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第7話 俺を虐めた女が就職してきたので、好きにしたいと思う。
しおりを挟む優花の告白を聞いて、封印していた過去の記憶が蘇ってきた。
あの日、誰かに嵌められたことで、俺の負け犬人生はスタートした。
その原因の一端が目の前にいる優花だ。くすぶっていた怒りが熱を取り戻していく。だがその一方で、彼女が語った話の続きが気になっていた。
『私ね、小仏君が転校してからあの事件の真相を知ったの』
彼女の言葉をそのまま受け取るならば、お化け屋敷の放火は冤罪だったと知っているということになる。
だがどうしてそれが分かったのだろうか。俺はその疑問を口にすると、優花は自虐的な笑みを浮かべながら答えた。
「犯人はね、隣のクラスの男子だったの。なんでも、隠れて煙草を吸うのに私たちのクラスが丁度良かったとか。まったく、ふざけた理由よね」
たしかにふざけている。俺はソイツらの自己中心的な理由で巻き込まれたってことじゃないか。
俺が文句を言おうとすると、それを遮るように優花は続ける。
「もうひとつ。小仏君を見たって言っていた子がいたでしょ? あの子ね、犯人の一人と交際していたみたいなの」
「……は?」
「彼氏の喫煙が原因でボヤ騒ぎなんて、大事になっちゃったわけじゃない? だから彼女の方も隠そうと必死だったみたい。まぁ結局はバレて退学になっちゃったけど」
とんでもない事件の真相を聞いた俺は、思わず大きなため息が出た。
なんていうか……もう呆れるしかない。そんなくだらない理由で俺の人生は狂ってしまったのか。
しかし、なぜ優花がそんなことを知っていたのだろう。まさかとは思うが、彼女もまた俺と同じように事件を調べて……。
いや、考えすぎか。俺の考えを察したのか、優花は苦笑いしながら言った。
「――残念だけど、事件を調べたのは自分を正当化したかっただけなの。私のせいで貴方を追い込んでしまった。それを許してもらいたい一心で、犯人捜しをしただけ。今度は私がクラスで孤立しちゃったけど……それでも私は満足だったわ」
そう言いながらも、優花はどこか悲しげな表情を浮かべていた。
本人は何も言わないが、その犯人探しだってきっと大変だっただろうに。
「優花……」
彼女がそこまで思い詰めていたなんて、当時の俺は知る由もなかった。
だが今なら分かる。彼女はただ純粋なだけだったのだと。こんな俺のために辛い思いをさせてしまったことが申し訳なかった。
俺は優花の目を真っ直ぐに見つめる。彼女は少し戸惑っているようだったが、やがて覚悟を決めたように口を開いた。
「貴方を傷つけたことを、すごく後悔していたの。だからこうして小仏君と再会して、あの時の真相を話すことができてホッとしたわ」
「あぁ、俺も長年のつっかえが取れて良かったよ。ありがとう」
「うぅん、感謝をされる資格なんて私には無いわ。……最低よね。結局私は最後まで、自分のことしか考えてなかったんだもの」
優花は顔を伏せると、力なく首を横に振った。そして俺のことを見ることなく、静かに立ち上がる。
彼女はそのまま部屋を出て行こうとするが――。
俺は咄嵯に彼女の腕を掴んだ。
「気にするなって言っても、今すぐには無理かもしれないけどさ。少なくとも今の俺は、お前のおかげで救われたよ」
「え?」
「たしかに恨みはあったし、再会したときは頭を抱えそうになった。でもこうして真相を知れたし、何よりお前が謝ってくれた。それで充分だよ。だからもう自分を責めないでくれ」
「小仏君……」
俺の言葉を聞き終えた優花は、目尻に涙を浮かべていた。
そしてその涙をバスタオルで拭きとろうとしたところで、自分が今裸だということに気が付いた。
「ちょ、ちょっと!? こっち見ないでよ!!」
「この状況で!? っていうか、さっきまで何でもするから許してって言ったくせに……」
「それとこれとは話が別でしょ!」
潤んだ目を三角にして怒り出す。どうやら元気になったようだ。
そんな様子がおかしくて笑ってしまうと、優花もつられて笑っていた。
「ふふっ。ヨシユキ君もやっぱり男の子なんだね」
「なんだよ、俺だって健全な成年男性なんだから……って、あれ? 今、俺のこと……」
聞き間違いでなければ、優花は俺の名前を呼んでいた。
優花は慌てて口を塞ぐが、すでに手遅れである。俺がそれを指摘すると、観念したのか恥ずかしそうに俯いた。
そんな彼女を見ているうちに、俺はある衝動に駆られていた。
――彼女のことをもっと知りたい。
「ねぇ、小仏君……。その、そろそろ手を離して欲しいんだけど……」
「……嫌だと言ったら?」
「え?」
優花の口から驚きの声が漏れた。俺は掴んでいる手に力を込める。彼女もまた、無意識のうちに抵抗しようとしていた。
「ちょ、ちょっと待って。落ち着いて、小仏君」
「俺は落ち着ているぞ」
「嘘ばっかり。心臓の音が聞こえてくるもん」
そう言うと、優花は空いている方の左手で俺の胸に触れた。すると彼女の頬はみるみると赤く染まっていく。
それでも俺の目を見据えたまま動こうとしない。俺は彼女の瞳の奥にある何かを感じ取った。そして意を決したように口を開く。
「……優花」
「え?」
「俺たち、すれ違いがあったけど。こうして再会できて、誤解も消えた」
「うん……」
「だから……これからは友達として付き合って欲しい。もちろん、迷惑じゃなければだけど」
俺の申し出を聞いた優花は、しばらく呆然としていた。そして突然、声を上げて笑い出した。
「あはははははははははは!!!!」
「な、なんだよ。そんなに笑うことか?」
「ごめんなさい。なんか可笑しくて」
そう言いながらも、優花はなおも笑っている。
「そんなに笑わなくたっていいじゃないか……」
こっちは大まじめに言っているというのに。
「だって、私たちの関係を一言で表すなら『加害者』と『被害者』でしょ?」
「……」
「だけど今は違う。私と貴方は、同じ目的のために手を取り合う仲間。まさかそんな日がくるとは思わなくって、つい笑っちゃった」
優花の表情にはもう迷いは無かった。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。……末永くね」
「お、おう」
俺は照れ隠しで頭を掻く。なんだかプロポーズみたいで妙に気恥ずかしい。
しかし、これで俺と彼女は本当の意味で対等になれたような気がした。
こうして俺の長年のトラウマは解消された。同時に、俺と優花の関係も変わった。
俺と優花は、ようやくスタートラインに立つことができたのだ。
――だがこの先、新たな困難が待ち受けていることなど、この時の俺はまだ知る由もなかった。
「ねぇ、二人とも。手を繋いで仲良しなのもいいけどさ~。アタシ、待ちくたびれてお腹ペコペコなんだけど」
その声がした方を見ると、ドアから顔を覗かせた美結ちゃんが不満げに唇を尖らせていた。
時計の時刻はすでに夜の八時を過ぎている。ま、まずい……。
「ごめん! すっかり忘れてた……」
「お姉ちゃんも、男の人の家に来て早々、そんな恰好をして恥ずかしくないの?」
「!?!?!? き、着替えてくる!!」
ジト目になった妹に睨まれ、優花は慌てた様子で部屋を飛び出していった。
「…………」
残された俺と美結ちゃんの間に沈黙が流れる。どうしよう、この空気。何か話しかけようとするが、先に口を開いたのは美結ちゃんの方だった。
「ユッキーお兄さん、お姉ちゃんのことをよろしくね」
そう言うと、美結ちゃんは深々と頭を下げた。
「美結ちゃん……」
彼女のその言葉からは、優花のことを本当に大切に思っていることが伝わってきた。だからこそ、俺ははっきりと答えることにした。
「ああ。任せてくれ」
「ふふ、ありがとう。あと、アタシのことも忘れないでね?」
美結ちゃんは無邪気に笑うと、踵を返してキッチンへと戻っていった。
俺はその姿を見ながら、やっぱり二人は姉妹なんだなとしみじみ思う。性格は正反対でも、優花はやはり美結ちゃんの妹なのだ。
その後、戻ってきた優花を交えて三人で食卓を囲むことになった。
メニューは美結ちゃん待望のハンバーグである。
最初は俺と美結ちゃんで作る予定だったのだが、優花がどうしても手伝いたいと言ってきたため、結局三人でハンバーグを捏ねることになった。
とはいえ。美結ちゃんの言う通り、優花は本当に料理が下手だった。おかげでかなり歪な形のハンバーグが出来上がったが、味は悪くなかった。むしろ美味しかったかも?
それからスーパーで買ったアイスを食べたりして、楽しい時間を過ごす。久々に人の声で賑やかとなった小仏家は、とても温かく感じられた。
俺は幸せそうな二人の顔を見て、改めて思った。
――俺は、彼女たちを守り抜く。絶対に守ってみせる。
こうして俺は、新しい家族と共に過ごす幸せな日々を手に入れたのであった。
――――――
――――
――
半年後。
正式に我が小仏薬局の薬剤師となった優花と、オーナーの俺。そしてアルバイトの美結ちゃんの三人は、今日も元気に仕事をこなしていた。
俺が調剤室に入ると、すでに優花の姿があった。優花は俺の顔を見るなり、笑顔で駆け寄ってくる。
「おはようございます、ヨシユキ君」
「ああ、おはよう」
互いに挨拶を交わすと、優花は俺の耳元へ口を寄せた。
「ねぇ、今日の夜は何食べたい? リクエストがあれば何でも作っちゃうよ」
「そうだな……。じゃあ、優花の得意な肉じゃがが食べたいな」
「え~、またぁ?」
「いいじゃないか。好きなんだから」
優花は頬を膨らませながら、しぶしぶといった様子で引き下がる。
御覧の通り、彼女はあれから大きく変わった。お堅い優等生キャラは鳴りを潜め、ツンデレ気質なのに甘えん坊で、いつも一生懸命で頑張り屋さんで、そしてちょっとだけ寂しがり屋の女の子となった。
「とか言っちゃって~! ユッキーお兄さんが好きなのは、肉じゃがじゃなくてお姉ちゃんの方なんじゃないの~?」
背後から従業員用のエプロンをした美結ちゃんが現れ、ニヤリと笑いながら茶化してくる。その言葉を聞いた優花は、顔を真っ赤にしてあたふたし始めた。
「ちょっと、美結!? お姉ちゃんを揶揄わないでよ!」
「あはは、でも美結ちゃんの言う通りかもな」
「もう、ヨシユキ君も何言ってるのよ!」
そう、俺と優花はこの半年の間で恋人関係に発展していた。今ではラブラブのカップルとしてこの家で仲良く暮らしている。
俺たちの関係はあっという間に村中に広まってしまった。
最初はみんな驚いた表情をしていたが、次第に暖かな眼差しに変わり、祝福の言葉をかけてくれた。
特に、美結ちゃんの反応は凄かった。
彼女は俺たちが付き合うことになったと言った瞬間、大泣きして俺に抱き着いてきたのだ。
そんな彼女に対して優花は、少し困ったような、それでいて嬉しそうな顔をしていた。
俺はそんな二人を見ながら、本当に良い家族を持ったなとつくづく思うのだった。
――最初に想像していた結果とは違ったけれど。
俺は一生をかけて彼女を好きにしたいと思う。
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