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それからそう時間の経たないうちにやってきた使用人達の腕の中には、きらびやかなドレスばかりが並んでいた。
「どれになさいましょうか?」
差し出されたドレスは正直いうとどれも着たくない。決して趣味が悪いわけじゃない。どれも素敵なドレスだ。けれど私には似合わない、それだけだ。使用人になったのに今までよりも断然いい素材の服を着て、そしてその服の印象に顔が負けることは確実だ。だがそれでも唯一の服を何日も着続けることと、この絶対似合わないドレスのどれかを着ろと言われたことを天秤にかけて考えればこの中のどれかを選ぶ方がマシだ。そもそも私には選んでくれた張本人を前にして、似合わないから無理ですと拒む勇気も、権利もなかった。
チラリとラウス様へ視線を向ければ、頬を緩ませている。まるで私がどの服を選ぶのか楽しんでいるようだ。
一体どの服を選ぶのか正解なのか、私にはトンと見当も付かない。
「えっと……じゃあこれを」
数着のドレスから比較的装飾の少なく動きやすそうな、けれども色合いが原色寄りで、私の地味な顔との対決を圧勝しそうなドレスを選ぶ。使用人から受け取ろうと手を伸ばすとその手はかわされた。彼女達は他の選ばれなかったドレスを外へと運び出すと、私の選んだドレスを着せようとしたのだ。
「えっと……自分で着られますから……」
背は小さい上、幼く見えるのかもしれないが、これでも立派なレディなのだ。服くらい自分で着ることはできる。
「ですが……」
困ったようにドレスを差し出す彼女達から「大丈夫ですので」と受け取ってはみたものの――冷静になって構造を確認してみれば、私が普段着ているものとは大きく異なった。ドレスの背中部分の紐は、どう頑張った所で一人で結ぶことはできなかったのだ。これでは誰かに手伝ってもらうほかない。一度断ってしまったためか、彼女達は部屋から姿を消し、残るは私とラウス様。主人を手伝わせるなんてもってのほか。
そもそもいくら裸を見られた後だからといって堂々と着替えるのはどうなのだろう?
冷静になって、初めて羞恥心が溢れ出す。
着替える前に部屋を出るのはアウトだけど、ラウス様に後ろ向いていてくださいとも言えないし、視界を遮るものは……と視線を彷徨わせていると、正面から優しく包み込まれた。
「手伝わせてくれないか?」
耳元で囁かれた声に怒りはない。けれど呆れもないので、のろのろと着替えたことで気分を害したという心配はなさそうだ。
「よろしくお願いします」
このままの状態で居る訳にもいかず、他に手伝ってくれそうな相手も見つけられない私はラウス様にお手伝いをしてもらうことにした。小さく頭を下げれば、ラウス様の胸にぶつかる。するとお辞儀が気に入ったらしく、良い子良い子と頭を撫でてくれた。
「モリアは可愛いなぁ」
きっと年の離れた妹の世話を焼いているような気分なのだろう。お姉様もお嫁に行く前はよくこんな顔をして世話を焼いてくれたものだった。
けれど性別が異なるからか、ただリボンを結って貰っているだけなのに、私の胸はドキドキと高鳴る。昨晩と違って服を着せてもらっているというのに……。
「できた」
一番上のリボンをキュッと締められれば、ドッと疲労感が押し寄せてくる。
はぁ……私、これからここでやっていけるのかな……。
悩みを抱えたまま、ラウス様の手に引かれるがままに膝に乗せられる。「モリアは可愛いなぁ」と呟いて抱きしめる。どうやら私はお人形の役目も兼任していたらしい。
それからしばらく経っても解放されることはなく、ついに朝食を部屋で取ることになってしまった。
「あの食事くらい、自分で……」
「随分と無理をさせてしまったからな」
親切そうな表情と共に、スプーンを私の口元へと運ぶラウス様。恥ずかしいが、これもお人形の勤め。おずおずと小さく口を開けば「あーん」というかけ声を共にスプーンを挿入される。
「モリア、美味しいか?」
「はい」
咀嚼しているだけなのに、再びラウス様は「モリアは可愛いな~」と声をこぼす。頬や顎を撫でられるのは正直、くすぐったいのだが、幸せそうなラウス様に意見をすることは出来なかった。動物愛護の精神をお持ちの方なのだろう。私が恥ずかしがった所で彼は嬉しそうに笑って、せっせと私に餌付けをするだけだった。
私が全てを食べ終えると、ご自分の分はかきこむようにして平らげ、トレイを手に立ち上がった。
「じゃあモリア、今日はもうゆっくりしていてくれ」
「え?」
「疲れただろう? 部屋から出ればきっとお母様達に捕まる」
「でも……」
「なんて、俺が可愛いモリアを今日くらい独占したいだけなんだが……。帰ってくるまで、部屋で待っていてくれるか?」
それはつまり、私の仕事はラウス様の帰宅後に用意してあるからそれまでは身体を休ませておけよ、ということだろう。昨日、意識を飛ばしたのは疲れからだと多めに見てくれていたのかもしれない。
「はい!」
拳を固めて今日こそは! と意気込めば「行ってくる」と額にキスを落とされる。昨晩と同じキス。その後始まった行為を思い出して身体が火照る。けれど二度目以降が降ってくることはない。
ラウス様は部屋を去り、パタンとドアが閉じる。
昼間お休みを貰った私は一人残された部屋で、薄く濡れた蕾を持て余すことしか出来なかった。
ゆっくりしていてくれ、と言われたのをいいことに、私はベッドに寝転がった。下半身の奥の寂しさを、太ももを擦りつけることでどこかへ吹き飛ばす。そしてゆっくりと目を閉じた。
ーーそして、再び目を覚ませば窓の外にはなじみ深い白んだ空気が満ち満ちていた。
朝だ。
昨日に引き続き、身体の時計はしっかりと『朝の起床時間』には反応してくれたらしい。そう、私は自分の役目を無視してぐっすりと寝こけていたのだ。
昨日、いや一昨日に続きなんてことをしてしまったのか!
疲れていたなんて言い訳にしかならない。ラウス様は気を使ってくださったのか、布団をめくっても同じベッドに姿は見られない。他の部屋で一夜を過ごしたのだろう。ほぼ丸一日ベッドに引きこもっていたため、ドレスの裾にはガッツリと皺が出来てしまっている。怠惰の証拠が目に見えて、辛い。
髪を手ぐしで解し、部屋の外へと出る。
サンドレア家ならまず食事! となる所だが、ここはカリバーン屋敷。加えて私はサボり魔のモリア。一日食事が抜かれても仕方ない。だから少しでも挽回しようと仕事を求める。屋敷を歩き回っていれば、誰かしら見つけることが出来るだろう。ラウス様やハーヴェイさんでなくとも構わない。どなたか私に仕事を振ってくれる人がいれば! いや、見つからなかったら迷惑にならない範囲で手伝えばいい。仕事をくれなんて傲慢なことを言っていないで、さっさと出来ることからしていけばいいのだろう。飾ってあるものは壊してしまうと後が怖いのでなるべく屋敷のお外がいいなぁ。そんなことを考えながら廊下を歩く。階段にさしかかった辺りでようやく使用人を発見した。
「あのぉ」
「モリア様! お目覚めになられたのですね。今、部屋にお食事をお運びいたしますので、どうかお部屋でお待ちください」
「あ、いえ食事の催促ではなく……」
「お腹は空いていらっしゃらないのですか? ではお着替えの方を」
「その、お仕事を頂けないでしょうか?」
「仕事、ですか?」
「何でもいいんです。お料理、は頂いたものより上手には出来ないと思うので、お皿洗いとか野菜の皮むきとか、簡単なことしか出来ないのですが……」
あまり期待されても答えることができないからと控えめに言ったのが悪かったのか「モリア様はそんなことなさらなくてよろしいのですよ」とほほ笑みながらやんわりと拒否され、言い訳する間も無く去っていってしまった。
「どれになさいましょうか?」
差し出されたドレスは正直いうとどれも着たくない。決して趣味が悪いわけじゃない。どれも素敵なドレスだ。けれど私には似合わない、それだけだ。使用人になったのに今までよりも断然いい素材の服を着て、そしてその服の印象に顔が負けることは確実だ。だがそれでも唯一の服を何日も着続けることと、この絶対似合わないドレスのどれかを着ろと言われたことを天秤にかけて考えればこの中のどれかを選ぶ方がマシだ。そもそも私には選んでくれた張本人を前にして、似合わないから無理ですと拒む勇気も、権利もなかった。
チラリとラウス様へ視線を向ければ、頬を緩ませている。まるで私がどの服を選ぶのか楽しんでいるようだ。
一体どの服を選ぶのか正解なのか、私にはトンと見当も付かない。
「えっと……じゃあこれを」
数着のドレスから比較的装飾の少なく動きやすそうな、けれども色合いが原色寄りで、私の地味な顔との対決を圧勝しそうなドレスを選ぶ。使用人から受け取ろうと手を伸ばすとその手はかわされた。彼女達は他の選ばれなかったドレスを外へと運び出すと、私の選んだドレスを着せようとしたのだ。
「えっと……自分で着られますから……」
背は小さい上、幼く見えるのかもしれないが、これでも立派なレディなのだ。服くらい自分で着ることはできる。
「ですが……」
困ったようにドレスを差し出す彼女達から「大丈夫ですので」と受け取ってはみたものの――冷静になって構造を確認してみれば、私が普段着ているものとは大きく異なった。ドレスの背中部分の紐は、どう頑張った所で一人で結ぶことはできなかったのだ。これでは誰かに手伝ってもらうほかない。一度断ってしまったためか、彼女達は部屋から姿を消し、残るは私とラウス様。主人を手伝わせるなんてもってのほか。
そもそもいくら裸を見られた後だからといって堂々と着替えるのはどうなのだろう?
冷静になって、初めて羞恥心が溢れ出す。
着替える前に部屋を出るのはアウトだけど、ラウス様に後ろ向いていてくださいとも言えないし、視界を遮るものは……と視線を彷徨わせていると、正面から優しく包み込まれた。
「手伝わせてくれないか?」
耳元で囁かれた声に怒りはない。けれど呆れもないので、のろのろと着替えたことで気分を害したという心配はなさそうだ。
「よろしくお願いします」
このままの状態で居る訳にもいかず、他に手伝ってくれそうな相手も見つけられない私はラウス様にお手伝いをしてもらうことにした。小さく頭を下げれば、ラウス様の胸にぶつかる。するとお辞儀が気に入ったらしく、良い子良い子と頭を撫でてくれた。
「モリアは可愛いなぁ」
きっと年の離れた妹の世話を焼いているような気分なのだろう。お姉様もお嫁に行く前はよくこんな顔をして世話を焼いてくれたものだった。
けれど性別が異なるからか、ただリボンを結って貰っているだけなのに、私の胸はドキドキと高鳴る。昨晩と違って服を着せてもらっているというのに……。
「できた」
一番上のリボンをキュッと締められれば、ドッと疲労感が押し寄せてくる。
はぁ……私、これからここでやっていけるのかな……。
悩みを抱えたまま、ラウス様の手に引かれるがままに膝に乗せられる。「モリアは可愛いなぁ」と呟いて抱きしめる。どうやら私はお人形の役目も兼任していたらしい。
それからしばらく経っても解放されることはなく、ついに朝食を部屋で取ることになってしまった。
「あの食事くらい、自分で……」
「随分と無理をさせてしまったからな」
親切そうな表情と共に、スプーンを私の口元へと運ぶラウス様。恥ずかしいが、これもお人形の勤め。おずおずと小さく口を開けば「あーん」というかけ声を共にスプーンを挿入される。
「モリア、美味しいか?」
「はい」
咀嚼しているだけなのに、再びラウス様は「モリアは可愛いな~」と声をこぼす。頬や顎を撫でられるのは正直、くすぐったいのだが、幸せそうなラウス様に意見をすることは出来なかった。動物愛護の精神をお持ちの方なのだろう。私が恥ずかしがった所で彼は嬉しそうに笑って、せっせと私に餌付けをするだけだった。
私が全てを食べ終えると、ご自分の分はかきこむようにして平らげ、トレイを手に立ち上がった。
「じゃあモリア、今日はもうゆっくりしていてくれ」
「え?」
「疲れただろう? 部屋から出ればきっとお母様達に捕まる」
「でも……」
「なんて、俺が可愛いモリアを今日くらい独占したいだけなんだが……。帰ってくるまで、部屋で待っていてくれるか?」
それはつまり、私の仕事はラウス様の帰宅後に用意してあるからそれまでは身体を休ませておけよ、ということだろう。昨日、意識を飛ばしたのは疲れからだと多めに見てくれていたのかもしれない。
「はい!」
拳を固めて今日こそは! と意気込めば「行ってくる」と額にキスを落とされる。昨晩と同じキス。その後始まった行為を思い出して身体が火照る。けれど二度目以降が降ってくることはない。
ラウス様は部屋を去り、パタンとドアが閉じる。
昼間お休みを貰った私は一人残された部屋で、薄く濡れた蕾を持て余すことしか出来なかった。
ゆっくりしていてくれ、と言われたのをいいことに、私はベッドに寝転がった。下半身の奥の寂しさを、太ももを擦りつけることでどこかへ吹き飛ばす。そしてゆっくりと目を閉じた。
ーーそして、再び目を覚ませば窓の外にはなじみ深い白んだ空気が満ち満ちていた。
朝だ。
昨日に引き続き、身体の時計はしっかりと『朝の起床時間』には反応してくれたらしい。そう、私は自分の役目を無視してぐっすりと寝こけていたのだ。
昨日、いや一昨日に続きなんてことをしてしまったのか!
疲れていたなんて言い訳にしかならない。ラウス様は気を使ってくださったのか、布団をめくっても同じベッドに姿は見られない。他の部屋で一夜を過ごしたのだろう。ほぼ丸一日ベッドに引きこもっていたため、ドレスの裾にはガッツリと皺が出来てしまっている。怠惰の証拠が目に見えて、辛い。
髪を手ぐしで解し、部屋の外へと出る。
サンドレア家ならまず食事! となる所だが、ここはカリバーン屋敷。加えて私はサボり魔のモリア。一日食事が抜かれても仕方ない。だから少しでも挽回しようと仕事を求める。屋敷を歩き回っていれば、誰かしら見つけることが出来るだろう。ラウス様やハーヴェイさんでなくとも構わない。どなたか私に仕事を振ってくれる人がいれば! いや、見つからなかったら迷惑にならない範囲で手伝えばいい。仕事をくれなんて傲慢なことを言っていないで、さっさと出来ることからしていけばいいのだろう。飾ってあるものは壊してしまうと後が怖いのでなるべく屋敷のお外がいいなぁ。そんなことを考えながら廊下を歩く。階段にさしかかった辺りでようやく使用人を発見した。
「あのぉ」
「モリア様! お目覚めになられたのですね。今、部屋にお食事をお運びいたしますので、どうかお部屋でお待ちください」
「あ、いえ食事の催促ではなく……」
「お腹は空いていらっしゃらないのですか? ではお着替えの方を」
「その、お仕事を頂けないでしょうか?」
「仕事、ですか?」
「何でもいいんです。お料理、は頂いたものより上手には出来ないと思うので、お皿洗いとか野菜の皮むきとか、簡単なことしか出来ないのですが……」
あまり期待されても答えることができないからと控えめに言ったのが悪かったのか「モリア様はそんなことなさらなくてよろしいのですよ」とほほ笑みながらやんわりと拒否され、言い訳する間も無く去っていってしまった。
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