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【5】あなたに不相応な妻

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園遊会は、続いている。
会食の時間が終わり、これから始まるのは『国土清浄の儀』――この国から厄災を祓い、疫病を遠ざけるといわれる儀式だ。

この儀式では、国の東西南北の守護を任された四聖爵という4つの家門の当主たちが、神様に祝詞と剣舞を奏上する。


「千里千年に神の御光みひかりの満つるが如く――」

祝詞をとなえながら、儀礼用の細剣レイピアを掲げるミュラン様たち4人の『四聖爵(ししょうしゃく)』を、わたしは遠巻きからじぃっと見つめていた。

(……キレイ)

大広間の四方それぞれに四聖爵の一人ひとりが立ち、儀礼の型に則って剣舞を披露していく。やがて互いに迫って剣を交えては、ぴたりと止まり、舞うように刃を躱しあう。

「甘ったるい顔したイヤな奴」と思っていたことが申し訳なくなるくらい、ミュラン様は綺麗だった。
黒を基調とした長丈の儀礼服は、これ以上ないくらい彼に似合っている……会場のご婦人方が甘いため息をつくのも納得だ。

彼が舞うたび、儀礼服の裾が優雅にひるがえる。
なぜかドキドキしてしまう……「愛人でもいいからお近づきになりたい」というご婦人がいっぱいいるのも、理解できてしまう気がしてきた……

(……って、違うでしょリコリス! これ、大切な儀式なんだから真剣に見なくちゃ)

うちの実家みたいな下級の家柄では、四聖爵の儀式を見る機会なんて絶対にない。
せっかく期間限定の妻をしてるんだから、目に焼き付けておこうかな……。

四聖爵の細剣が交わるたびに色とりどりの光が走るのは、もしかすると各家に宿る『妖精の力』とかなのかな。……ガスターク家は聖水妖精ウンディーネという高貴な妖精を従えているということだけれど、その妖精って、どこにいるんだろう?

わたし、1年以上ガスターク家の屋敷で暮らしてるけど、妖精なんか一度も会ったことないな。
今度、屋敷の誰かに聞いてみようかな。
ミュラン様と精霊が一緒にいたら綺麗すぎて、さぞや絵になるだろうな。

……などと思っているうちに、儀式が終了してしまった。

(あぁ、もっとちゃんと見ておけばよかった!)

わたしが後悔している間にも、ひざまずく四聖爵たちに向かって、壇上の女王陛下がお褒めの言葉を贈っていた。

よく考えたら、女王陛下のお顔を直接見るのは初めてだ。すぐ後ろにいらっしゃるのはエドワード王太子と、婚約者のアレクシア=レカ公爵令嬢だよね。うわぁ、このお二人すごい美男美女カップル……仲良さそう。

それにしても、どこもかしこも、偉い人ばっかりだ。
改めて、自分が場違いなところに来てしまったことを実感してしまう。居心地が悪くてたまらない。

「……ねぇ、あのお嬢さんはどちらの方?」
「ガスターク公爵のご夫人だそうよ」
「あぁ、噂の……」

という周囲のあざけりっぽい小さな声が、わたしに向けられたものなのだと、すぐに気づいた。

「あんなお嬢さんを、どうして公爵閣下はお選びになったのかしら」
「さぁ。……ご出身はリエンナ伯爵家だそうよ」
「リエンナ? 聞いたことがないわね」
「南部の貧乏貴族らしいわよ?」

「そういえば先日、カルシャ家のイザベラお嬢様がガスターク公爵のお屋敷から追い出されたって……」
「そうそう。噂だと、ガスターク公爵がお倒れになったときに…………」
「あんなにお美しいお嬢様が追い出されるなんて。ガスターク公爵は難しい方なのねぇ」

くすくす。こそこそ。そこかしこで響く噂話が、耳に痛い。

「あの「小さな奥様」も、どうせすぐに捨てられてしまうんでしょうね」

「そうねぇ。ガスターク公爵がどんな気まぐれでお選びになったか知らないけれど、どう見ても不相応だものねぇ……」

分かってる。
分かってるってば……


声も出せず、身動きもできず、わたしは一人で凍ったみたいにその場に突っ立っていた。

「待たせたね、リコリス」
儀礼服から夜会用の正装に着替え直したミュラン様が、わたしの前に戻ってきた。

なにか、言わなきゃ。
おつかれさまです! ステキでした!! と元気に言えたらよかったのだけど……なんだか息が詰まって、ミュラン様の顔を見られない。

「リコリス?」
覗き込んでこないでください……ミュラン様。

「顔色が悪いな。疲れているのかい? ……休む部屋を用意してもらおうか」
――優しい言葉をかけるのも、やめてください。

バカみたいに突っ立って無反応なわたしと、ミュラン様の間に、横合いから妖艶な貴婦人たちが割り込んできた。

「閣下。先ほどの儀式、とてもお素敵でしたわ」
「心が洗われるようでした! 閣下のご人徳ですわ!」
「わたくし、もっと閣下とお近づきになりたいのですが……」

やっぱり、みんな美人だなぁ……
ほら、ミュラン様の好きそうな女性もたくさん来てるじゃないですか。今なら全部取り放題ですよ?

わたしなんか、どうせ『痩せたカラスみたいな女』だから。
どうせ『生理的に受け付けない女』だから。
だから……放っておいてください。

「ミュラン様! わたし、外の風に当たりたいので失礼しますね。どうぞごゆっくり」

わたしは、がんばって笑顔を浮かべてそう言うと、一人で外に出ていった。

   * * * * *

わたしは一人で、式典会場の外に飛び出していた。

夜風が冷たい。
冷たいけど、独りぼっちのほうがよっぽど気楽だった。

(……やっぱり、来るんじゃなかった。こんなとこ)

あと2年だけ夫婦ゴッコして、屋敷に引きこもっていれば済むのに。
どうして夜会になんか、ついて来ちゃったんだろう。


『あの「小さな奥様」も、どうせすぐに捨てられてしまうんでしょうね』


……悪意に満ちたささやき声が、耳にこびりついて離れない。
頭を振ってみても、何度も何度も声がよみがえってくる。

(別に捨てられたって良いわよ。……わたしだって、離婚して、さっさと慰謝料もらって実家に帰りたいんだから。ミュラン様なんて全然好きじゃないし。あと2年だけ我慢すればおしまいなんだから)

なのに、どうして泣いてるの? なんで悔しいの?
自分で自分が分からない。


「――待て、リコリス!」
唐突に、腕をうしろから引かれた。
整った顔立ちに戸惑いの色を浮かべて、ミュラン様がわたしを引き寄せていた。

「触らないでください!」
ぱしっ。と、とっさに跳ねのけてしまう。

月明りに照らされた夜の庭園。
他に人はいない。
わたしは、無遠慮に声を張り上げていた。

「ミュラン様、「良い人」っぽく振る舞うの、いい加減にやめてくれませんか!? みじめな気持ちになってしまうんで、迷惑です!」

我ながら、イヤな子だなと思った。……でも、罵詈雑言が止まらない。

「良い人っぽく振舞う? ……僕が?」
ミュラン様は、整った顔に困惑した表情を浮かべていた。


「僕は、自分が善人だと思ったことはないし、善人のまねごとをしようと思ったこともない」

「じゃあ、なんでいきなり優しくなったの!? 結婚して1年近く無視してたくせに、いきなり優しくなるなんて変ですよね?」

「それは……」

「3年待てば慰謝料もくれるっていうし、指一本触れないって言うし。でもそれって、ミュラン様には何の得があるんですか? ……わたしが看病してあげたのが、そんなに嬉しかったの? だったら残念ですけど、ミュラン様の勘違いですからね!」

やめて、これ以上ひどいこと言わないで。止まって……。

自分の言葉を止めようと思ったのに、今まで我慢していた言葉が、全部、勝手にあふれてくる。

「看病と言っても、わたし、全然役に立ってませんでしたから。ただ眺めてただけです! ……「あなたが死んだらわたしにいくら遺産が入るかなぁ」とか、そういう最低なことも考えました。だから、勝手に感謝されても困るんです!」

今まで通りの「空気妻」でいいんですよ、ミュラン様……
変に距離を詰められると、どうしたらいいか分からないんです。

わたしは、泣きながらミュラン様のことを責め続けた。

「……知ってるよ、リコリス。君が僕を心の底から嫌っているのは、よく知っている」
ミュラン様は、とても悲しそうな顔をしている。

「……そうだね、急に態度を変えられて、君が戸惑うのも分かる。……どう説明すべきか」

途方に暮れたような顔で、ミュラン様は月を仰いでいた。
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