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確実に使えないヤツだって思われた……。
 ただでさえ一人で着替えもろくにできなかったというのに……。この短時間で評価はだだ下がりだ。
 どうしよう、これでお前いらないから帰れって言われて、その代わりに借金は今すぐに返せって言われたら……。最悪の場合が頭を光の速さで駆け抜ける。
 それでは私が一大決心で、なおかつ嫁に取られるのだと大きな勘違いをしながらもここに来た意味がない。お父様たちに「私が行くから」なんて大見得切った手前、初めより状況を悪くして帰るわけにもいかない。一度部屋に戻り、完全に持て余してしまっている大きな部屋で円を描くようにしてグルグルと回る。

 どうしよう……何か印象回復になりそうなものは……。
 ふと窓へと視線を移せば、庭を手入れする男の姿が目に入った。
 これだ!
 私の出来ること、それは土いじり!
 野菜を育てるのと花を手入れするのは要領が違うだろうが、昨日出された料理と同じかそれ以上のクオリティのものを作ることと比べたら断然失敗する可能性は少ない。
 善は急げと部屋を抜け出して庭へと向かう。とりあえず、一階に行けばいいんだよね。それからドアを探して外に出て庭に向かえばいい。
 たくさんのドアから自室を探すよりも簡単だと思えたそれはやはり私には難しかったらしく、結局は途中で出会った使用人に道を尋ねた。一昨日のラウス様の言葉通り、先ほどの使用人といい、今の使用人といい、みんな優しく道を教えてくれた。
 それがお前なんぞは戦力外だからあっちいってろという意味ではないことを祈りつつ、少しでも役に立てるようにと早足で庭へと向かった。
 庭には窓から見えた男の他にあと二人いたようで、彼らは新しく植える予定の花を運んでいた。その中でも比較的押しに弱そうな、頭にタオルを巻いた男に声をかけた。
「お花の植え替えのお手伝いをさせていただけませんか?」
「そ、そんな……ダメです。モリア様のお服が汚れてしまいます」
 予想通り、先ほどの使用人と同じようにやんわりと断られたが、ここで引くわけにはいかない。
 これは私がこの屋敷で生き残るためのごくわずかな可能性なのだから。
「汚れたら洗えばいいのです。それでこれはどうすればいいですか?」
 先ほどの使用人には下手に出て逃げられてしまった。だから今度は半ば強引に出ることにした。そのために押しに弱そうなこの男を選んだのだ。
 手元から花を一鉢取って、他の男たちの真似をしながら植えて行く。
「モリア様!」
「えっと……こう? いや、こっちの方がいいかしら? よければ教えていただけませんか?」
「はい……わかりました」
 そしてその上、男たちにとってはいい迷惑だろうが教えを請うことにした。失敗をするよりはいいかなと思ったのだ。
 男たちは乗り気ではなかったものの、教えるとなれば丁寧なもので
「ここにはこれを植えると他の花とのバランスがいいですよ」
「この花はあんまり土を上から押さえないで、優しく土を被せてあげてください」
 ーーと教えてくれた。
 野菜づくりとは少し勝手が違うがやはり土いじりは楽しい。野菜は食べられるし、花は見ていて癒される。今でも十分綺麗だが、部屋に帰ってから窓から覗けばまたそれはそれで綺麗なんだろうな……。土を柔らかく被せながら完成形を頭に浮かべていると頭の上から声が降りてきた。
「おはよう、モリア」
「おはようございます、ラウス様。今日はいい天気ですね」
「ああ。ところで君は何をしているんだ?」
「お花の植え替えです」
 そう言い切るとさわやかな笑みを浮かべていたラウス様も口元がヒクついた。
「……君はそんなことしなくていいんだよ。庭の手入れは庭師がやるんだから」
 どうやら人の仕事を取るなと言いたいようだった。思えば何か役に立たなければと躍起になっていたがこの仕事を与えられていたのは私ではない。手伝うどころか仕事を無理やり奪い取って、あまつさえ邪魔までしてしまっていた。
 自分の仕事も全うすることが出来ずに、だ。お怒りになられるのも当然かもしれない。
「実家では野菜は育てていましたので、何かお手伝いできると思っていたのですが……その、お花にはあまり詳しくなくて……。お手伝いをするどころか教えてもらうことばかりで、申し訳ありません……」
 男たちに向かって深々と頭を下げると、先ほどまで隣でせっせと植え替えをしていた男たちはいつの間にかタオルと手袋を外し、そして私の言葉を否定するように身体の前で手を振った。
「そんな、とんでもございません。モリア様にお手伝いいただけたおかげでこんなにも庭が美しく変わりました」
 男たちは、あんなにも強引にやってきた割に大して使えないどころか邪魔をしてくる私のことを陥れるなんてことをしなかった。カリバーン家の使用人はやはり優しい人ばかりなのだ。


「そうだ、モリア。朝食の時間だよ」
「お知らせいただきありがとうございます」
 わざわざ伝えに来てくれたのかと嬉しく思っていると、なぜかラウス様は私に向かって手を差し出した。
「行こうか」
「あ、はい」
 何だろう、この手は?
 とりあえず近所の子どもがおやつ欲しさに伸ばしてくる手とは違うものだということだけはわかる。だが肝心のこの手が表す意味がわからない。じいっと見つめて答えを探していると、私の手をラウス様は掴んだ。手袋をしていたとはいえ、今の今まで土いじりをしていた手はわずかに汚れている。
「ラウス様の手が汚れてしまいます!」
「汚れたら洗えばいいだろ」
「ですが……」
「君がそう教えてくれたんじゃないか。……ほら、行こう。みんな待ってる」
『汚れたら手を洗えばいい』――それは私が先ほど庭師の男たちにいった言葉と同じだった。きっとラウス様は聞いていたのだろう。だがよく考えればそれは私が庭師から仕事をもらおうとした時にかけた言葉だ。
 ではラウス様は一体いつからあの場にいたのだろう?
 初めから? だとしたらずっと終わるまで待たせていたことになる。
 私のためなんかに待つ? 
 夜でもないのに、ありえないと頭に浮かんだ考えをすぐさま打ち消す。
 ではなぜ?
 疑問は深まるばかりだ。考えているうちに手洗い場に着き、ラウス様と並んで手を洗った。手を洗うラウス様はどこか楽しそうに石鹸を泡立てる。
 そんなに手を洗うのが楽しいのだろうか?
 本当に不思議な人だ。
「モリア」
 泥のついた手を洗ったはいいものの手を拭くものを持ち合わせておらず、手を振って水気を切る。するとラウス様の後ろにいつのまにか控えていた使用人からタオルを差し出された。行儀の悪いことをするなといったところだろうか。ありがたくそのタオルを受け取ろうとして手を伸ばしたが、直前でラウス様が受け取った。かと思えば私の手をタオルで包み込む。撫でるように拭かれ、何事もなかったかのように綺麗になった手を繋がれる。今の一連の行動はラウス様にとっての日常らしい。私も慣れよう。いや、主人に世話を焼いて貰うなんて慣れない方がいいのか。
 土をいじれば手が汚れるなんて当たり前のことなのに、部屋を飛び出した時にはそこまで考えていなかった……。これからはちゃんと後先を考えて行動しなければ……と胸に刻み付ける。
「行こうか」
 手を引かれ、連れてこられたのはダイニングルーム。一昨日の夜と同じように二つの空席を残して全て埋められている。
「…………」
 言葉に詰まった。ラウス様は明らかにあの空席に私を座らせようとしていると、今更ながらに察知したからだ。
「どうかしたか?」
「えっと……その……私はラウス様たちが召し上がった後で食事を摂らせていただきますので……」
 今更、本当に今更だが今言わなければなし崩しにカリバーン一家と再び食卓を囲むことになる。借金を抱えてやって来たばかりの私が……だ。それはマズイ。非常にマズイ。

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