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「アンジェリカが義姉さんと昼食もお茶会も、夕食までも一緒にするつもりらしいんだ」
 だがその声を向けられた当の二人はといえば慣れているようで、特に気にした様子もない。すると自分の欲しかった答えをもらったお義母様はその冷たい雰囲気など取り払って、まるで駄々をこねる子どものようにサキヌ様の肩を掴んで揺さぶった。
「そんなの私聞いてないのだけど!」
「俺も今聞いたんだよ!」
 前と後ろを強い力で往復させられていたサキヌ様はその力と同じように力強い声でそう答えた。するとパッとサキヌ様の肩から手を離したお義母様は、今度はアンジェリカ様に詰め寄った。
「サキヌはともかくなんで私に言ってくれないの!」
 いきなり顔を寄せられたアンジェリカ様は機嫌悪そうに頬をぷくっと膨らませる。
「……お母様も昨日、私に内緒でお茶会したじゃないですか……」
「だってアンジェリカは予定入ってたじゃない?」
「それでも初めてのお茶会はご一緒したかったんです!」
「それは……そうね……。ごめんなさい」
 アンジェリカ様がテディベアを抱きしめながら、不機嫌ながらも強く主張するとお義母様はすぐに目をそらし、そして謝った。
「わかればいいんです! とにかく今日のお茶会は私とお義姉様の二人で……」
 アンジェリカ様はそれに満足したように再び私の手を握ると、二人に背を向けて歩き出そうとする。けれどその行く手は自分の非を認めて謝ったばかりのお母様によって阻まれる。
「それは違うわ、アンジェリカ。……お茶会はみんなでした方が楽しいでしょう?」
 アンジェリカ様の肩に手を乗せてゆっくりと諭すように語りかける。
「それは……」
 仲間外れはよくないことだとわかっているアンジェリカ様の心を揺らすにはその言葉は十分な威力を発揮する。
 そしてお義母様はそれにもうあとひと押しとばかりに「ねぇ、モリアちゃん?」と私に目配せをする。
「ええっと、その……はい」
 それにはもう頷く以外の選択肢は残されていなかった。
「ほらモリアちゃんもこう言っているじゃない! ということで私もお茶会に……」
 私の言質をとったお義母様はアンジェリカ様の気が変わらないうちに、意気揚々と私とアンジェリカ様の背中を押す。
「お母様、何を強引に話を進めてるんですか!」
 それをサキヌ様はお義母様の腕を強く握りこむようにして制す。お義母様のドレスは私やアンジェリカ様と同じく手首まで隠れるほどの長い袖で、掴まれた腕など直接見えないが指の間に刻まれたシワはその力の強さを表していた。あれでは結構な痛みが走るはずだろう。けれどお義母様は顔色一つ変えることなく私に笑顔を向ける。
「強引じゃないわよね?」
「……ええ」
 強引では、ある。強引ではあるが悪い気はしない。というよりも私の意思とは関係なく腕にはお義母様の腕が絡め取られ、それを解くことなど私には出来そうもない。
「義姉さんがいいなら俺は別に……ただ無理してるんじゃないかって……」
 ゆっくりとお義母様の腕から手を外すと、アンジェリカ様とお義母様に恨めしそうな視線を向ける。
「そんな私は無理をさせる気なんて……。お義姉様も私とのお茶会、楽しみにしてくださってますよね?」
 その問いに声が出るよりも先に首がこくんと上下した。可愛らしいアンジェリカ様にウルウルと上目遣いをされ、頷かないなど私には無理だった。
「さぁモリアちゃん、アンジェリカ、お茶会を楽しみましょう? あ、サキヌは別に来なくてもいいのよ?」
「うっ……」
「だってお茶したくないのでしょう?」
「…………義姉さん、俺もいい?」
 追い打ちまでかけられ、しょぼんと落ち込んでしまったサキヌ様の頭に犬の耳のようなものが見えるのだから、私はつくづくこの家族には弱いのだろう。
「ええ」
 もしも私の背が後20cmほど高かったら、嬉しそうにお茶会ご一行の仲間に加わったサキヌ様の頭を間違いなく撫でていただろう。


「お兄様がいないこの時間こそお義姉様と親睦を深める絶好のチャンスですわ!」
「ラウスったら独り占めするんだもの。独り占めはよくないわよね?」
「義姉さんが結婚するのはお兄様なんだから仕方ないっちゃ仕方ないけどな……」
「サキヌったらまたそんなこと言って! 私の時はお説教ばっかりなのに、全く誰に似たのかしら……」
「俺だって義姉さんともっと長くいたいけど、だからって義姉さんとお兄様の気持ちを無視はできないだろ……」
 右は手を揺らし、左は離すまいとガッチリと絡められた腕。そして後ろは立ち止まればすぐに衝突しそうな距離。彼らは私を包囲しながら口々に文句を垂れ流す。……主に身内であるラウス様に。
 一体いつ、私がここまで彼らに好かれるだけの何かをしたのだろうか。もしくは私に似た誰かが友好を深めていたのかもしれない。そう思うと純粋に楽しく交流を深めてくれている彼らには申し訳ない気持ちになる。
「ねぇ、モリアちゃん」
「は、はい、何でしょう、お義母様!」
 考え事をしていたせいで驚くように返事を返すと、ピタリとお義母様は足を止めた。その身体は徐々に震えを増していく。
「お義母様?」
 話をちゃんと聞いていなかったのがバレてしまったのか。怒られるかもしれないと止まった足に視線を注いだ。けれどお義母様の反応は私の予想していたものと大きく違った。
「お義母様……お義母様ですって!? なんて素晴らしい響きなの!」
 どうやらお義母様と呼ばれたことに感動していたらしい。
 お母様とお義母様って紙に書くと違うけど、発音は一緒なのにな……。
 怒られるよりは何倍もいいのだが、そんなに喜ばれると少し対応に困る。
 こんな時、どうするのが正解なのだろう? というより他の二人だって大げさなお義母様の反応に困っているに違いない。そう思って横目で二人を確認したのだが、二人は揃いも揃ってお義母様側の人間だった。
「義姉さん、俺のこともサキヌって呼んで?」
「私のことはアンジェリカと!」
 この場で困っているのは私ただ一人だ。味方などいない。この状況をどうやって切り抜けるかは自身で方法を見つけるしかなさそうだ。
「ええっと、サキヌ様?」
「サキヌって呼び捨てでいいよ。俺は義弟なんだから」
「サキヌ?」
「なんだい、義姉さん」
「お義姉様、私は? 私は?」
「アンジェリカ?」
「はい、お義姉様!」
 この後、庭に到着するまで、いや到着後もしばらくこの名前を呼び続けるという謎の行動が繰り返された。私には一体これの何が楽しいのかはわからないが、彼らにとっては有意義な時間だったらしい。
 名前を呼んだ後の彼らは一様に蕩けるような表情を私に向けたのだから。
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