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「今日は久しぶりにお茶会をしましょう!」
ラウス様とお義父様を見送った私達はお義母様のその言葉により、そのまますっかりお馴染みとなった庭へと移動した。
今回は初参加となるグスタフが居るのだが、なぜか私よりも先に進んで行く。
時々振り返るその顔がちゃんと着いてこいよと確認されているようで、手を伸ばして彼の身体を抱きかかえた。
「大丈夫だって」
心配性で世話焼きなグスタフにそう告げると、空いてしまった3人との距離を小走りで詰めた。
庭へと着くといつものテーブルには椅子が5つ用意されていた。いつもよりも1つ多いその椅子は何のためだろうと考えているうちに私以外の3人と、遅れて腕の中から出てきたグスタフが席に着いた。そのことに3人が何かを指摘する声はないため、私もそのまま何事もなかったかのように席へと着くとお茶会が開始された。
まず初めに上がった話はアンジェリカと私を除く、お義母様、お義父様、ラウス様、サキヌの4人が今度の週末に開かれる夜会に出席するから……とのお知らせだった。
すでに知らされていたらしいアンジェリカに続き、私も「わかりました」と頷いた。するとその話題はすぐに終わりを告げて、次の話題へと入る。
「モリアちゃん、あなたはまだサンドレアに籍を置いている形になっているんだけど……再来週の、王家主催の夜会にはラウスの妻として参加してくれないかしら?」
他の2人の様子から察するにこちらが本題らしい。
「それは構いませんが、ドレスはサンドレア屋敷に置いたままでして……」
そんな言葉は想定だったらしいお義母様はすぐにそれの対応策を提示した。
「夜会用のドレスはもう出来上がっているからそれを着て行ってちょうだい」
おそらくは初めの日に採寸したのを元に作ったのだろう。そういえばウェディングドレスも一ヶ月ほどで仕上げると言っていた。よほど腕のいい針子を抱えているんだなぁと感心してしまう。
色合いが派手なのはこの際抜きにして、技術はさすが専門家と言ったほどで細かいところの装飾も凝ったものが多い。ついつい自分の服を眺めてしまう。するとそれで何かを思い出したらしいお義母様は途端に申し訳なさそうに眉を寄せると、私の手を握りしめた。
「それでね、ウェディングドレスなんだけど……まだ出来ていないの。途中でラウスがどうしてもデザインを変えたいって言い出して」
「お兄様があれだけ早めに、って言ってた割には遅いなと思ったら……。お母様ならともかくとして、お兄様が途中変更なんて珍しいね」
「どうしても白薔薇のモチーフがいいんですって」
「お義姉様なら何を着ても似合いますよ?」
「アンジェリカ、わかってないわねぇ。ウェディングドレスといえば生涯一回しか着ないのよ。私もモーチェフ様との結婚式はどうしても選びきれなくて5着は用意したものよ……」
ウェディングドレスの話題をキッカケに始まったお義母様とお義父様の馴れ初めは、とてもロマンチックで、早速登場した、お互いに別にいた婚約者という障害を2人で乗り越えるところなんかは聞いているだけで胸が熱くなってくる。
だがサキヌとアンジェリカはもう何度も聞いているのか、全く聞いている様子などないのにその続きがお義母様の口から語られるより早くポンポンと答えが出てくる。
そして全ての障害を乗り越え、結婚したところまで語られるとサキヌは私に向かって身を乗り出した。
「俺はお母様達の馴れ初めよりお兄様と義姉さんの出会いの方が好きだな!」
そしてそれに同調するようにアンジェリカも興奮気味にまくし立てる。
「あの女嫌いのお兄様をたった一夜にして惚れさせたお話ですね! あれは私も好きです! 是非お姉様からもお話を聞いてみたいです!」
「それは、その……」
その様子に私はなんと答えるべきか考えあぐねた。
私の寝坊助の記憶は未だ奥底に眠っているのだ。
すると困る私にお義母様は助け舟を出してくれた。
「いいの、モリアちゃん。モーチェス様もそうなのだけど、あの子はいざって言う時に押しが弱くて……ラウスにとっては一生を変えるだけの出来事でも、どうせあの子は何もできなかったのよね。記憶に残っていないのは仕方のないことよ」
「そんなことは……」
そう否定しようとするとお義母様はフルフルと首を振り、そして後の2人は納得したように仕方がないとお義母様の言葉に賛同するように頷いた。
「まぁ私はそれが気に入らなくて押して押して押して、やっと手に入れたから今があるのだけどね。…………それにね、思い出がないなら作ればいいだけよ。会う前よりも会ってからの方が人間、長く生きるんだから」
私はその日、お義母様の芯の強さを再確認したのであった。
『思い出がないなら作ればいいだけよ』
お茶会でのお義母様の言葉が胸に突き刺さった私はその夜、意を決してブーケを作りたいのだとラウス様にお願いした。
一度は諦めたブーケを、ラウス様との結婚式に用意したいと思ったのだ。
すると意外にもラウス様は「いいぞ」と快諾してくださった。だがサンドレアの家に材料を取りに戻りたいと告げると表情を曇らせた。
「材料なら揃えさせる。だから……」
サンドレアの家まで、最低3日。行き帰り、そして作業にかかる時間を合わせたらきっと私は1週間以上カリバーン屋敷に帰ってくることは出来ないだろう。
材料費を気にしなくてもいいらしい今、わざわざサンドレア屋敷まで帰ってブーケを完成させる必要性は薄い。
――けれどそれだけが目的ではないのだ。
「帰って、お母様とお父様にこの1ヶ月と少しのことを報告しようと思います」
きっと心配しているだろうから。
ラウス様は、カリバーンの人達は私を歓迎してくれているのだと、そしてこの場所で私は生きて行くことを決めたのだと、他でもない大事な家族に伝えたいのだ。
「そうか……。俺も一度、サンドレア家に挨拶に伺いたいのだが、生憎仕事が立て込んでいてな……。モリア、気をつけて行ってきてくれ」
「はい! ありがとうございます」
その翌日、早速私はグスタフをお供に連れてしばらくぶりのサンドレア家へと向かった。
道中進んでは休みを繰り返し、4日かけて辿り着いたその場所はあの頃のままのサンドレア領だった。
「ただいま?」
グスタフを横に引き連れ、胸の前ではブーケの材料として途中で入手したバラをかかえる。ドアベルを鳴らすことなくそのまま屋敷の中へと突き進むとちょうど畑に出ようとしていたお兄様と目があった。
「モリア……モリアなのか?」
「お兄様、ただいま帰りました」
「モリアが帰ってきたぞー!!」
お兄様の久しぶりの雄叫びは耳にキーンと余韻を残す。すると奥からはそれを聞きつけたお父様とお母様が使用人を引き連れて駆け下りてくる。
「モリア?!」
「お帰りなさい、よく帰ってきたわね……」
涙を浮かべて抱きつく3人には、腕の中のバラの花びらが落ちることを恐れて一旦離れていただいた。
そして愛する家族にカリバーン家での出来事を話した。
カリバーンは借金のカタに嫁にとったつもりはないこと。
カリバーン家の皆さんがとても優しくしてくださっていること。
ラウス様が愛してくださっていること。
過去に彼とは一度、出会っていたこと。
ラウス様との出会いの記憶がないことは伏せた。ないと言えばまた心配性のお父様達の気持ちを荒ぶらせるだけだからだ。ラウス様は私にその日の記憶がないことを納得してくださった。そしてそれでも愛していると言ってくださった。
すると私の報告を聞いたこの場にいた誰もが頬を緩ませて、そして「お祝いだ」と私の手を引いた。
グスタフは最後尾でぶにぁと鳴きながら付いてきている。
私の帰宅を喜んだお母様が作ってくれた木の実をふんだんに使ったケーキを囲みながら、詳しい話を聞かせてちょうだいとせがまれた私はあの家での出来事を語った。
今日はブーケを作りに帰って来たのだと告げるとお母様は私を強く抱きしめた。
「やっとモリアにも愛する人が出来たのね」
そう言って自分のことのように喜んでくれた。
私はお母様に抱かれながら、そうかこれが恋なのかと今さらながらに自分の気持ちを自覚したのだった。
ラウス様とお義父様を見送った私達はお義母様のその言葉により、そのまますっかりお馴染みとなった庭へと移動した。
今回は初参加となるグスタフが居るのだが、なぜか私よりも先に進んで行く。
時々振り返るその顔がちゃんと着いてこいよと確認されているようで、手を伸ばして彼の身体を抱きかかえた。
「大丈夫だって」
心配性で世話焼きなグスタフにそう告げると、空いてしまった3人との距離を小走りで詰めた。
庭へと着くといつものテーブルには椅子が5つ用意されていた。いつもよりも1つ多いその椅子は何のためだろうと考えているうちに私以外の3人と、遅れて腕の中から出てきたグスタフが席に着いた。そのことに3人が何かを指摘する声はないため、私もそのまま何事もなかったかのように席へと着くとお茶会が開始された。
まず初めに上がった話はアンジェリカと私を除く、お義母様、お義父様、ラウス様、サキヌの4人が今度の週末に開かれる夜会に出席するから……とのお知らせだった。
すでに知らされていたらしいアンジェリカに続き、私も「わかりました」と頷いた。するとその話題はすぐに終わりを告げて、次の話題へと入る。
「モリアちゃん、あなたはまだサンドレアに籍を置いている形になっているんだけど……再来週の、王家主催の夜会にはラウスの妻として参加してくれないかしら?」
他の2人の様子から察するにこちらが本題らしい。
「それは構いませんが、ドレスはサンドレア屋敷に置いたままでして……」
そんな言葉は想定だったらしいお義母様はすぐにそれの対応策を提示した。
「夜会用のドレスはもう出来上がっているからそれを着て行ってちょうだい」
おそらくは初めの日に採寸したのを元に作ったのだろう。そういえばウェディングドレスも一ヶ月ほどで仕上げると言っていた。よほど腕のいい針子を抱えているんだなぁと感心してしまう。
色合いが派手なのはこの際抜きにして、技術はさすが専門家と言ったほどで細かいところの装飾も凝ったものが多い。ついつい自分の服を眺めてしまう。するとそれで何かを思い出したらしいお義母様は途端に申し訳なさそうに眉を寄せると、私の手を握りしめた。
「それでね、ウェディングドレスなんだけど……まだ出来ていないの。途中でラウスがどうしてもデザインを変えたいって言い出して」
「お兄様があれだけ早めに、って言ってた割には遅いなと思ったら……。お母様ならともかくとして、お兄様が途中変更なんて珍しいね」
「どうしても白薔薇のモチーフがいいんですって」
「お義姉様なら何を着ても似合いますよ?」
「アンジェリカ、わかってないわねぇ。ウェディングドレスといえば生涯一回しか着ないのよ。私もモーチェフ様との結婚式はどうしても選びきれなくて5着は用意したものよ……」
ウェディングドレスの話題をキッカケに始まったお義母様とお義父様の馴れ初めは、とてもロマンチックで、早速登場した、お互いに別にいた婚約者という障害を2人で乗り越えるところなんかは聞いているだけで胸が熱くなってくる。
だがサキヌとアンジェリカはもう何度も聞いているのか、全く聞いている様子などないのにその続きがお義母様の口から語られるより早くポンポンと答えが出てくる。
そして全ての障害を乗り越え、結婚したところまで語られるとサキヌは私に向かって身を乗り出した。
「俺はお母様達の馴れ初めよりお兄様と義姉さんの出会いの方が好きだな!」
そしてそれに同調するようにアンジェリカも興奮気味にまくし立てる。
「あの女嫌いのお兄様をたった一夜にして惚れさせたお話ですね! あれは私も好きです! 是非お姉様からもお話を聞いてみたいです!」
「それは、その……」
その様子に私はなんと答えるべきか考えあぐねた。
私の寝坊助の記憶は未だ奥底に眠っているのだ。
すると困る私にお義母様は助け舟を出してくれた。
「いいの、モリアちゃん。モーチェス様もそうなのだけど、あの子はいざって言う時に押しが弱くて……ラウスにとっては一生を変えるだけの出来事でも、どうせあの子は何もできなかったのよね。記憶に残っていないのは仕方のないことよ」
「そんなことは……」
そう否定しようとするとお義母様はフルフルと首を振り、そして後の2人は納得したように仕方がないとお義母様の言葉に賛同するように頷いた。
「まぁ私はそれが気に入らなくて押して押して押して、やっと手に入れたから今があるのだけどね。…………それにね、思い出がないなら作ればいいだけよ。会う前よりも会ってからの方が人間、長く生きるんだから」
私はその日、お義母様の芯の強さを再確認したのであった。
『思い出がないなら作ればいいだけよ』
お茶会でのお義母様の言葉が胸に突き刺さった私はその夜、意を決してブーケを作りたいのだとラウス様にお願いした。
一度は諦めたブーケを、ラウス様との結婚式に用意したいと思ったのだ。
すると意外にもラウス様は「いいぞ」と快諾してくださった。だがサンドレアの家に材料を取りに戻りたいと告げると表情を曇らせた。
「材料なら揃えさせる。だから……」
サンドレアの家まで、最低3日。行き帰り、そして作業にかかる時間を合わせたらきっと私は1週間以上カリバーン屋敷に帰ってくることは出来ないだろう。
材料費を気にしなくてもいいらしい今、わざわざサンドレア屋敷まで帰ってブーケを完成させる必要性は薄い。
――けれどそれだけが目的ではないのだ。
「帰って、お母様とお父様にこの1ヶ月と少しのことを報告しようと思います」
きっと心配しているだろうから。
ラウス様は、カリバーンの人達は私を歓迎してくれているのだと、そしてこの場所で私は生きて行くことを決めたのだと、他でもない大事な家族に伝えたいのだ。
「そうか……。俺も一度、サンドレア家に挨拶に伺いたいのだが、生憎仕事が立て込んでいてな……。モリア、気をつけて行ってきてくれ」
「はい! ありがとうございます」
その翌日、早速私はグスタフをお供に連れてしばらくぶりのサンドレア家へと向かった。
道中進んでは休みを繰り返し、4日かけて辿り着いたその場所はあの頃のままのサンドレア領だった。
「ただいま?」
グスタフを横に引き連れ、胸の前ではブーケの材料として途中で入手したバラをかかえる。ドアベルを鳴らすことなくそのまま屋敷の中へと突き進むとちょうど畑に出ようとしていたお兄様と目があった。
「モリア……モリアなのか?」
「お兄様、ただいま帰りました」
「モリアが帰ってきたぞー!!」
お兄様の久しぶりの雄叫びは耳にキーンと余韻を残す。すると奥からはそれを聞きつけたお父様とお母様が使用人を引き連れて駆け下りてくる。
「モリア?!」
「お帰りなさい、よく帰ってきたわね……」
涙を浮かべて抱きつく3人には、腕の中のバラの花びらが落ちることを恐れて一旦離れていただいた。
そして愛する家族にカリバーン家での出来事を話した。
カリバーンは借金のカタに嫁にとったつもりはないこと。
カリバーン家の皆さんがとても優しくしてくださっていること。
ラウス様が愛してくださっていること。
過去に彼とは一度、出会っていたこと。
ラウス様との出会いの記憶がないことは伏せた。ないと言えばまた心配性のお父様達の気持ちを荒ぶらせるだけだからだ。ラウス様は私にその日の記憶がないことを納得してくださった。そしてそれでも愛していると言ってくださった。
すると私の報告を聞いたこの場にいた誰もが頬を緩ませて、そして「お祝いだ」と私の手を引いた。
グスタフは最後尾でぶにぁと鳴きながら付いてきている。
私の帰宅を喜んだお母様が作ってくれた木の実をふんだんに使ったケーキを囲みながら、詳しい話を聞かせてちょうだいとせがまれた私はあの家での出来事を語った。
今日はブーケを作りに帰って来たのだと告げるとお母様は私を強く抱きしめた。
「やっとモリアにも愛する人が出来たのね」
そう言って自分のことのように喜んでくれた。
私はお母様に抱かれながら、そうかこれが恋なのかと今さらながらに自分の気持ちを自覚したのだった。
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