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第3章 「皇帝の陰謀と動き出す闇」
137話:「勇者到着の一報」
しおりを挟む「そうか、ようやくこのガルヴァスに来おったか!」
そう話すのは、ドライゴン帝国皇帝アリシア・ティル・ドライゴンだ。
自室に備え付けられた、豪華な装飾の施されたソファーから見御乗り出すと
彼女のけしからん膨らみがふるりと揺れる。
勇者大和が王都ガルヴァスに入ったとの知らせがアリシアのもとまで伝えられると
彼女は年齢に相応しいほどの眩しい笑顔を浮かべると彼女の側近を務める宮廷筆頭文官長マリース・ヴァン・クロイツェルに視線を向ける。
アリシアの視線を受けて、しばしの沈黙ののちマリースが口火を切る。
「それでいかがなさるおつもりですか?」
「決まっておろう、すぐにでも勇者を連れて来るの―――」
「それはできません」
アリシアが話し終わる前に割って入ると、彼女の言葉を切って捨てるように一刀両断する。
マリースの返答が意外だったのか目を見開くとすぐに反論する。
「なぜじゃ!? なぜ連れて来れぬのじゃ!!」
「それは―――」
マリースはできるだけアリシアを刺激しないように言葉を選んで説明した。
彼女の話では勇者というのは魔王討伐などの神の啓示を受けた者を指す言葉であり
神から受けた啓示は何を置いても優先される。
つまり一国の皇帝と言えど、勇者を強制的に召集することはできないのだ。
もし無理に勇者の行動を制限しようものなら勇者を神として崇拝する国や周辺諸国の不快感を買うこととなり
いくら大国のドライゴン帝国とて窮地に立たされることになる。
「以上の理由からこちらから勇者を呼び出すことはできないのです。
不本意かと思いますが、ここは諦めてくださいませ」
「ぐぬぬぬぬ・・・・・・」
十五という若輩ではあるが聡明な彼女であるが故にこれ以上の言葉は無かった。
握りこぶしをふるふると震わせるその姿は年相応の少女を思わせたがそれを口にすると
途端に不機嫌になるためマリースは口には出さない。
悔しそうに唇を噛みしめながら顔を歪めて呻っているかと思った刹那、その顔が一変して何かを閃いたように明るくなる。
嫌な予感がしたがこの場から逃げるわけにもいかないため彼女の言葉を静かに待った。
「そうじゃ! 連れて来れないならこちらから出向けばよいのじゃ!!
うんうん、我ながら実に良い名案じゃ!!」
普通に思いつくのではとマリースは心の中でツッコミを入れる。
口に出さないのは藪をつついて蛇を出さないようにするためだ。
腰に手を当てふんぞり返るとアリシアはマリースに人差し指を向け命令する。
「では早速勇者の所に向かうの―――」
「駄目です」
「なぜじゃ、なぜ駄目なのじゃ!?」
「ご自分の立場というものをお考え下さい!」
マリースの意見は至極当然の意見だった。
まだ若いとはいえ皇帝陛下であるアリシアが自国の王都とは言え簡単に動き回られては
それを警護する騎士たちの心労は計り知れない。
増してやドライゴン帝国の歴史の中でも一二を争うほどの知謀の持ち主と言われている彼女の命は
帝国の騎士千人の命でも釣り合わないほどに重かった。
そんな彼女を不確定要素の多い場所に連れていくことなど皇帝陛下の側近として容認できるわけがない。
マリースは心を鬼にして、まだあどけなさが残る彼女と向き合うと片膝を付き平伏したあと語り始めた。
「アリシア様、いえ皇帝陛下。 あなた様はこのドライゴン帝国の未来を担う大切な御方。
その小さきお体にはこの国の行く末が掛かっているのです。
何卒、何卒そのことをお忘れになられぬようこのマリースは願っております」
わざとらしく口を塞ぎ嗚咽交じりでマリースは口上を述べる。
だがこれは彼女のいつもの手だった。
アリシアが幼少の頃から仕えているマリースにとって彼女を手玉に取ることなど容易い事だった。
「わ、わかったのじゃ。 じゃからもう泣くでないマリース」
「お分かりいただけてこのマリース嬉しゅうございます」
わざとらしく涙を拭うと彼女は立ち上がる。
そして、アリシアがこれ以上何も言ってこないのを確認すると一礼し部屋を後にした。
「では私は用向きがございますのでこれで失礼いたします」
「うむ」
ばたりと扉が閉められると、座っていたソファーに身体を預けため息を一つ付く。
それからしばしの間、部屋が静寂に包まれたと思ったがそれは彼女が放った一言で打ち破られた。
「許せマリース、妾ももう子供ではないのじゃ・・・・・・」
その翌日の早朝、誰も預かり知らぬところでアリシアの姿が忽然と消えた。
そのことにマリースたちが気付いたのは昼を過ぎてからの事だった。
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