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第四章 世界の片隅で生きる者たち

270 倉庫街の戦い1

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「おい、従者さま」
「従者さまはやめてくれ、ダスターでいい」
「へぇ、じゃあ俺もオウガでいいぜ」

 衛兵隊の車に同乗させてもらったところ、何やら話しかけて来た隊長さんからの呼び名を訂正する。
 するとすかさず相手からも名前呼びでとの要望が来た。
 いいのか? まぁ本人がいいと言ってるんだからいいんだろう。
 なんというかこの隊長さん、冒険者によくいるタイプだな。

「それで、だ。ダスター、お前さんの武器の封印についてだが、もしものときは破っていい。俺が責任を持つ」

 衛兵隊長は意外なことを言い出した。
 まさかと思うが俺を戦闘要員として数えているんじゃないだろうな?

「俺は案内するだけだぞ」
「それでも、だ。現場じゃ何が起こるかわかんねぇ。いざってときに封印を気にして死なれちまったら大変だろ。何しろ勇者さまの従者だぜ。俺の首が物理的に飛ぶわ」
「なるほど。確かにことを仕掛けるときには何が起こるかわからないからな。ご配慮ありがたく受けておく」
「おう! なるべくは破らないほうがいいんだけどな。報告書を書かにゃならんし」

 片目を瞑って肩をすくめた隊長さんに俺はなんとも言えない苦笑いを返した。
 見た目のまんま書類仕事が苦手なんだろうか。
 まぁ単なる軽口ブラフかもしれんが。
 衛兵隊の乗る車は赤をメインにした派手なもので、鐘を鳴らしながら走るのでだいぶうるさい。
 しかも台数が多い。
 こんなもんで犯人の潜伏場所に行っていいのか? と、思って尋ねたら、近くに行ったら音は立てずに目標の場所から逃げるための道路を持って来た車を使って塞いでしまうのだそうだ。
 つまり現場までの足としての役割と、犯罪者を逃さない囲いの役目の両方を衛兵隊の車が担っているとのこと。
 なるほどよく考えられている。

 犯人の逃げ込んだ場所の周辺は、デカイ煙突が数多く立ち並び、煙いというか息苦しい。
 近づくにつれ咳が出るようになった。
 メルリルがいないのがかなり辛い状況だ。
 フォルテも煤だらけの空に辟易しているようだ。

「この煙、体によくないんじゃないか?」
「お前さんもそう思うか? 帝都の人間は誰もがそう思ってはいるんだが、工場の急激な発展によって生活が便利になったし、雇われている者も多い。経済も上向いているからなかなか工場に文句も言えなくてよ。しかも車や列車だって煙吐いてるだろうと言われたらその通りだしな」
「いろいろ難しいんだな」
「俺ら大人はいいんだけどよ。子どもがずっと煙を吸ってるってのは、やっぱ嫌だよな」
「それは嫌だな」
「治安も悪化して、事件も凶悪化するし、頭のいてえ話よ。……あー、すまねえな、勇者さまの従者さんにこんな話を聞かせちまって」
「それは関係ないだろ。世界ってのはつながってるんだ。何もあんたの国だけの問題じゃない。教会のほうから皇帝陛下に何か言ってもらえると少しは違うかな?」
「それは確かに効果ありそうだが、教会は政治不介入の原則があるからな。割とそういうところは神経質なようだぞ」
「そうか、そうだな。やっぱりここに住む人間が自分たちで解決しないと駄目ってことか」
「そうそう、結局はそこさ。自分たちのことは自分たちでやらねえとな」

 どこの国でもそれぞれの問題を抱えているが、それは全て自分たちでどうにかして行かなきゃならないということだよな。
 だが、解決のためのとっかかりがない状態だとたちまち解決が難しい問題になってしまう。
 例えば我らがミホム王国なら魔物問題は冒険者が担当しているし、かのディスタス大公国なら特権騎士ホーリーアイが暴走しがちな領主を監視している。
 この空気の汚染に関して、そういう担当がいない状態なんだな。
 まぁ大きな意味での担当と言えば皇帝陛下なんだろうけど、さすがにこんな話で直訴は出来ないよな。
 そんな話をしている間に、フォルテの見張る倉庫街の手前に到着した。

「そろそろ百歩圏内に入るぞ」
「了解。全車両停止! 三班から五班の各班長は周辺道路を封鎖に向かえ。残りは俺と突入だ。もう鐘は鳴らすなよ」
『了解!』

 どうやら通信の魔具を使って全体指揮を執っているらしい。
 さすがお上の組織だ。金があるなぁ。

「キュー!」

 車を降りると、バサリと羽音がしてフォルテが肩に舞い降りる。
 
「ギャッギャッ、クルルルル」

 面倒くさくて疲れたということと、寂しかったということと、褒めろ! という要求をいっぺんに言って来た。
 なるほど人間の言葉よりも言葉の中身が濃厚だな。
 俺がフォルテを撫でてやっていると、衛兵隊長がちらりとフォルテを見た。

「それが従魔か。なんの魔物かさっぱりわからんな。きれいな鳥にしか見えん」
「まぁちょっと変わっているからな」
「キュピ!」

 フォルテは見た目を褒められてうれしいのか、羽を広げて胸を張って見せた。
 今はそういうのいいから。

「隊長。倉庫の持ち主が判明しました。東国技術ですね」
「ケッ、やっぱり東国の大会社さまの倉庫か」
「どうします? 許可なしで踏み込むと上がうるさいんじゃないですか?」

 部下に囁かれて隊長はニヤリと笑った。

「そこで冶金ギルド長からの訴状が威力を発揮するのさ。まぁいいからとにかく踏み込むぞ。心配せずにガツンとかましてやれ!」
「了解!」

 隊長の言葉に部下もニヤリと笑い返す。
 なんだろう、ずいぶん鬱憤が溜まってたのかもしれない。
 やる気に満ちていてなによりだ。

「じゃあ、ダスター、あんたはここで待っていてくれ」
「ああ、武運を祈っているぜオウガ隊長」

 俺の言葉に腰の武器を軽く叩いて見せると、問題の倉庫を取り囲むような陣形を作って前に進み出る。
 そして、倉庫の扉を乱暴に叩いた。

「おい! 誘拐犯共、ここに隠れているのはわかっているんだ! さっさと出てこないと、吹き飛ばすぞ!」

 腹に響くような大声で呼びかける。
 凄い脅し文句だな。
 というか、倉庫の正面にいる衛兵が大きな筒状のものを抱えているが、もしかしてあれ、武器なのか?
 吹き飛ばすというのはもしかしなくても本気か?

「この野蛮人共が! 高貴な我らに楯突くとどうなるかわかっているのか?」

 なかから返事が返って来る。
 この声は、例の東国貴族の一人だ。
 おとなしく捕まるつもりはないようだな。

「はぁ? 俺らの国じゃ、犯罪者は魔物と同じと言われているんだよ。お前んとこの国じゃ、高貴ってのは魔物みたいだってことか?」
「おのれ、下郎が! 思い知れ!」

 言葉と共に、倉庫の扉がなかから外へと向かって弾け飛んだ。
 同時に、凄まじい音が響き渡る。
 この音はあれだな、車の駆動音を何倍にもした感じの音だ。
 地面が揺れる。
 轟音と共に倉庫のなかから姿を現したのは、おそろしく幅の広い金属の車輪を履いた、大人の平野人の背丈の三倍はあろうかという高さの金属のかたまりだった。
 三つの煙突を持ち、その全てから煙を吐き出している。
 それはまるで金属で出来た化物、まさしく未知なる魔物のような姿だった。
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