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陰謀編

骨の山とアルタイル

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 これは後から聞いた話。

「リコリス、フレアと一緒に行って!!」
「分かりましたわ!!」
 火球魔法を使う相手を追うフレアとリコリス。二人は身体強化した体で城壁を垂直に駆け上がった。
 そして城壁の上にはローブを着込んだ怪しい男。
 向こうもこちらに気付いたと同時に魔法を放つ。氷の槍が二人を狙う。
「こんなもの!!」
 リコリスの拳と足が氷の槍を打ち落とす。しかしその間に男は離れていく。そして離れつつ氷の槍を放ち、二人の進路を阻む。
「ああっ、もうっ、うっとうしいわね!!」
「リコリス様」
 フレアは落ち着いた声で言う。
「相手の攻撃は無視して下さい」
「あなたの事をよく知らない。信じて良いの?」
 フレアはニコッと笑った。
「そうね。あのシノブのメイドですもの。信じますわ」
 リコリスは男に突っ込んだ。
 そのリコリスを氷の槍が狙う。前方から迫り来る無数の攻撃。そのリコリスの前面、魔法陣の障壁が作り出される。それはフレアの防御魔法。
 氷の槍は障壁に触れると同時に霧散した。そして男の懐に飛び込んだリコリス。
「終わりよ」
 その拳が男の腹部にドスンッとめり込むのだった。

★★★

「ヴォル兄、キリが無ぇっすよ!!」
「大丈夫。シノブが何とかする。それまでの我慢」
「うっす!!」
 スケルトンはヴォルフラムとミツバにとって簡単な相手ではある。心配なのは自身の体力があるうちに終わるのか。いつ終わるのか分からない継続的な戦いは精神的に相当の負担だ。
 それでもシノブがいる限り、かならず相手に終わりがあるのだ。そう信じていた。
 そしてまたスケルトンの骨が砕け飛ぶ。

 その二人にスケルトンは任せ、ビスマルクは目の前の男に集中していた。
 外したローブの下から現れたのは屈強な男。顔付き、体の所々に残る傷跡、それが戦いを仕事にする者である事をビスマルクは一目で見抜いていた。
 その男が短剣を手に持つのは派手に戦う為ではない、その逆、暗殺だ。つまりこの男は誰かを殺すつもりでこの場にいるのだ。
 なおさら逃がすわけにはいかない。
 素早く突き出される男の短剣。しかしビスマルクはその巨体に似合わない素早さで回避する。そしてその巨体から爪を振り下ろした。
 男はその一撃を紙一重で避けて見せる。
 勢い余りビスマルクの一撃は地面に叩き付けられた。それにより体勢が前傾姿勢になってしまう。それは男にとってはチャンスだった。バランスを崩したビスマルクに向かって短剣を……
 しかし前傾姿勢のビスマルクはそのまま前方に回転する。まさかこの巨体で……男は思っていなかっただろう。
 男の頭上からビスマルクの太い足が振り下ろされた。空手で言うなら胴回し回転蹴り。
 衝撃と共に男は意識を飛ばした。

★★★

 やがてスケルトンは数を減らし、最後の一体をミツバの戦斧が斬り飛ばした。
「終わったんすかね?」
「そうかも」
 スケルトンの増援は現れない。
 ちょうどそこに。
「終わったわ。ね、フレア」
 リコリスの言葉にニコッと微笑むフレア。その脇には男が抱えられていた。リコリスの一撃は男を呼吸困難に陥れ、そのまま酸欠で気絶させたのだ。
「全員、怪我は無いか?」
 ビスマルクは無造作に男を投げ捨てる。ビスマルクの蹴りを頭に受けたのだ。すぐには目を覚まさないだろう。
「パパ。これはシノブがやったのかしら」
「ああ、多分そうだろう」
 ビスマルクがそう答えた時。

★★★

 俺は城から出る。
 中庭には無数の骨、骨、骨の山。
 そして、みんないる。無事で良かったぜ。そしてみんなの足元に二人の男が転がる。
「お疲れ様。みんな、怪我とかしてないよね?」
「大丈夫」
「これぐらい余裕っすよ」
「そうね。余裕だったわ」
 ヴォルフラムもミツバもリコリスも、まだまだ余裕がありそう。本当に頼りになる仲間だぜ。
 そしてフレアは微笑みで答える。
「終わったんだな」
「はい」
「……アルマは?」
「……」
 ビスマルクに俺は首を横に振る。
「……そうか……」
「戻りながら、あった事を説明しますね」

★★★

 町に戻り、アルマの死を伝えると、アッキーレは崩れ落ちる。そして嗚咽を漏らし泣いた。
 どれくらい泣いただろうか。
「少し落ち着きましたか?」
 俺の言葉にアッキーレは静かに頷いた。
「……申し訳ありません……恥ずかしい所を見せてしまって……」
「いいえ。大丈夫ですよ。最愛の娘さんだったんですよね?」
「もちろんです。私の大事な一人娘、何で……何でこんな事に……」
「娘さんの……アルマさんの話をしませんか?」
「アルマの……」
「はい。アルマさんはどんな女の子でしたか?」
「……亡くなった妻に似た、とても良い子でした……」
「奥さんは事故で亡くなったんですよね?」
「はい……アルマが産まれてすぐに……空き家が崩れまして、たまたま近くにいた妻が……」
「だから、アルマさんを外に出さなかったんですね?」
「そうです……妻は外に出て死んでしまったので、だからアルマだけはと……家の中に……」
 みんな、俺とアッキーレの二人を黙って見守っていた。
「でもアルマさんはまだ子供ですから、外に出ようとしたんじゃないですか?」
「そうですね……そんな事もありました」
 アッキーレは涙に潤んだ目で笑った。過去を懐かしむように。
「その時はどうやってアルマさんを説得したんですか?」
「はい。足の腱を切りました」
 その瞬間、リコリスとキオが息を呑む。
「アルマは良い子でしたから……最後は分かってくれました。本当に物分かりの良い、可愛い子でした……」
「そうですね。可愛い子だったと聞きました。だから抱いたんですね?」
「当たり前じゃないですか。私の大事な娘ですよ? 他の男になんかやるものか!!」
 俺はリコリスとキオの二人に言う。
「リコリス。キオ。外で待ってても良いんだよ?」
 悔しさ、悲しさ、怒り、色々な感情の入り混じる沈痛な表情の二人。それでも二人は言う。
「……わたくし……ちゃんと聞きますわ」
「わ、私もです……」
 俺はビスマルクに視線を送った。
「続けてくれ」
 ビスマルクは静かに言う。
 アッキーレは楽しかった思い出を語るように優しい微笑みを浮かべていた。そして時折、涙を浮かべ、アルマの死を悲しむ。
 それはアッキーレにとっては嘘偽りの無い感情なのだろう。だからキオもその話ぶりに違和感を持たない。
 しかしその内容は……想像を絶する虐待だ。

 アッキーレはアルマの足の腱を切断して、家の中へと閉じ込めた。
 そして性的暴行を何度も何度も繰り返した。
 行為を拒めば、アルマを殴った。アルマは何度も殴られ、歯と片目の視力を失っていたらしい。
 そんな毎日が続き、少しずつ衰弱していくアルマ。
 これが十二歳の女の子に対する仕打ち。

 そしてアルマはある日、アッキーレの目を盗み家から逃げ出した。
 木の枝を杖代わりに、腱の切れた裸足を引き摺りながら……

★★★

 アルマはただ離れたかった。遠く、遠く、父親からただ遠くへ。
 でも何処に行けば良いのか分からなかったから、一番遠い建物を目指した。それは廃墟となったあの城。
 引き摺った足は血に濡れ、そこに辿り着いた時には、四つん這いで移動していた。膝の皮も剥け、血が滲んでいる。
 そんなアルマの前に誰かが現れたが、視力の低下でハッキリとその姿を確認する事は出来ない。ただ不思議な声だった。
 男の人と女の人、二つの声が混じる声。
『私が家から逃げ出した悪い子だから、悪魔様が迎えに来たのですか?』
 アルマはそう言ったつもりだった。しかし衰弱し枯れた喉から漏れる声を、歯の抜けた口では言葉に出来なかったのだ。
 しかしその不思議な声は答える。
「誰も迎えになど来ない」
『お父さんも?』
「来て欲しいのか?」
 アルマは弱々しく首を横に振る。
「そうか。なら来られないようにしておこう」
『私はこれからどうなりますか?』
「どうもしない。寝るだけだ」
『寝るだけ?』
「そうだ。温かい布団で、楽しい夢でも見て、また来る明日をただ待てば良い」
 声の主はアルマを抱き上げるのだった。

★★★

 今から時間を少しだけ遡って……

「……実に騒がしい事だ……」
 包帯だけの腕が静かにこちらへ向けられる。
「ちょっと待って下さい。キオもホーリーもちょっと待て」
 相手の動きも止まる。
 さっきから噛み合わない会話は俺達の元の認識が間違っているから。
 つまり……
「アルマは自分でここに来たんですか?」
「そうだ」
 そして彼、もしくは彼女が俺達をアルマの場所に案内をする。
 その途中で話を聞く。アルマが父親にされた事を。
 どうしてその事を知っているのかと聞くと、こいつは相手の記憶を読み取る事が出来るらしい。そして本当かどうかは父親に話を聞けば良い、とも言う。

 そして案内された先。そこにアルマはいた。
 廃墟の中なのに、その部屋だけは綺麗に整っていた。白と薄いピンク色を基本にした部屋。テーブルの上にはヌイグルミとお菓子。置かれた花瓶には花が飾られている。そしてフカフカとしたベッドに沈み込むのは、変わり果てた姿のアルマ。
「ううっ……」
 その姿を見て涙を浮かべるキオ。
 そのキオの肩を優しく抱くホーリー。
「……何であなたがここまでするんですか?」
「ただの気まぐれだ」
 淡々と感情を感じさせない二つの声。
「……私はシノブ。あなたは?」
「アルタイルと呼べ」

★★★

 これが真相。
 アッキーレはアルマを取り返す為に、連れ去られたと町の住人を巻き込んだのだ。
 全てを隠す事無く話すアッキーレ。当然だ、アッキーレ自身は間違った事など何もしていない認識なのだから。
 そして娘の死を嘆き悲しむ。
「な、何でそんな……酷い……酷いです……」
 キオが呟くように言う。
「ふざけるな!! 全部、全部あなたが悪いんでしょう!!」
 リコリスだった。
 リコリスはアッキーレを殴り倒す。
「ダメだよ、リコリス。死んじゃうよ」
 俺は言う。
「問題があります?」
 俺は殴られ転がるアッキーレを見下ろす。
 力無く、ただただ泣き続けるアッキーレ。もう……この男は壊れている……
「無いけど。リコリスがする事じゃない」
「でも……でも……」
 そのリコリスを後ろから抱くのはフレアだった。ただただ黙ってリコリスを抱きしめる。
「……姐さん、俺だってリコリスと同じだ。出来る事ならこの手でブッ殺してやりてぇ。どうするつもりなんです?」
「ビスマルクさんに任せるよ。どうするにしても、ビスマルクさんが決めた事なら何も言わない」
 自分の仲間が、誰かを殺す姿なんて見たくない。けどもし殺すと決断したのなら、俺もしっかり見届けよう。
 ただその前に。
「ホーリー。ここでキオとリコリスの様子を見てて。それと出来たら他の住人に説明をお願い。アルタイルの事もね」
「承知しました」
「ミツバさんもここに残って、みんなの護衛ね。あの暗殺者みたいなのが他にもいるかもだから」
「うっす。引き受けました」
「ヴォルとフレアは私と来て。もう一度、お城の方に行くから」
 暗殺者二名を縛ったまま城に放置中なのだ。
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