね」
「大丈夫です」
両手を握りしめて拳を作り、力強さを懸命にアピールする。
「こう見えて、わたくしも四大公爵家の一員ですもの。成長しましたのよ。少しだけ……ですけど」
「君は四大公爵家の一員というよりも――いや、そうだね。少し大人びたように思うよ」
アレクシスは言いかけた言葉を途中で濁し、違う言葉を続けた。
何を言おうとしていたのだろう。気にならないと言えば嘘になるけれど、アレクシスの意思で言わないことを選んだのなら、少なくとも今は聞けない。
「わたくしには心強い味方になって下さる家族や友人たちと……アレク様がいらっしゃるからつらくはありませんわ」
「うん。でも、できるなら無理はして欲しくない」
アレクシスはそう言いながら、セレスティアナが作った不慣れな握り拳を優しく開かせた。
自分の手を見つめ、小さな手だとセレスティアナは思う。それは物理的な大きさの話ではなく、何でも叶えてくれそうな心強さを感じさせるアレクシスの手と比べるとずっと、頼りないものだった。
「王家としても、君にまつわる噂を鎮静化させようとはしている。だが、どこかからすぐ広められてしまうんだ。新聞社に圧力をかけるにも、やりすぎた結果、王家が言論統制を図っているのだと思われるのは避けたい」
「理解しております。人々を納得させられるだけの理由もないのに力ずくで強行しては、アレク様が恐怖政治を行う暴君だと誤解されかねませんから」
笑みを浮かべて伝えれば、アレクシスはセレスティアナの髪を一房取って口づけた。
「ティアナを守る為なら、僕はいくらでも暴君になるよ」
「アレク様がそう思って下さるお気持ちは、とても嬉しいです。でも……だめです。わたくしはアレク様が善き国王陛下になられるお手伝いを、いちばん近くでしたいのです」
「うん。だから色々と僕なりに我慢しているんだ」
「我慢ですか?」
「そう」
頭を引き寄せられ、アレクシスにもたれかかる体勢になった。
甘やかされ、守られている実感が心地良い。いつか、セレスティアナも同じかそれ以上の安らぎを妻として、妃としてアレクシスに与えられるだろうか。
魔力なんて、ないままでもいい。
ただセレスティアナの持つもの全てでアレクシスを支えたかった。
「恐怖政治を敷くのは簡単にできる。だがアルテリア伯爵令嬢の後ろ盾には、それなりの高位貴族がついているのは間違いない。そこを処理しなければ、今度は違う誰かが適当な理由をつけて担ぎ上げられるだけだろうからね」
「それなりの貴族が……」
「ティアナは心当たりがある?」
脳裏に浮かんだのはやっぱりクロエだった。
けれど、高位貴族に属する家の令嬢ならセレスティアナが顔も名前も知らないはずがない。
「その方にどれほどの影響力があるかは分かりませんが、お一人……クロエ様とミーナ様はお呼びしておりました。お父上が王城に文官勤めしていらっしゃるのだそうです」
正直な気持ちを言えば、告げ口をしているようで良心が咎める。
だけど彼女の目撃証言により、セレスティアナがあらぬ罪を着せられそうになっているのも事実だ。そしてアレクシスにも火の粉が降りかかりかねないのにセレスティアナ一人では対処できない以上、どうしようもなかった。
アレクシスの為に傷つくのは怖くない。でもそれは、何も何もせず手をこまねいていることとは根本的に違う話だ。
「父親が文官勤め、か。だったら僕の方でも少し調べてみるよ。その令嬢の特徴とかは分かる?」
「はい」
何度か姿を見かける令嬢の外見について話すと、アレクシスは顎を摘まんで思案した。
「ミーナ様が階段から落ちた時、彼女もその場にいましたわ。アレク様に事情を説明されていたはずですが、覚えてはいらっしゃいませんの?」
「そういえばそんなこともあったね。僕はティアナしか見ていなかったから顔は覚えてないけれど」
「……もう、アレク様」
口では咎めるものの頬が熱を帯びる。
「有力な文官の令嬢なら僕も顔に見覚えくらいはある。それすらもないということは、第二文官以下の役職に就いているということかな。だとしたら、さらに裏で糸を操る何者かがいる可能性が高いね。たとえば――四大公爵家の残り二家とか」
「炎を司るフランバナー家や、風を司るイルシェンド家がですか?」
「うん。勢力が偏らないように対立して調整するのも四大公爵家の役割の一つだからね」
家同士が敵対しているわけではないけれど、四大公爵家は常に勢力のバランスを保つべく二対二で意見が分かれるようにできている。
水を司るウォルタスタン家の直系であるセレスティアナが王太子妃となることで、勢力の分散を図るべく聖女を擁している可能性も十分に考えられた。
「ですが、聖女様のご降臨はいくら四大公爵家でも意図的に成せることではありませんわ」
「――本物ならね」
「そのようなことはありませんわ」
お茶会に行った翌日、予め約束をしていたアレクシスの元へ向かうと顔を見るなりそう言われてしまった。
「嘘はだめだよ」
おいで、ソファーに促されるまま従う。
無駄のない動きで侍従が素早くお茶の用意を済ませて公室を出ると、アレクシスは優しく頬に触れた。セレスティアナはゆっくりと息を吐き、今のは可愛げがない反応だったと反省してアレクシスを見上げる。
「ミーナ様が正式に聖女に任命されるとお聞きしました」
「うん」
「――ダンスに、お誘いしたりしますの?」
「僕がアルテリア伯爵令嬢を? 何故?」
アレクシスがミーナに手を差し伸べてダンスに誘う姿も、フロアの中心で人々の注目を一身に集めながら踊る姿も見たくない。
まるで理由が分からないとばかりに返され安堵すると同時に、自分がそんな醜い気持ちから考えていたことをこれから打ち明けなければいけないのだと思うとばつが悪くなった。
「アレク様は王太子殿下ですから」
「ああ、それで」
アレクシスは納得したように頷き、安心させるように笑みを浮かべた。
「聖女殿とのダンスは僕の公務内容でも何でもないし、式典の最中はずっとティアナといるよ」
「本当?」
セレスティアナは思わず表情を輝かせた。
「一緒にいて下さる?」
「うん。だけど僕のいない令嬢たちの集まりでは、ずいぶんとつらい思いをさせてしまっているようだね」
「大丈夫です」
両手を握りしめて拳を作り、力強さを懸命にアピールする。
「こう見えて、わたくしも四大公爵家の一員ですもの。成長しましたのよ。少しだけ……ですけど」
「君は四大公爵家の一員というよりも――いや、そうだね。少し大人びたように思うよ」
アレクシスは言いかけた言葉を途中で濁し、違う言葉を続けた。
何を言おうとしていたのだろう。気にならないと言えば嘘になるけれど、アレクシスの意思で言わないことを選んだのなら、少なくとも今は聞けない。
「わたくしには心強い味方になって下さる家族や友人たちと……アレク様がいらっしゃるからつらくはありませんわ」
「うん。でも、できるなら無理はして欲しくない」
アレクシスはそう言いながら、セレスティアナが作った不慣れな握り拳を優しく開かせた。
自分の手を見つめ、小さな手だとセレスティアナは思う。それは物理的な大きさの話ではなく、何でも叶えてくれそうな心強さを感じさせるアレクシスの手と比べるとずっと、頼りないものだった。
「王家としても、君にまつわる噂を鎮静化させようとはしている。だが、どこかからすぐ広められてしまうんだ。新聞社に圧力をかけるにも、やりすぎた結果、王家が言論統制を図っているのだと思われるのは避けたい」
「理解しております。人々を納得させられるだけの理由もないのに力ずくで強行しては、アレク様が恐怖政治を行う暴君だと誤解されかねませんから」
笑みを浮かべて伝えれば、アレクシスはセレスティアナの髪を一房取って口づけた。
「ティアナを守る為なら、僕はいくらでも暴君になるよ」
「アレク様がそう思って下さるお気持ちは、とても嬉しいです。でも……だめです。わたくしはアレク様が善き国王陛下になられるお手伝いを、いちばん近くでしたいのです」
「うん。だから色々と僕なりに我慢しているんだ」
「我慢ですか?」
「そう」
頭を引き寄せられ、アレクシスにもたれかかる体勢になった。
甘やかされ、守られている実感が心地良い。いつか、セレスティアナも同じかそれ以上の安らぎを妻として、妃としてアレクシスに与えられるだろうか。
魔力なんて、ないままでもいい。
ただセレスティアナの持つもの全てでアレクシスを支えたかった。
「恐怖政治を敷くのは簡単にできる。だがアルテリア伯爵令嬢の後ろ盾には、それなりの高位貴族がついているのは間違いない。そこを処理しなければ、今度は違う誰かが適当な理由をつけて担ぎ上げられるだけだろうからね」
「それなりの貴族が……」
「ティアナは心当たりがある?」
脳裏に浮かんだのはやっぱりクロエだった。
けれど、高位貴族に属する家の令嬢ならセレスティアナが顔も名前も知らないはずがない。
「その方にどれほどの影響力があるかは分かりませんが、お一人……クロエ様とミーナ様はお呼びしておりました。お父上が王城に文官勤めしていらっしゃるのだそうです」
正直な気持ちを言えば、告げ口をしているようで良心が咎める。
だけど彼女の目撃証言により、セレスティアナがあらぬ罪を着せられそうになっているのも事実だ。そしてアレクシスにも火の粉が降りかかりかねないのにセレスティアナ一人では対処できない以上、どうしようもなかった。
アレクシスの為に傷つくのは怖くない。でもそれは、何も何もせず手をこまねいていることとは根本的に違う話だ。
「父親が文官勤め、か。だったら僕の方でも少し調べてみるよ。その令嬢の特徴とかは分かる?」
「はい」
何度か姿を見かける令嬢の外見について話すと、アレクシスは顎を摘まんで思案した。
「ミーナ様が階段から落ちた時、彼女もその場にいましたわ。アレク様に事情を説明されていたはずですが、覚えてはいらっしゃいませんの?」
「そういえばそんなこともあったね。僕はティアナしか見ていなかったから顔は覚えてないけれど」
「……もう、アレク様」
口では咎めるものの頬が熱を帯びる。
「有力な文官の令嬢なら僕も顔に見覚えくらいはある。それすらもないということは、第二文官以下の役職に就いているということかな。だとしたら、さらに裏で糸を操る何者かがいる可能性が高いね。たとえば――四大公爵家の残り二家とか」
「炎を司るフランバナー家や、風を司るイルシェンド家がですか?」
「うん。勢力が偏らないように対立して調整するのも四大公爵家の役割の一つだからね」
家同士が敵対しているわけではないけれど、四大公爵家は常に勢力のバランスを保つべく二対二で意見が分かれるようにできている。
水を司るウォルタスタン家の直系であるセレスティアナが王太子妃となることで、勢力の分散を図るべく聖女を擁している可能性も十分に考えられた。
「ですが、聖女様のご降臨はいくら四大公爵家でも意図的に成せることではありませんわ」
「――本物ならね」
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